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▼ 貴方と出逢えて良かった

なんとなく予想していた。
この件が――貂蝉と張遼の誤解が解けたら、私はこの時代から消えるんじゃないかと。
だってそうだ。最初にここに現れたのだって、貂蝉が呼んだのが聞こえたから。
だから貂蝉が助かって、その元凶の張遼の思い違いが解決すれば目が覚めると普通思うはずだ。

の、はずなのだが。

「何を言っているんです。生江様は私とともに村でずっと過ごすのです!」
「貂蝉殿。それは無理なお話です。もう貴方の噂は広まってしまっておりますし、他の者から目をつけられることも必須。だからこそ生江殿にその被害が及ばぬように生江殿には魏の本拠へ来ていただくことが最善です」
「それは貴方が生江様と一緒に居たいからでしょう!」
「それは貴女も同じだと窺えますが!」

「……煩い」

なんか戻れない。あと二人が煩い。
結局、決闘と木陰での会話の後、そのまま貂蝉の待つ屋敷へ帰ってきた。
そこで貂蝉とも話し合って、誤解を解いて二人とも殺伐とした空気はなくなったのだが。
なぜ痴話喧嘩みたいなものに私が付き合わなくちゃいけないんだろう。

「どっちでもいいですから、私は本のあるところに行きたいんです。本のあるところに」

とりあえず、一件落着したとしても戻れないと分かった今。私がやることは帰るための手段を見つけることだ。
そのためには知識が必要だ。その知識の媒介として求めたのが本だった。
本なんて記憶にある過去では滅多に読まなかったが、今は学を身につけた。懸命に勉強をすれば漢文でも分かるはずだ。たぶん!
だからこそ、本のある場所へ行こう。というか連れて行ってもらおうかな。と提案してみたら、このざまだ。

最初は張遼が連れて行きましょう。といったのだが、その場所が曹操率いる曹魏の城だった。
おいおい。勘弁してくれ。どういうことだ。
だが、確かに考えてみるに、この時代に図書館なんてご大層なものがあるわけもないし、貴重品の紙などに書かれた本などはもっぱら城などに保管されているものだ。
それならば仕方が無いか、と頷こうとしたら貂蝉が待ったをかけた。
そんな遠くに行くのは無理だということらしい。張遼に聞けばこの土地へくるまでに丸三日かかったらしい。往復で六日すでにかかる。
ここを住居にするというのに、そんなに遠くに行ったら戻ってくるのに大変。お前が行ってもってこい――要約するとこんなことを言っていた。
さすがに言葉が過ぎたのだろう。張遼も言い返した。なら私を連れて行くと。

ねぇ、君ら仲直りしたよね? なんで言い争いしてるの?

「張遼」
「ですから――はっ、なんでしょうか」
「えーと、貴方がここへ来たのは貂蝉を殺すためではなく捕らえるためですよね? さすがに私情で一武将の貴方が往復で六日かかる遠出が許可されるわけもありませんし、大方曹操様辺りが貂蝉さんの美貌を聞きつけ貴方を派遣したんだと思うんですけど……違いますか?」
「――そのとおりです生江殿!」
「さ、さすがです生江様! そ、そんな高度な思考をなさるなんて……!」
「あのさ。君ら私が呂布のころと同じIQしてると思ったら大間違いだよ?」

やべ。頭痛い。
確かに記憶の呂布は、なんというか、馬鹿だった。
軍略も軍師にまかせっきりだったし、武一筋の脳筋だった。
でもそれは軍略なんて全然分からなかったから、自分が何を言っても意味がないと思っていたからだし、だったら唯一動ける体一つで戦局を変えてやろうと頑張っていただけなんだ。
それが畏れられたり、悲鳴を上げられる原因で、何気敵からも仲間内からも頭が悪いという印象をつけられる理由になったのも重々承知だ。承知だけれども……!

なんで張遼そんな尊敬の目で見るの! 貂蝉は驚きすぎてどう反応していいか分かってないような顔してるし!

「……だから、とりあえず貂蝉さんも一緒に来てもらえると私嬉しいナーと思ったんだけど。一人旅したくなってきました」
「なっ、そんな危険な真似はさせられませぬ! ならこの張文遠も供に!」
「どうして一人旅なんて! 一緒に行きましょう生江様。私も生江様と一緒ならば奉先様を亡き者にした曹操にも笑顔で接することができますわ」

なんだか、彼らを見ていると私が一生懸命に現代へ戻ろうとしているのが徒労に思えてきた。

でも最初に出会った頃より、だいぶ感情を前面に出すようになったなぁ二人とも。
まぁ私もなんだけど。

「ふふ、じゃあみんな一緒に行きましょうか。昔みたいに」

最初に出会ったころより、昔より。みんな楽になった。
私は乱世の将軍という立場から退くことが出来たし、貂蝉は私に謝罪することが出来て、張遼も誤解を解くことが出来た。
本当は、何も解決していないけれど、私たちの中で雁字搦めになって、ずっと解けないままのはずだった問題が解消されたのだから、いいだろう。

私が声をかけると貂蝉は抱きつき、張遼には肩に手を置かれた。

「え。どうしたんですか二人とも」
「いえ、なんでも、ないですわ」
「はい。なんでもありませぬ」

黙して語らぬ二人は、さっきまでの威勢のよさが萎んだように口を閉ざした。
はぁ、とため息をついて、貂蝉の背に手を、張遼の手の上に手を重ねる。
貂蝉と張遼の温度を感じる。
ずっとこのままじゃだめかな。とふと思った。



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加賀兎さんリクエストありがとうございました!
長編の呂布転生成り代わりの続きまたは番外編とのことでしたので、続きをUPしました。
張遼と貂蝉が愛おしくて仕方ありません。
玲綺ちゃんと陳宮がまだ登場していない時に連載を開始したので二人がいないですね……。
読んでいただきありがとうございました!


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