小説 リクエスト
- ナノ -


▼ さようならの手を握る

私は七年前、彼を助けなかった。
亡霊を捕まえるため、ひいては自分が生き残るために、彼が無実だと知りつつ、彼を無罪にできるかもしれなかったのに、そうしなかった。
けれど結局、私は亡霊に敗北し捕まった。しかしゲームとは違い生き残った。なら、私がすべきは見捨てた彼への償いだろうと思っていた。だから私は刑事として舞い戻り、彼――夕神検事の担当となったのだ。

「番刑事」

目を見張る彼の表情に、けれど、と思う。
けれど私はどうしたってあのループが恐ろしくて、それを打破するためだけに生きてきたといっても過言ではない。
亡霊による死は回避できた。だが、また命を失ったときに戻らないという保証はないのだ。きっと次に赤子に戻ってしまったら、私はきっと狂ってしまうのだろうなと思う。すべてを解決して、亡霊からも解放されたのに、ループは永遠と続く。そんなの、正気で生きられる自信がない。
そう、思っていたのになぁ。



いうなれば、護送中の事故だった。
この世界では事件について有罪無罪の判決が出た後、有罪の場合に刑の内容を決める裁判が別にある。
その日は夕神検事が有罪にした被告人が――当然公正な裁判で出た判決だ――その量刑を決める裁判を受ける日だった。その裁判は別の検事の担当で、私たちはその件からすでに離れていた。
しかし次の裁判が同じ裁判所で行われることとなっており、私たちは偶然、その被告人とすれ違った。
そして数秒後、背後からの叫び声に振り返った。当然、護送している刑務官がいたが、それらを振り切って被告人がこちらへ走ってきていた。気づいた時には、すでに距離は近かった。しかし、その相手を制圧するには、夕神検事が邪魔だった。被告人は彼を狙ってきていたために、夕神検事が壁になる形になってしまっていたのだ。
被告人の手にはボールペンが握られているのが見え、振りかぶる姿に世界がスローモーションになった。
憎悪を目に宿らせた被告人は、その凶器の矛先を的確に顔に向けているのが分かった。
ああ、このままでは彼は死ぬなとこれまでの経験で理解してしまった。
してしまって――体が勝手に動いていた。

被告人のボールペンの切っ先は、夕神検事には当たらなかった。夕神検事を押しのけで間に入った刑事の――私の首元に突き刺さった。それをそのままに、鉄の右腕で被告人の頭を殴りつけ、転がった被告人を護送していた男性たちが取り押さえる。
首、首か。首は怪我をしたことはなかった。だってそれは急所じゃないか。そんなところを、刺されたりなんてしたら。
激しい痛みにそれ以上頭が回らなくなり、体も力が抜けてぐらりと揺れた。それを、誰かに支えられる。首元を誰かに抑えられ、しっかりと抱きこまれた。

「番、刑事」

こちらを見つめる夕神検事を仰ぎ見る。
不思議な気分だった。
死ぬ前に、こんな気持ちになるのは初めてかもしれなかった。




いや、死なないけども。

『いや〜〜〜〜! 驚いたな! しかし夕神検事が無事でよかったぞ!!』

はい、元気に病院生活です。首元を刺されて気を失いましたが、夕神検事の適切な対処のおかげで一命を取り留めました。やったね! マジで命の恩人だ本当にありがとうございます。
しかし喉元をやられたため、声を出すと治りが悪化する――あと痛みがやばい――ので、今はスマホで筆談をしている。体の負担になるからと右手の義手は取られてしまったので左手で入力しているが、腕がないときに練習したので結構打つのは早い。
で、当然、筆談相手は夕神検事である。私の意識が戻ったということで、わざわざ見舞いにきてくれたらしい。
あ、それから犯人――被告人はあの後無事に確保されたらしい。罪状がさらに増えたそうだ。それはそう。

「……元気そうでなりよりだ」
『うむ! そういう夕神検事は元気がなさそうだぞ! 何かあったのかい?』

元気がないというか、苦虫を潰したような顔をしている。
彼は一つため息をつくと、そのままベッドへ腰かけてきた。狭いな。いや、いいんですけども。

「すまねェな」

なんのことかな、ととぼけようとしたところでスマホを取り上げられた。え、それがないと今喋れないんだけどな。
夕神検事はそのままスマホをポケットにしまいこんでしまった。返事はいらないということか。
彼はこちらを見ずに、また口を開く。

「あんたを、『また』死なせちまうところだった」

その言葉に、思わず心臓が跳ねる。
また、なんて、どういう意味で言っているのだろうか。もしかして、私のループのことを知っているのか? いや、そんなわけがない。ならば――亡霊に殺されかけたことを言っているのか。
確かに私は実際死亡扱いをされていて、私自身も死んだかと思っていた。けれど、今はこうして生きている。

「あんたに庇わせちまった。……情けねェ」

情けなくなんてない。あまりにも突然のことであったし、距離が近すぎた。それに私は刑事だ。ああいった場面では彼を庇うべきだ。
けれど、そういうことを言ってほしいわけではないんだろう。だからスマホを取り上げた。どうせ私がそういうことを言うと想定して。正解である。
彼がそう言ってほしくないとわかっていても、私は言わざるを得ない。本当のことだから。

「次はこうはならねェ。あんたをもう二度と死なせねェ」

何かを思う前に、左手で彼の腕を掴んでいた。彼の視線がその手に移る。
自分でも驚いたが、すぐに衝動的な行動の意味を理解できた。
ああ、私は、嬉しかったのか。
何度も死んで、誰にも理解されない苦しみを持って、生きるためだけに邁進してきたこの自分に、そんな言葉を贈ってくれたことが。
そんな君を、私は七年前に見捨ててしまったというのに。
腕を掴んでいた手を彼の手のひらに移動させる。もう声を出してしまいたい気もしたが、傷口が開いて話しどころではなくなるのは嫌だった。
スマホの練習はしたけれど、さすがに筆記までは完璧じゃない。拙い動きと速度で言葉を描いた。
『わたしは』とまで書いて、そのあとを少し躊躇した。けれど、迷いは捨てることにした。

『わたしは 死にたくない』
「……おっさん」
『死ぬのがなにより怖いんだ』

目を見張ってこちらを見た彼に、苦く笑う。そりゃあそうだよなぁ、いつもジャスティス言ってるやつが死ぬのがなにより怖いって、情けないにもほどがある。けど、そうなのだ。私はそういう、臆病な奴。

『けど ふしぎと今回はあまり怖くなかった』
「……それは、どうして」

文字を書く指が止まりかけたが、ゆっくりと動かした。硬い手のひらの凹凸をたどる。迷いは捨てたって言っただろう。

『七年前 わたしは君を助けなかった』
「どういう意味だ」
『わたしは君を無罪にすることもできただろう けれど そうしなかった』

夕神検事がこちらを睨むように見つめる。反論したいと訴えてくるような瞳に、自分の口元に人差し指を持ってくることで黙っててもらう。今は私の話を聞いてほしい。さっきは君の話を聞いたんだから。
彼は不満がありありと伺える顔で、しかし口を閉ざしてくれた。

『ぼうれいを つかまえるために 君を見捨てた』
「……」
『でもけっきょく わたしはぼうれいに負けた』
「何言ってンだ」

今度は黙ってくれなかったらしい。彼は苛立ったように言う。

「あんたは生きてる。亡霊は俺たちやあんたの情報で捕まえられた」

どうだろう。きっと私がいなくても亡霊の負けは揺るがなかっただろう。けれど、私がいたことで救われたのかもしれない命も確かにあった。少しだけ考えて、また指を動かす。

『わたしは 死にたくない 心からそうおもう』

嘘偽りない本心だ。いくら亡霊を乗り越えたとはいえ、次のループがあるかもしれない恐怖は心にこびり付いている。
亡霊を乗り越えてもループが続いてしまったら、私は耐えられないだろう。
けれど

『けれど 君のためなら 死んでもいいかと思ってしまった』
「な、にを」
『君を助けて死ぬのなら 悪くないような気がした』

ボールペンで首を突かれ、彼の腕の中で意識を失う直前。
七年前に彼を見捨てた罪悪感からか、亡霊を捕まえてくれた彼への恩からか、それとも、私をまっすぐな目で見てくれる彼の性格のせいか。彼のためならあの場で死んでも、いいかと思ってしまった。
なんて自分勝手なんだろうと思うけれど、でも、もしかしたらそれが私の望んでいた最期なのかもしれない。
他人の手で殺されるのではなく、自らの判断で死を選ぶ。終わりを選んで、そのまま目覚めることもない。

「馬鹿言ってンじゃねェ」
「!」

突然手を握りこまれて、思わず手を引き抜こうとするが、強い力で引き留められる。
痛みさえ感じそうなそれに、怒らせたかと彼を伺うと真剣な目に射抜かれて生唾を飲み込む。

「あんたはもう死なせねェ。俺の担当刑事だろォが」
「……」

なんだろうな、彼は私の喜ぶことしか口にできないのだろうか。
そんなバカげたことを考えながら、そんなことは伝えられるわけもないので、了承の意を手を握り返すことで伝える。
彼は少しだけ力を緩めて、今度はしっかりと手を繋ぎなおした。
彼の鋭い瞳に私が映っている。生きている、傷だらけだけれど、ちゃんと心臓が動いている。

「あんたが俺を庇うんなら、俺はあんたを守る。一生俺の担当から外れられると思うンじゃねェぜ」

なんだそれ、まるでプロポーズみたいだな。そう思って、先ほど自分が伝えたのも重さ的にはあまり変わらないなぁと考えて面白くなってしまった。ああ、この人生は、幸福だ。
そんな思いを込めて、返事の代わりにこらえきれない笑みを浮かべた。









おまけネタ

「こうみると、腕がないのが落ち着かねぇな」
『そうかい? 私は家だと寝る前に外しているからなぁ』
「痛みはもうねェのか?」
『ああ、もちろんさ! ……いや、でも時々はあるかな』
「嘘つくんじゃねェよ」
『……もしかして傷に興味があるのかい?』
「なっ」
『そんなにみられると流石にわかるぞ! 見てみるかい?』
「い、いいのか」
『もちろん! あ、嘘じゃないぞ!』
「そうかい。じゃあ、せっかくだから見てもいいかい」
『ああ!』
「……痛々しいな」
『切られた後の処置が雑だったからねぇ。でも、触っても痛みはないんだよ』
「そうなのか?」
『触ってみるかい?』
「……いいのか」
『もちろん!』
「(こんな触感なのか……)痛かったらちゃんと言えよ」
「……」
「おい、なんか顔色悪くねェか」
『そんなことはないぞ!』
「あのなァ。嘘つくんじゃねェって言っただろ」
『いや、少し緊張していただけだ! 嘘じゃない!』
「だがさっきスマホも打ててなかっただろ」
『あれは声と違って意識がだね……。しかし本当に平気なのだ! 君に嘘をついたと思われるのは心外だぞ!』
「……なら、そうだな。平気なら腕を一回叩いて、ダメなら二回叩く。それならすぐにできるだろ」
『なるほど! いい案だな!』
「じゃあ触るぞ。……どうだ?」
『(一回)』
「(顔強張ってる自覚ねェのか)チッ」
「(えっなぜ舌打ち)」
「ならこれならどうだ?」
「(うっ、結構がっつり触るな……)」『(一回)』
「……本当に平気なのか?(そうは見えねェが)」
「(ギャアアアなぜそんな丁寧に触る!?)」『(一回)』
「おい、嫌ならちゃんと二回叩け」
「(ムギャアなぜ傷口を掴む!?)」『(一回)』
「……おい!」
「(うわなに!? あ、傷口から手を離してくれた)」
『な、なんだい。どうして怒ってるんだい?』
「あんたなァ、ダメなら二回叩けと言っただろ! 聞いてねェのか!」
『いや、だから平気だから一回だけにしたんだぞ?』
「平気な顔じゃねェだろ!」
『え、そんな顔してたのかい? それはすまない』
「謝れって言ってんじゃねェんだよ……」
『しかし、本当に平気なんだが……。君にだったらいいのは本当なんだ』
「俺なら?」
『ああ。確かに緊張はしてたかもしれないし、傷口を触られるのは気持ちのいいものではないが、私は君を信頼しているし、君が見たかったり触りたいならそうさせてやりたいし、むしろ遠慮はしてほしくないのだ』
「……あんた」
『なんだい?』
「いや……そりゃあ、俺のことを信頼しすぎじゃねぇのかい」
『そんなことはないさ! それに、君だったら本当に嫌がるようなことはしないだろうからな!』
「……」
『夕神検事?』
「……なんなんだあんたは」
「(顔覆って静かになってしまった……)」

夕神検事に信頼度MAXな主と複雑な夕神






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あとがき

アオさんリクエスト「私の名前は番轟三というらしい」か「最初からやり直し」
から、「最初からやり直し」のお話

リクエストありがとうございました!
アンケートもとても嬉しかったです!ありがとうございます。
逆裁夢がきっかけでゲームを始めてくださったと聞いて嬉しくて飛び上がりました! 本当にとても面白いゲームなので、アオさんにも手に取っていただけて感謝感激です。
他の気に入っている作品もいろいろなジャンルで、色々書いていてよかったなぁ〜と心満たされる気持ちでした。私も全部お気に入りです!
そして終始狂っているキャラクターは良き……。
あとおまけネタは思い浮かんだのでもったいない精神で書きました。
楽しんでいただけたことを願って……。
もしまた気になる作品があれば覗いてやってください! ありがとうございました〜!

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