小説 リクエスト
- ナノ -


▼ エンゲージリング

クラウスは時折暴走する。と言っても、それは人を助ける為だったり彼の短気な導火線に火をつけてしまうような出来事が起こったときだけだ。それ以外ならクラウスは紳士的だしどちらかというと小心者だから、何かトラブルを起こすようなことはしない。が、クラウスは天然と言われるものだ。お坊ちゃんだからか、時折情人では考えられないような事をしだす。
そんな彼に振り回されたことは数知れない。とはいっても付き合いも長いし、そもそもクラウスという人物を知っている私からすれば彼らしいと評価するとしても、混乱して取り乱すなんて言うことはあまり、そんなに、まぁ時折しかない。

「スティーブン」
「どうしたんだい?」

珍しく何も事件が起きず、書類整理をのんびりと行っていた俺以外誰もいない事務所に、クラウスが外出先から帰ってきた。丁度休憩中でコーヒー片手に窓の外を眺めていたが、クラウスのいつもとは少々違う姿に思考を巡らせながら視線を移す。
その日、クラウスは両手を背の後ろに隠していた。もうそれだけで分かる。何か見せたいものがあるらしい。こういう子供っぽい所作も可愛らしいと思ってしまうのは惚れた弱みか。いいや、クラウスは何しても可愛い。これは世界の真理だ。
世迷言はおいておいて、気付かないふりをして笑顔でクラウスに応える。持っていたカップの中身を一口飲んで、おもむろに机へ置いた。準備は完了。さて、何を見せたいんだい?
匂いからして庭園で育てた植物などではなさそうだ。それに応じて食べ物でもない。密封されていればその限りではないが、他にも候補を立てつつ歩み寄ってきたクラウスの正面で待つ。

「今日、実は骨董品店に寄ったのだ」
「ほぉ。歴史的な価値のあるものはいいよな」
「そうだろう! どれも良い品ばかりで、長い時間その場で過ごしてしまった」

俺と違って感性の鋭いクラウスは美術品などにも正しい評価を下す。クラウスに誘われて美術展等にもいくのだが、分かりやすく特筆したものがなければ俺は首を傾げるばかりでそのたびにクラウスに解説される。クラウスが俺の為に時間を割いてくれるのが嬉しくて態と分かる様に首を傾げている時もあるが――それぐらい許されるだろう。なんていったって恋人同士なのだから。我ながら女々しい、“私”の部分が出ていると感じるが、クラウスが気付き若干楽しそうに口を開いてくれるのを見るたびに口角が緩んでしまうのだから仕方がない。K.Kにばれたら面倒な男と思われそうだな……。

クラウスはやはり楽し気に声の調子を上げ、骨董品店での記憶を語る。十八世紀につくられた剣があったとか、日本刀と呼ばれる突くことより斬ることに特化した剣があったとか。聞いているだけで楽しめたのだと分かり、それに気分が同調していくのが理解できた。
クラウスと共にいるだけで、クラウスが喜んでいるだけで嬉しい。そんな自分に幸せさえ感じている。
前世も含めた初めての恋は、こんなにも甘美なものかと内心喜悦を含んだため息を吐いた。

「それで……その、そこで見つけたものがあるのだ」
「何を見つけたんだい? 君がそういうぐらいだ。良い物なんだろ」

もじっ、と(俺からはそう見える)身体を少し動かし目線を逸らしたクラウスが本題に入る。
それがきっと後ろに隠しているものだろう。しかしもじもじするとかクラウス可愛い、ではなく言いづらいものなのだろうか。一体何を買ってきたのだろう。
クラウスの美しい翡翠の瞳がチラリとこちらを見る。それに不意打ちでキスをしたい衝動に駆られつつ、勿論そんな内心は微塵も出さずに安心させるように柔らかな雰囲気で待った。

おずおずといった様子で(クラウス可愛い)背後にあった手を出したクラウスの手にあったのは、彼の手にすっぽり収まる小さな箱だった。丁度中心で上下に開けられるような仕組みになっている、少々お高そうな雰囲気のする黒いフェルト生地のようなケースだ。

「何が入ってるんだい?」

素直に分からず、そのまま口に出す。
小さなケースだ。俺の手にもすっぽりと入ってしまうだろう。七センチほどの正方形の特に変哲もなさそうなケースだ。クラウスが愛らしくもじもじおずおずしていた理由が分からないな。
説明を求める意味で首を傾げてみれば、いつの間にか耳まで真っ赤にしたクラウスが目の前にいた。

「く、クラウス?」

な、なんでそんな可愛い反応をしているんだ。動揺して名を呼ぶと、クラウスが口を結んだままそっとケースを開く。何やら丁重な手つきに疑問を抱えたまま、驚いたままその開かれていくケースの中身を見てみれば――そこには黒のクッションがひかれ、中心部分には何かを差し込めるような切れ目。そして

「ッ、なっ」

思わず仰け反った。同時に頭が沸騰する。なんだこれ、え、嘘だろ、どういうことだ、なんでこれ、えっ、クラウス、クラウス!?

そこには、美しく輝く骨董品とは思えない銀色の大きさの違う耽美な模様が描かれた輪っかが二つ――つまり、美麗な銀の指輪が二つ輝いていた。

クラウスの顔を見上げれば、そこにはやはり沸騰でもしそうなクラウスの顔が。何処か困った風な顔をして言いづらそうに口を開く。

「その、最初は美しいと思い見ていただけなのだが……大きさが、私と君に、丁度良さそうではないかと気付いてしまい……」
「気付いてって、君、だからって……!」

買うか、普通!?
ああ、もう、これだってタダじゃないだろう、それに骨董品でクラウスの眼にも適う、しかも専門外の俺にだって良い物だと分かるんだから、馬鹿みたいな値段だろう。だってのに、大きさがピッタリと思ったからってほいほい買ってきて……!
顔を覆って頭を駆け巡る言葉を飲み込む。クラウスが慌てて謝罪の言葉を降らせてくるが、そういう問題じゃない。
今、君に見せられる顔じゃないんだよ……!!

片手でストップのジェスチャーをして戸惑いながらも謝罪の言葉を止めたクラウスの安堵しながら、どうにか息を整える。そうだ、ここで俺が混乱してどうする。俺はクラウスの恋人だろう? ならいう事は一つに決まってるじゃないか。
しかし――これはいつも以上に攻撃力が強すぎるぞクラウス……!

ふぅ。と最後に息を吐いて、覆っていた手を取り去る。
クラウスの方へ顔を向けるとあからさまに安心した顔をしてみせるのだから、心配をかけてしまって少し申し訳なくなる。いやだが指輪は、指輪はな! ああもなる!
いつもの笑みを浮かべ、クラウスに声をかける。

「正直、かなり嬉しいよ」
「ほ、本当だろうか?」
「当たり前だろ。好きな相手に指輪を贈ってもらって、喜ばないやつが何処にいるんだ」

というかクラウスから贈られたらなんでも嬉しいに決まってる。
今回は嬉しさが天蓋突破してお礼どころじゃなかったからああなってしまっただけだ。
しかし買ってくれたはいいものの、この指輪どうするつもりなんだクラウスは。カミングアウトしているわけではないから、日常で付けるわけにもいかない。丹精なものだから似ているだけと誤魔化すことも難しいだろう。なら二人で出かける時にでも? しかしそれでもトラブルが起きればライブラが招集されるからばれる可能性があるのではないだろうか。

嬉しいと言ったことで表情が柔らかくなったクラウスが、しかしじっとこちらを見る。
それにどうしたのかとアイコンタクトをとれば、おもむろに左手を引かれた。

「その、君の薬指に嵌めたいのだが……いいだろうか」






……思考が停止していた。
薬指って、指の左から二番目の指の事だよな。しかも左手を持ってるってことは左手の薬指に嵌めたいってことだよな。それってつまり、つまり?

クラウスは少し落ち込んだように言う。

「勿論、君が嫌ならしない。これは私の自己満足なのだ」

伏せられた瞳にはまつ毛がかかり陰になり憂い気な雰囲気を醸し出し、少し上気した頬は彼の羞恥心を物語っている。それでも口にした事柄とこちらからの返答がない事での若干の後悔を感じさせ――

「うぐ、うぅっ、うがっぐぅ……喜んで!!」
「本当かね!」
「もう好きにしてくれ……」

クラウス大好きだ。愛してる。
色々とキャパオーバーして変な声が出たけどいい。これでばれたって俺はいい。ああけどクラウスがホモだと思われて引かれるのは嫌だ。俺が原因とか絶対に許せない。どうにかしよう。どうにかこうにかしよう。

喜ぶクラウスは花でも飛ばしているようで微笑ましい。
しかしこれから行われる行為に正直動機が止まらない。正直これは、とんでもないぞ。だって、夢だぞ。世界中の女の夢だろう。愛する人から指輪をもらう? 嵌めてもらう? なんだそれゴールだぞ一つのゴールだぞ幸せの絶頂だろう。

ケースを机に置き、ケースに入っている内の輪の小さい方をクラウスが摘まみ取る。
ツタの様な美しい模様が外にも内にも彫られているその指輪は、やはり美しい。クラウスの手には小さすぎるが、丁重に手に持って、もう片方の手で俺の左手を恭しく持ち上げる。
ああ、やばい。本当にやばい。

「……いいだろうか?」
「……君が望むままに」

そういえば、クラウスは幸せそうに微笑む。ああ、なんて顔してるんだよ。
望むままに、なんていったが、これは俺と私の望みだ。
こんな前世では当たり前の幸せが訪れるなんて、考えたことなかった。

ああ、やばい。

泣きそう。

優しく取られた手に、クラウスが薬指へと指輪を差し込む。
不思議なほどに大きさのピッタリのそれは、誘われるように薬指の奥までクラウスの手によって嵌められた。

指輪がはまっている。
左手の薬指に。女ではない男の手に。以前とは違い、骨張っていて、細く長い指に。愛する人の手で。

「スティーブン」
「なんだい」
「我儘に付き合ってもらい、感謝する」
「何言ってるんだよ」

本当に何言っているんだよ。クラウス。

「……お父さんとお母さんに、見せてやりたいぐらいだよ」

先に死んでしまったけれど、いなくなってしまったけれど、置いて行ってしまったけれど。
ほら見て。ほら、左手の薬指に、こんな綺麗な指輪を、貰ったんだ。
愛する人に、命さえ捧げていいと思っている人に、かなわないと思っていた恋が実って、受け入れてくれて、更にはこんな幸せまで。
ああ、そうだ、幸せだ。辛かったけれど、今はこんなにも世界が輝いて見える。

薬指の指輪を見つめながら、鼻がツンと痛む。目頭が熱くなって、視界がぼやけてくる。

「生江……」
「クラウス。俺にも指輪、嵌めさせてくれないか」

涙は零さない。前に散々泣いたんだ。女々しく泣くのはあれで最後でいい。
小さく鼻をすすってから、視線を合わせる。いつもの顔だ、そういうのは得意なんだ。
クラウスは目を見開いて、それから破顔した。ああ、良い顔だ。

ケースからもう一つの大き目の指輪を取る。
大きさは、確かにクラウスの薬指に丁度よさそうだった。

「左手を」
「あ、あぁ」

顔を赤らめながら左手を出してくれる愛しい人に感謝を述べながら、その手を取る。
大きくて頼りになりそうな手だ。これで日頃キーボードを打って異形を殴り吸血鬼を密封している。愛しい手だ。そして俺にとっては生涯かけて守り抜く手であり、人である。
手が震えていないか心配になったが、不思議と何かに誘導されるように動いてくれた。クラウスの温度の高い手のひらを感じながら、指輪をゆっくりと薬指へと近づける。

まるで一から作ったようにすっと指輪が入っていく。
そうして奥までたどり着き、互いに同じデザインの指輪が薬指にはめられた。

視界を転じてみれば、顔を俯かせ首元まで真っ赤にしているクラウスがいた。もしかしたらさっきまで俺もこんなことになっていたのかもしれないな。
小さく笑ってから、再び手のひらに視界を移した。
少し手を移動させて、クラウスの指を掬う。
そうして、指輪をはめた薬指にキスを落とした。

「スッ、スティーブン……!」
「どんな時も、ずっと君の側にいる。君が望んでくれる限り」

俺を救ってくれた人。私を助けてくれた人。
俺と私の唯一の人。希望を与えてくれた人。
愛しい愛しい、命を捧げてしまえる人。
君に生かされ、君に希望を抱き、君に助けられた。

これからもずっと一緒に居たい。何処までも共にいたい。
君の温もりは、一度知ってしまえば離れがたいから。

「望まなくなることなどない」

顔を上げれば、しっかりとこちらを見つめる瞳とかち合った。
意思の強い、ひたむきな眼だった。俺が眩しく思い、私が憧れた目。

「いつまでも、君を愛している」

君は頑固だからな。きっと死ぬまでそれを突き通そうとするんだろう。
それが、辛くて苦しくて、そして何よりも嬉しいよ。

「私もだよ」

手を握れば、顔の赤さを取り戻しおずおずと握り返してくるクラウスに愛しさが募る。
募って募って、終わりがない。

見つめていれば、目線を左右に彷徨わせるクラウスに目を瞬かせる。
何かと思っていれば、クラウスが右手でそっと自分の唇に触れた。

「その、こちらにはないのだろうか……?」

きゅっと手を握る強さを強めるクラウスに、何が言いたいのかを理解した。
俺は指輪にキスをしたが、それだけでは足りないというわけだ。
正直自分がどんな顔をしているか、いつもの顔が出来ているか自信はない。だが、もういい。恥ずかしがり屋のクラウスがこんなことまでしてくれているのだ。普通の顔でいる方が無理だ。

「勿論」

距離を詰めて、右手をクラウスの首元へ辿らせる。
腰に回ったクラウスの手を感じながら、潤んだ瞳で見つめてくるクラウスに近づいた。

「スティーブン」
「クラウス」

吐息がかかりそうな距離に、あと数秒すれば唇が触れる近さに笑みが零れる。
なぁ、クラウス。愛しているよ。君が望まなくなったとしても、ずっと。














「――ん?」

くん。と鼻が鳴る。
匂いが、変わった。空気の匂いだ。事務所の匂い、コーヒーと紅茶と紙の匂い。
何も変わらないはずなのに、何かが違う。
例えばそう、空気を構成する成分が一つ食い違ったかのような――。

「「……俺?」」
「「……私?」」

目の前に。誰かが見える。
いや、見間違えるはずもない。それは毎朝、自分のアパートで拝んでいる姿だ。
私とは似ても似つかない、頬に古傷をもった男。年齢にふさわしい色気とたれ目が特徴的な、いつも余裕げな顔をしているはずの人物。しかしそれが今はポカンと口を開け、持っているカップからはコーヒーが零れそうだった。

俺だ。見間違えるはずもない。紛れもなく“俺”だった。
思わず零れた言葉は同時にその人物からも発せられた。
そして、抱き合うクラウスからも、同じような言葉。

嫌な予感――というよりも確信にギリギリと首を背後へ回せば、大量の汗を流しながら唖然としているクラウスが――今俺と抱き合っているはずであるのに――そこにいた。そうしてその手には見覚えのある指輪が。

驚いたせいか――そのもう一人のクラウスが摘まみ取っていた指輪が落ち、床へと跳ねる。と思った瞬間に、まるで幻のようにそれが消えてしまった。
空気に溶けたようなそれに嫌な予感が確信過ぎて吐きそうになっていれば、誰かが言った。

「クラウスさんとスティーブンさんが二人――!?」

意識が遠のきそうになりながらも、どうにかクラウスと御揃いの指輪をはめた左手はポケットの中へ突っ込んだ。

場所は見慣れた事務所で、ギルベルトさんも、チェインも、ザップもレオもいた。
ああ、分かる。分かるとも、直感だが、ここは――原作世界ってやつかこの野郎!!!!




***********************************



「Lonely crybaby garlのスティーブン成り代わりとクラウスが砂糖を吐くぐらいにイチャラブちゅちゅっ」
「二人が原作に行って原作のライブラメンバーと会う」
昴さんに捧げます!!

なんというか、二つとも中途半端な感じになってしまいました(;^ω^)
結局ちゅっちゅしてないし。ライブラメンバーと出会った冒頭で終わっちゃうし。
この後もネタは考えてあったのですが、長くなりそうなので割愛をば。
もしかすると、後々リクエストが更新されているかもしれません(;'∀')
お好きに妄想していただいても大丈夫です!!!はい!!!
クラウスさんに振り回されるスティ主ですが嬉しくてどうしようもない感じですねべた惚れ!
そしてHLの骨董品は安易に装着しない方が身の為ですね! あれが転移のキーになってたりします。
色々と中途半端ですが、楽しんでいただけたでしょうか?
そうであることを願っています……(‐人‐)
では、リクエストありがとうございました!!





prev / next

[ back to top ]