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▼ 神は泣くか

「すかーふぇいすなんて、だいっきらい!!」

そう、幼い子供が啖呵を切ったのが数時間前の事。

それに頭を抱えてソファに身を沈めて、この世の終わりの様な空気を背負っているのがすかーふぇいすと呼ばれたスティーブン・A・スターフェイズである。そしてその様子を見て汗を飛ばしているのが彼の上司で在りながら、上司というよりも相棒という立場のライブラ秘密結社のボスであるクラウス・V・ラインヘルツ。更にその様子を少し困ったような笑みで眺めているのがクラウス専属の執事であるギルベルトである。

そんな状況に成っている原因は明らかであった。
発端は一人の少女である。ゴスロリ調の服を来た、ウェーブの掛かった長い黒髪と灰色に赤が足されたような瞳が特徴的である可愛らしい少女だ。そんな彼女はちょっとした理由からスティーブンと共に暮らしており、外見的な特徴の似ている二人は親子のようであった。少なくとも周りから見れば。

そんな少女がどうして大嫌いなどという言葉を叫んだのかと言えば、ひとえにスティーブンの注意不足が原因である。

「スティーブン、あまり落ち込まないでくれ。謝れば済む話なのだ」
「それを彼女がさせてくれるかどうかも分からないじゃないか……。くそ、どうして……今の時間はレオ達と昼食に行ってる時間だろう……!」
「しかし、君の物言いもあまり良くないものだっと思うが……。彼女の体内を通常手段では捕らえられない犯罪者や血界の眷属の緊急手段用の檻にするというのは」
「冗談だったんだ、本気でそんなこという訳ないだろ……。それに、そんなことされたら僕らが可笑しくなる」

スティーブンが深い深いため息をつく。
スティーブンは“生江の中”に入っていたことがある。そこはどんな攻撃も通用しない、完全な密閉空間だった。そして“主”の好きなように変形でき、ともすれば人間ならば一瞬のうちに殺すことだって出来るだろう。
いや“彼女”の正体を考えれば、人外でさえ耐えられるものではないだろう。

ギルベルトは口元を苦笑の形に固定したまま、人差し指を立てる。

「誠心誠意謝罪をすれば、許してくれましょう」
「でも、僕の言葉なんか今更聞いてくれますかね」
「寧ろ、貴方の言葉しか聞きたくないでしょう」
「……」

言葉の真意を探ろうと抱えていた頭を上げたスティーブンの視界に、苦笑ではない笑みを浮かべたギルベルトの姿が映る。
彼がそういう時は、外れない。経験上、そう知っているスティーブンは確かにいつまでも自分の言動を後悔しているより、生江を探すのがいいだろうと重い腰を上げた。
クラウスはそれに目を輝かせるが、次のスティーブンの言葉に腹部分へ手を移動させた。

「この世界が消滅しても恨むなよ……クラウス」
「う、うむ……」



スティーブンが出ていった部屋の中で、執務机に座ったクラウスと、紅茶をいれるギルベルトの視界が絡む。

「スティーブンは、彼女がどう思っているか分かっていないのだろうか?」

普段、人心掌握が出来ていないと注意されるクラウスがスティーブンへの疑問を口にする。
スティーブンは誰よりも他人の態度に敏い。そんな彼が、知りえないなどあるものかと。
それに、ギルベルトが笑みで答える。

「敏いからこそ、分からないこともあるのですよ。大切な方のことになりますと」

ほっほっほ。と笑うギルベルトに、クラウスも続いて笑みを浮かべた。
老年の執事、流石の余裕だった。




「あっ、生江ちゃん。スティーブンさんいた?」
「……」
「なんだよ。もしかして聞いてこれなかったのかぁ? これだからおこちゃまはなァ。仕事中だったのか? しっかたねぇなぁ、お前が追加でサブウェイの日替わりメニュー食べたいってスカーフェイスさんにお願いしてくるんだったら俺が行ってやっても」
「……」
「あ? おい、なんだよ。なんで何も言わな――うぎゃあああ!?」
「ちょ、ザップさん!?」

ぞるっ、と突然足元から現れたこの世のものとは思えぬ触手に絡めとられ宙に浮かされた、銀髪褐色イケメンという特徴的な男――ザップ・レンフロに驚きの声を上げる特殊な目を持った少年、レオナルド・ウォッチ。そんな組み合わせの前に立ち俯く少女は微動だにせずに煩く口の回る猿を黙らせることに成功していた。

しかし、そんなことをしても気持ちは晴れない。
数十秒間、宙を振り回した後にぺいっと路上へ捨てて、漸く少女は口を開いた。

「すかーふぇいすが」
「生江、ちゃん? 一体何が……」
「すかーふぇいすが、わたしのなかに、はんざいしゃぃれるってぇ……!」
「!!!???」

色々とつっこみたいことはあった。だが少女の発言に全てを持っていかれたレオナルドはその場で噴き出した。思わず目も開きそうになって慌てて自分の手で押さえ込んだ。少女を特殊な目である神々の義眼で見てしまえば、発狂は間違いなかったからだ。
少女はなんといったのか。私の中に、犯罪者を、入れる? え、つ、つまり? え、いやなんだ違う違うってだがまさかええ?
スティーブンさんまさかアンタ……とそこまで考えた冷汗が対象に噴出した所で路上でゴミになっていたはずのサル及びザップが砂埃をまとわせながら颯爽と現れた。

「そりゃあお前、あれだろ」
「あ、生きてたんすか」
「ざっぷ……おさるさんのぃけんはいらなぃ」
「ああ゛!? 誰がサルだって!?」
「あんたしかいないでしょ」

よく生きてるな、なんて目線で見るレオナルドと埃っぽいだけで傷一つないザップ。
ザップ愛ででもいつもはもう少しソフトな対応であるはずの生江の冷たい様子に、それほどスティーブンさんの発言が辛かったんだな……とレオナルドは少し眉を下げた。
だがそんなことは関係なしのザップは得意げに幼女へ伝授する。

「つまりそりゃあお前を犯罪者専用の檻にして有効活用したいってことだろ。そりゃあお前みたいな人外使わない手はないしな。前もスカーフェイスさん飲み込んでたんだろ? んなこと普通の奴にゃあ出来ねぇからな」
「え!? そんなことあったんですか!?」
「スカーフェイスさんが戻ってくる前のことらしいけどな。俺も旦那に聞いただけだけどよ」
「へ、へぇー」

とりあえず、レオナルドの中の勘違いは是正された。が、その代わりに衝撃的な事実を知って内心引いていた。
一人の男をまるまる飲み込めるとはどういう状況なのか。全く想像がつかない。今までの会話の中で今の幼女の姿が真実の姿ではないということは知っているものの、それでも今の姿しか見ていないと想像が難しい。
それでも嘘だとは微塵も思えないのは、彼女の信じ難い正体を知っているからだろう。

「……ぅ」

レオナルドより、ずっと低い身長の彼女から聞こえたのは、そんな声だった。
まるで何かを押さえ込んでいるような声に、思わずレオナルドが足をつく。
焦りが胸を埋め尽くして、訳もなく手が伸びる。だってそれはレオナルドも聞いた覚えのある――。

「生江ちゃん……」
「っぅ」

泣いている女の子が、必死で声を我慢している音だったのだ。


「わっ、たし、さんぽ、ぃく!!」
「あ、生江ちゃん! 待って!」
「んだよ。ほっとけほっとけ、直ぐ帰ってくるだろ」

顔を隠すようにして走り出した生江を追いかけようとするレオナルドと、その襟首を掴んで引き留めるザップ。
ぐぇ、と呻き声を上げた後に、レオナルドは必至で振り払い、地面に尻もちをついて声を上げる。

「このSS先輩!」
「なっ、てめ」
「生江ちゃん泣いてたんすよ!? このままじゃスティーブンさんのとこ帰りませんよ!!」
「はぁ? おまえ……それ先に言え陰毛頭!」

それ叱られんの俺たちじゃねぇか! そう叫んだ後にザップは周囲に素早く目を向ける――が、そこには既に少女の姿はなく。

「チッ、仕方ねぇ。あいつのオーラ追え! 探すぞ!」
「はいッ!!」

レオナルドもザップも、生江と長い付き合いとは言えない。寧ろ短いと言った方がいいだろう。
だが、そんな中で彼女が泣いたところを見たことがなかった。いつも何が楽しいのかと思うほどに笑みを浮かべていて、どんな場面でも楽しそうにしていた。まるで悲しさなどとは別離してきたとでもいうような姿は正体を知っている者からすれば恐怖も呼び起こされるものであったかもしれないが、しかしヘルサレムズ・ロットでの刺激的な日々に驚き、悩む姿を見ればその恐怖も自然に相殺された。
そんな彼女が泣いている。珍しくも、捨て置けない程の変化であることは確かだった。


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