小説 リクエスト
- ナノ -


▼ 君と食事を

「ダニエル・ロウ警部補。どうだいこの後、食事でも」
「………」

何言ってんだこいつ。
そんな意味合いを込めてじとっと頬に古傷のある色男を見やる。色男の名はスティーブン・A・スターフェイズ。ライブラという世界の危機を救う酔狂な奴らが集まる組織の副官をしている、俺にとっては有り難くも面倒な相手だ。
何故ならばこいつは生粋の腹黒。つまり信用ならない胡散臭い相手なのだ。ライブラのボスをやっているクラウスという大男の方は純朴でちょっと情に訴えればすぐに顔に出てくれるのだが、こいつはそうもいかない。
いや、別にそれでもいいんだけどさ。
にっこり笑顔を張り付けた顔でこちらを見下げてくる姿は、あまりにも裏がありそうな顔をしていらっしゃる。先ほど情報交換が終了し、もうこれ以上話すこともないだろうと思った先でこれである。
数十秒間、察しろ。と無言で見つめていたが、何も気づかぬふりで笑みを浮かべ続けている相手にはどうやら日本人特有の雰囲気で感じろ、というのは通じないらしい。
相手は勿論日本人ではなく、俺も今現在は日本人ではない。が、こいつの察しの悪さは態とだろうな。くそ。

「一人で行け」
「ええー、連れないなぁ警部補。折角こうしてあったのに」
「ただの情報交換だろ。必要以上に親しくする意味もないだろ」

ほんとやだこいつ何考えてるの。
ビビりながら常識で答えてやる。
俺はダニエル・ロウとしてこの世界に生まれる前、普通の一般人だった。しかしどうしたことか死んで生まれ変わったのか、第二の人生を歩み始めた。順調に成長し、選んだ道は警察官。折角二度目の人生だ。人助けとかしてみたいじゃないか。あとなんだかんだ言って安泰だし。そんな気持ちで職業に選んでみたら、どうしたことか働いていた生まれ故郷のニューヨークが異界なんぞと合体するという異常事態に直面。平和とは言い難かったニューヨークが魑魅魍魎の蔓延る危険地帯になり、警察はそんな中で混乱しながらも警察としての役目を果たそうと奔走し、俺もどうにか市民を守ろうと奔走した。
しかし、そんな中で出てきた組織があった。それが“ライブラ”だ。
驚異的な力を個人が持ちながら、それをニューヨークからヘルサレムズ・ロットと名を変えたこの町の平和を守るために振るう謎の組織。その存在を知った瞬間、俺は歓喜した。
なんて酔狂な連中なんだ! と。まるで無人島に一人残された状況の中で、助け船がやってきたような心境だった。正直警察だけでこの町の危険――ともすれば世界さえぶっこわれそうな危機――をどうにか出来るなどとは欠片も思えなかったのだ。俺だってただの平凡な一般人でやれることなど限られている。
そこに、人間とは思えない集団の登場、しかも危機を救ってくれるという安心安全のお墨付きとくれば、もうこれは協力するしかない。
と、俺は思っていたのだが、警察の方は違ったようで。突然現れた謎の組織に警戒しまくった警察は、そいつらを敵――とまではいかないが厄介者と決めつけて排除しようとしだした。
おいおいおいおいおいおいおいおい。何考えてんだ、何考えてんだ!? 折角みんなが避けて通るような厄介ごとを自ら解決してくれる都合のい、ゴホゴホ、酔狂な奴らの登場だってのに、何追い出そうとしてるんだ!
それからだ。俺がそいつらを必死に探し出して、共にヘルサレムズ・ロットを守る者同士協力しないかと持ち掛けたのは。
当然警戒はされたものの――警察もライブラを蛇蝎の如く嫌っていたので――完全に仕事として話をしているのだと気づいてくれ、今ではこうして情報交換や事件の解決で協力し合う仲になっている。

――が、それはそれ。これはこれである。
ライブラとの関わりは、完全なる仕事だ。俺の独断行動だとしても、俺の仕事は市民の平和を守ること。それを実行するためにこいつらの協力が必要不可欠だと思ったから、関わっているだけで、それ以上の関わりは求めていない。
結局のところ、ライブラというのは危機を救う酔狂な集団ではあるものの、一般には関われば碌なことはないし、実態の知れない集団であることには違いはないのだ。そんな組織の人間と好き好んで関わり合いになろうとする人間も少ないだろう。絶対面倒ごとに巻き込まれる。そして勿論俺は一般人側の人間である。

さて帰ろう。とせかせかと足を動かせば、ぐいっと引っ張られつんのめる。
片方の足裏が、縫い付けられたように地面にくっついて離れない。

「さっさと帰ろうとするなんて酷いなぁ」
「………」

靴を確認すれば、氷が足裏から張り付いて、体の動きを止めていた。
そしてその氷を辿れば色男の足へと続いていて、犯人が誰かなど一目瞭然であった。
ほら、これだ。これがライブラ。人間とは思えない力、能力の持ち主。
このヘルサレムズ・ロットではある意味では珍しくはないかもしれないが、ここまであからさまで便利で強力な能力となると限られる。それはボスにも言えることで、正直こいつらは人間ではないと思っている。
対して、ただの人間でしかない俺である。なにこれ死ぬの?

「……この氷どうにかしろ、スターフェイズ」
「一緒に食事に行ってくれるなら」

先ほどのわざとらしい傷ついたとでもいうような顔から、一転してにこやかになる顔にこちらは顔が歪む。
本当にこいつなんなんだこの野郎。なんで食事行きたいんだよ。これ以上情報ねぇから、合っても流石に言えない奴だから。仕事に必要な情報だけを渡すのは常識だろこの野郎。それ以上求めんなこっちだって隠れて情報渡すの大変なんだぞ。
どうにか勇気を振り絞って睨みつけてやれば、数秒して、はぁ。というわざとらしいため息が聞こえた。
ため息つきたいのはこっちだ馬鹿野郎!!

「仕方がないな」

何がだ。

「○○事件で逃亡中の犯人の現住所、知りたくない?」
「……この腹黒め」

喉から手が出るほどに欲しい情報だった。
いわゆる凶悪犯で、放っておいたら何百人と被害者が出る部類の、このヘルサレムズ・ロットにおいても性質の悪い部類の相手。今すぐにでも問い詰めたいが、そんなことしても情報が出ないのは分かっている。
そして、どうせ食事中にはそんな話してたっけ。みたいな表情をして、最後の最後、分かれる間際に思い出したようにぽろっと言うのだ。つまり、最後まで付き合わなければならないわけで。くそっ、今度ボスと一緒に交渉来たらちくってやるからな!!

ずっとにらみ続けて、それでも何も言わない色男に、ため息を吐いて顔を覆った。

「行きますよ、行きゃあいいんでしょう」
「ははは、そうそう。それそれ。その敬語が聞きたかった」
「うるさい。行くならさっさと行きますよ」

イラつきながら急かせば、はいはい。と言いながら足の氷が魔法のように溶け、隣には背の高い色男が。
俺は仕事とプライベートをはっきり分ける主義である。日本では仕事相手にため口なんてありえないが、このヘルサレムズ・ロットでは舐められたら終わりである。だからこそ、正直敬語で話したい相手にも偉そうなため口を叩くし、睨みつけるし、交渉だって上から目線だ。
だが、実際に偉い立場の人間には敬語を使いたいし、それが日頃仕事で関わっている組織の副官なんぞならなおさらだ。ボスとかほんと気まずいからプライベートで会いたくない。時々副官の方が無理難題をふっかけてきたりするので、その対処にボスの情に訴えてどうにか不利にならないように事を進めたりしていたりするのだ。しかし何故かあの大男からも以前植物園(何故植物園なんだ)に誘われた。勿論断らせていただいたが。
隣を歩く色男は機嫌よさそうに、良い店を見つけたんだなんて教えてくるが、もう俺は気まずさと面倒ごとが起きる気配に逃げたい気分だった。やはり仕事で関わる相手は仕事だけにしたかった。そもそもこんな色男と一緒に行動したくない。比較的な意味で。

「はぁ」
「どうしたんだい? ため息なんてついて」
「あんたのせいですよ。あと、あんたはなんでそんなに機嫌がいいんです」

こっちはあんたのせいでこんなにも機嫌が落ち込んでいるのに。折角の休日が台無しである。
どうせ適当なことを言われるんだろうと期待せずに通りを見ていれば、くすりと笑った音がして、そちらに目線を向けた。
そこにはやはり色男がいて、まるで女性に対するような甘い笑みを浮かべながらその赤い瞳をこちらを向けて言った。

「君がそうやって素を見せてくれるのが、とんでもなく嬉しいからだよ」
「……そうですか」

なんだ。こいつ。
意味わかんな過ぎてめっちゃ怖いんですけど。
そもそも、俺はこいつに好かれるようなことをした覚えはないし、関わり合いは基本的に仕事だけだ。だってのにまるで女でも口説くような顔で素を見せてくれるのが嬉しい? 理解不能過ぎて怖い。俺みたいな平凡には理解できませんかそうですか。

やっぱり食事なんて断ればよかったと後悔しながら、俺はさっさとその場違いな笑みから視線を逸らした。






***********************************




「ネタのダニエル・ロウ警部補成り代わりをスティーブンかクラウス寄り」
ココアさんに捧げます!
成り代わり主の行動が思いつかなくてなかなか筆が進まず難産でした(;^ω^)
そして敬語キャラになりました。驚き。
仲良くなりたくてスティーブンとうさん臭さにひたすら警戒して引く主でした。
恐らく距離を縮めたいならうさん臭さをどうにかしなくちゃですねスティーブンさん!
では、ココアさんリクエストありがとうございました!

prev / next

[ back to top ]