小説 リクエスト
- ナノ -


▼ 祈り待て、さすれば還らん

「死ぬ前に、君の顔が見られるなんて、なんて幸せなんだろう、僕は」

そう言って、クラウスさんの腕の中で、彼は瞼を閉じた。









スティーブンさんは、もしかしたら、死ぬときはクラウスさんの腕の中なのではないかと、その光景を見て思った。
いくら攻撃を受け、傷つけられ、四肢を血界の眷属(ブラッドブリード)に切り裂かれ様とも、その目から光を失おうとも、人類を守る壁として不動に立ち続けているクラウスさんの元へ身体を引き摺って行って――もしくは不動のクラウスさんがスティーブンさんのその姿を見て思わず駆け寄って――そうしてクラウスさんの腕の中に抱き留められ、息も絶え絶えに呼吸すらも困難だというのに、必死で息を吐き出して。
最期の言葉をクラウスさんへ贈って、幸せそうに息を引き取るのだ。

「流石のスティーブンさんでも、死んだかと思ったっすよ」
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ」
「そうですよ何を言っているんですか!」

ははは。と笑い声をあげるのは紛れもなくスティーブンさんで、彼は血界の眷属との戦いで命に関わる傷を受けた。いわゆる致命傷というやつで、傍から見ていた僕らは彼の死を覚悟した。それほどまでの傷だったのだ。胸元が大きくさかれ、肺に達し、心臓まで裂かれているのでは、と思うほどの出血と傷口だった。
今でこそこうして軽口を叩きあっているが、意識の戻らない中で集中治療室へスティーブンさんが姿を消していた時なんか、ライブラのメンバー全員が重く口を閉ざしていた。
体中に包帯を巻いて、特に胸元にはギブスを巻いているスティーブンさんはずいぶんと動きにくそうだった。流石に、今回は本人も思ったところがあるらしく、少々疲れた様な顔をしている。

「心臓が止まってたって聞いた時は、焦りました……」
「あー、心配かけちゃったみたいだね」

申し訳なさそうに眉を下げるスティーブンさんの目線の先には重苦しい表情をしたチェインさんがいた。ちょうど人狼局特殊諜報課という所属している場所での任務をしていて、スティーブンさんが意識を失った現場にはいなかった。けど、いなくてよかったと思う。治療室の前で顔を真っ青にして俯いていたチェインさんを見たら、スティーブンさんが胸を切られた現場を見たときに気を失ってしまっていたのではないかと思ってしまったからだ。
それでも直ぐにその場から姿を消し、治療室から出たときの為にと花を買ってきていた。でも、どれも植木鉢だったので、きっと混乱していたのだと思う。たぶん。

「あんたもしぶといわねぇ」
「ははは、そりゃあしぶとくもなるさ」

イスに足を組んで座っているK・Kさんはああは言っているけど、丸一日手術をしていたスティーブンさんを病院で待っていた。いつもは家に帰る時間さえも惜しむK・Kさんが、家に一本電話を入れてただ待っていたのだから、とても心配していたはずだ。
その証拠にK・Kさんはちょっと眠たげだ。手術を終わって、なんとか一命を取り留めたと聞いてK・Kさんはあっさりと、子供と旦那が待ってるから。と家に帰っていった。でも、次の日に早速目を覚ました――今日の事だけど――スティーブンさんの様子を見に、こうして来てくれたのだから、K・Kさんもいつもスティーブンさんに対してちょっと冷たい態度だけど仲間と思っているのだと分かる。

僕らは言うまでもなく。
いつも煩いザップさんも口を閉ざしてぼーっとしていたし、ツェッドさんは悔し気に顔を歪めていた。僕も何もする気が起きず、ただ手術室へ続く廊下のイスに座っていた。
だから、手術室からルシアナさん――以前にザップさんがお世話になった女医さんだ――が出て、もう大丈夫と言ったとき、泣きそうだった。

でも、きっと誰よりもスティーブンさんのことを心配していたのは、クラウスさんだ。
自分の足で、胸を切り裂かれたスティーブンさんをブラッドベリ総合病院へ連れてきたクラウスさんは、ルシアナさんに頭を下げて「スティーブンを助けてくれ」と頼んでいた。それをいちにもなく引き受けたルシアナさんの口から出た言葉は「最善は尽くす」だった。絶対に患者は助けるという姿勢のルシアナさんの言葉とは思えない程に重いその言葉は、手術後にルシアナさんが言った、連れてきたときスティーブンさんの心臓が止まっていた。という言葉に納得するしかなかった。寧ろ、そんな状態のスティーブンさんを生かそうと最善を尽くし、蘇生させてくれた事に感謝するしかない。

しかし、ルシアナさんからのその言葉に、僕たちはまるで海の中にでもいるように静かになった。そして、クラウスさんも、いつも以上に寡黙にスティーブンさんが手術室から出てくるのを待っていた。
イスに座り、祈る様に手を合わせて背を丸めてその逞しい拳で顔の半分を隠していた。眼鏡の奥の瞳はまるで瞬きを忘れたようにじっと正面を見ていて、僕はクラウスさんの方を向けなくなった。
その姿勢から微動だにしなかったらしいクラウスさんは、ルシアナさんが出てきた後に、ずっと頭を下げていた。ありがとう、感謝してもしきれない。そういうクラウスさんにルシアナさんはずっと頷いていた。

「スティーブン」
「あぁ、クラウス。君にも心配を――」

一歩一歩、噛み締めるように近づいたクラウスさんはそのままスティーブンさんのベッドの真横へ行って名を呼んだ。それにスティーブンさんが言葉を返し終わる前に、その大きな身体で包み込むようにスティーブンさんを抱きしめていた。
それに僕やザップさん、ツェッドさんやチェインさん、K・Kさんがポカンとしていれば、絶叫がクラウスさんの腕の中から響いた。

「ク、クラァアアアウス!!! 痛い、痛い痛い痛いッッ!! 死ぬ、死ぬッ!!!」
「す、すまない!!」

瞬間移動のようにスティーブンさんから飛びのいたクラウスさんは胸を抑えて悲痛な呻き声を上げるスティーブンさんを見て、焦りに焦った顔をして大量の冷汗をかいていた。
スティーブンさんは半分泣いているような表情で、息も絶え絶えに、だ、だいじょうぶだ、たぶん。と返していた。その気遣いに流石すぎると慄きながら、皆でスティーブンさんが落ち着くまで少し待つ。
痛みで苦悩しているスティーブンさんが握りしめていた医療服を手放し、改めてクラウスさんの方を見る。その表情は先ほどまで苦悶していた人と同一人物とは思えないほど爽やかで、流石副官と呼ばれることがあると感心しきりだ。

「本当にすまない、君の身体のことをよく考えず……」
「いや、いいよ。僕も随分と君に心配をかけたみたいだし」

先ほどの抱擁のことを考えているのか、若干顔色を悪くしたスティーブンさんに、尋常ではない痛みだったのだと想像出来る。ともすれば意識を失うほどだったんだろうな。
クラウスさんはそれでも軽く言うスティーブンさんに小さく沈黙する。険しい顔をしているところを見るに、何やら考え事をしているようだった。も、もしかして怒ったりするんだろうか。と庇うタイミングを見計らっていると、クラウスさんはそっとスティーブンさんの手を取った。

「クラウス?」
「……死なないでくれ」
「……クラウス?」

クラウスさんは両手で握ったスティーブンさんの手を頭をつけた。まるで祈りの様な体制で、絞り出すように言った。

「私より先に死なないでくれ」

また皆で呆然とした。
あのクラウスさんが。あの人類最強で無類の紳士であるクラウスさんが。
なんといっていいのか分からない程、物凄く珍しい光景なのだというのは理解できた。でも、だからと言ってどう反応していいか分かるわけもなく。ただその光景をずっと見つめていれば、スティーブンさんが困ったように笑った。
その声を聞いて、クラウスさんが顔を上げずに言葉を続ける。

「君には、無理を言ってこちらへ残ってもらった。だというのに、君が幸せになれずに亡くなるなどと、あってはならない」

その言葉に、ぎょっとした。クラウスさんが言っている“こちら”とは、きっとこの世界の事だろう。そして、今話しているのはきっと生江さんの事だ。生江さんの死に方は、とても酷いものだった。以前宴会の席で聞いた時、スティーブンさんは軽く口に出していたが、無念だと言っていた言葉の全てが本当だったのだろう。
生江さんの事を聞いて、次の人生である今を楽しく生きてほしいと思うのは当然の事だろう。
でも、無理を言って残ってもらったというのは、どういうことなのだろうか。

「馬鹿言うなよ」

明らかに怒りの色が滲む声に、思わず背が伸びる。
そのままスティーブンさんはクラウスさんに握られていた腕を無理やりに引っ張った。力強いそれにクラウスさんの身体が前のめりになり、伏せていた顔を現れる。
ぶつかる、その直前にスティーブンさんが先ほどのクラウスさんがやったように抱き留めた。
その衝撃に、一瞬スティーブンさんの顔が痛みに歪んだが、直ぐにそれも消える。

「俺は幸せだよ。誰がなんと言おうともね。他でもない君が誰よりも知ってるだろ?」

抱き締めながら、力強く言うスティーブンさんの口調にさっきの怒りはない。
けれど、反論を許さない調子のそれに、スティーブンさんが本当に幸せだと思っているのだと理解できる。
そのやり取りに、二人の絆の深さを知る。きっと二人にとって生江さんという存在は、大きいけれど、受け止められて、そして更に絆を強くするものだったのだろう。唯一無二の相棒ってこういうものなのかな、とちょっと羨ましくなった。ああ、でも、僕にもソニックがいるか、と肩に乗っている相棒を見れば、ソニックと目が合った。
クラウスさんは目を瞠ってスティーブンさんを見た後に、一つ問いかけた。

「生江は、どうなのだろうか」
「へ?」
「生江の君は、戦いも知らない、普通の少女だろう。そんな君が、戦いに身を投じ、死にかけている。それは、辛くはないのかね」

それは、確かに。
でも、そういう意味も含めてスティーブンさんは現状が幸せだと言ったのではないのだろうか。スティーブンさんの目が点になっているところからしても、そうなのだろうというのが想像できる。
しかし、引く気もないらしいクラウスさんは迷いのない目でスティーブンさんを凝視している。先ほどまで幸せと言い切った男らしい人とは思えない程顔を引き攣らせたスティーブンさんは、凝視し続けるクラウスさんにだんだんとその顔を、迷いに転じていく。言わないし、言わなくていいだろうという顔から、言わなくちゃなのか、いやでも。という過程がよくわかる表情の変化だ。
それから、観念したような顔になるとスティーブンさんはこちらに視線だけ寄越した。

つまり、お前らは聞くな。ということなんですね。
スティーブンさんが生江さんのモードになるのを恥ずかしがっているのは知っている。以前寝ぼけていた時なんて色々起こって混乱しきってスティーブンさんらしからぬ失態を起こしていた。
確かに、その気持ちも聞かれたくないと強く思っていることも知っているので無言で耳を塞ぐ。肩のソニックも同じように耳を塞いだ。
チェインさんは先ほどまでのやり取りのせいか目を潤ませながら直ぐに耳を塞いでいて、K・Kさんは仕方がないという顔で耳を塞ぎ、ザップさんは耳を塞ぐ動作をする気配がなかったのでツェッドさんが注意をし、それでも塞がなかったのでツェッドさんが代わりに塞ぎ、それにザップさんが怒りながらツェッドさんの耳を塞ぐという仲がいいのか悪いのかよくわからないことをしていた。気配の全くなかったギルベルトさんもすっと耳を塞いで、スティーブンさんの意向が反映された。



「……君は、どうしてわかり切ってることを聞こうとするかな」
「すまない。どうしても、君の言葉も聞きたくなってしまったのだ」
「くっ……しかも皆がいる所で……はぁ、まぁ、いいけどね」

「確かに、怖いよ。なんで自分がこんなことやってるんだろうって思うことだって、勿論ある。自分の身体から氷が出て、世界の危機に立ち向かって、どこの漫画だーって」
「む、むぅ」
「でも、こうしてクラウスさ……クラウスと一緒に世界の危機救うのが、今のわた……俺の生活っていうか、日常だからな。ははは、血界戦線もそういえば日常漫画だったっけ」
「血界、戦線?」
「ああ。気にしなくていいよ。要するに、こうしているのが俺の意思だし、願いだってことだよ。それこそ、何度も言ってるだろう?」
「しかし……」
「あーもう! ……私は、今が幸せなんです。本当に、心から。それを、否定しないでくださいよ……」
「……!!」



スティーブンさんが顔に手を当てて何か言った瞬間に、クラウスさんがスティーブンさんを抱きしめ――

「ぎゃあああああああああああああ!!」

スティーブンさんの耳を塞いでいても聞こえる悲鳴が病室へ轟き、スティーブンさんは再び手術室へ担ぎ込まれたのだった。













「にしても、クラウスさんが自分より先に死なないでくれって、なんか吃驚しました」
「ああ。あの時の事か……確かに僕も驚いたよ」
「あ、やっぱりですか?」
「まぁね、あと、困った」
「そうなんですか?」
「そりゃあね。実際、クラウスより長生きって難しいと思うよ」
「あはは……なんとなくですけど、納得です」
「だろ?」
「……」
「どうした?」
「すいませんでした。あの時、俺のこと庇って怪我したんですよね」
「……まぁ、そうだな」
「……」
「……」
「……」
「レオ」
「はい」
「死ぬときはクラウスの腕の中でって、ずっと思ってたんだよ僕は」
「……はい」
「いくら攻撃を受けて、傷つけられて、四肢を血界の眷属(ブラッドブリード)に切り裂かれ様とも、この目から光を失おうとも、人類を守る壁として不動に立ち続けているクラウスの元へ身体を引き摺って行って――もしくは不動のクラウスが僕のその姿を見て思わず駆け寄ってくれて――そうしてクラウスの腕の中に抱き留められ、息も絶え絶えに、必死で息を吐き出して」
「……はい」
「最期の言葉をクラウスへ贈って、息を引き取るのが、幸せだってね」

「『死ぬ前に、君の顔が見られるなんて、なんて幸せなんだろう、僕は』って」

「でも、きっとクラウスは『これで死ぬなんて思わないだろう? 生きて君と戦うことが幸せなんだから、僕は』っていう方が喜んでくれるだろうね。だから、病室であんなこと言ったんだろう」
「そう、ですよ。きっと、っていうか絶対そうです」
「やっぱり少年もそう思うか」
「はい」
「はは。クラウスにああ言われて、考えてみたんだけど」

「まぁ最期に言う言葉がそれでも、悪くはないかなって」

スティーブンさんは綺麗すぎるほど綺麗に微笑んだ。
その笑みが、その言葉が嘘偽りでもなんでもないことを如実に伝えていた。
全く似ていないのに、その笑みを浮かべているのが生江さんのような気がして、息をのむ。

「……それ、絶対クラウスさん、怒りますよ」
「死ななきゃいいんだよ。死ななきゃ」

あの時みたいにね。と悪戯っぽく笑うスティーブンさんに、つられるように僕も苦笑いを浮かべた。












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「スティーブン成り代わり(連載)のお話を、できればクラウスさんといちゃついてるのをライブラメンバー第三者視点」
疾走さんに捧げます!
当社比ですといつもの五倍いちゃついております!!!(苦しい言い訳)
流石にメンバーの前では全力でいちゃつくのは無理でしたー! そして何気シリアス!!
いつもはメンバーの前で触れ合うことも滅多にない二人なので、生死を彷徨ってようやくこんな感じのいちゃつき具合に。
個人的には一度は命の危機に瀕した時、というのを書いてみたかったので、楽しかったです(;^ω^)


ちなみにレオは口の動きで二人がなんて会話してたか分かってます。
では、疾走さんリクエストありがとうございました!


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