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▼ 天然たらしの更生記(後)

優に50メートルを超える異界生物との戦いは少々手間取ることになった。
何しろ大量に触手が生えていてそれらが周囲の人々を捕まえて中央にある口で捕食しようとするのだ。それは簡易的な人質となって、捕らえられた人々を逃がすために手が取られ、強力な一手を決められない。
というか私は助けるだけで精いっぱいだ。ツェッドも縦横無尽に動き回ってはいるが、時折触手に捉えかけられる姿が見られていた。
もう突っ込んでいって触手の口の中で泣きながら七獄で中から爆発させてやりたいわ!! 最終手段だけど!!!

なんて思っていたらやっぱり来てくれた正義の味方、秘密結社ライブラ!
旦那にスティーブンさん、レオの面々。ああ、助かった!
レオが的確に触手の来る位置を叫び、それに合わせてツェッドが回避し、人質となっていた人々を救い、旦那がブレングリード流血闘術で十字架をたたき込み、スティーブンさんがエスメラルダ式血凍道で異界生物の全てを覆う。
もう私やることないよね! ね!? と触手を切り裂きながら見ていたら、何故だか動く異界生物。
あれ? 可笑しいね? さっき旦那に拳叩き込まれてスティーブンさんに蹴られて、前者は身体が半分に、後者は完全に氷山になってたよね? え?

即座に再生し、氷を突き破って触手を叩き付けるその姿。
流石に青ざめる。なにそれチートですか。倒せないんですか。ああどうしようやばいやばいやばい……!
ひええ、とどうにか旦那やスティーブンさん、ツェッドへの触手の攻撃をどうにかいなす。

「うわぁああ!」
「っ、レオ!」

身に覚えの有り過ぎる悲鳴が宙から響く。
俺以外の面々が守っているからと注意を向けていなかったレオが、その触手に足をひっつかまれて宙へ投げ出されている――その最中だった。
名を叫び、駆けだす。レオが着地する地点には空洞――つまり異界生物の口内しかない。
鋭い歯を幾重にもはやしたそこにレオが入ればどうなるかなど想像に容易すぎて吐きそうだった。
旦那たちの声も聞こえるが、もはやそちらに意識を寄越している暇はない。飛び上がり暗闇に消えていくレオの後を追いながら、私も暗闇に身を落とした。




私は確かにヘタレで使えなくてどうしようもない生活をしている男だけれど。
仲間は守る。絶対に、じゃないと私はきっと生きている意味なんてないし、仲間が死んでしまった後なんてきっと飯も食べないでのたれ死んでる。
どうしようもなくったってどうにかしなくてはいけない。それがヘルサレムズ・ロットという場所なのだ。




「あーーー……くそっ、折角あいつが選んだ服が焦げちまったじゃねぇか」

異界生物の内部からの七獄――つまり大爆発。
やってやりましたよ。やりましたとも。
ぷすぷすと音を立てる買ったばかりの服に辟易としながら、腕に抱いた相手を見やる。
こちらも少し焦げてはいるものの、呆然とこちらを見る細目を見るに、命に別状はなさそうだ。

「ほら、いつまでぼーっとしてんだ」
「っえ、……えっ!?」

俗にいうお姫様抱っこで支えていたレオに声を掛ければ、正気に戻った、とでも言う風な声を出した後に耳に叫ばれる。
それになんでそんなに驚くのかと疑問に思う。そりゃあ、仲間が化け物に喰われそうになってたら助けにいくだろう。すばしっこい私にはそれぐらいしか出来ないし、結局化け物は炎が弱点だったのか消し炭になって燃え盛っているから、一件落着ということでいいのだろう。すごく運が良かったとしか言えない。
それで、私はレオに仲間を助けもしない冷血漢だと思われてるんだろうか。流石にそれは、ない……よね?

「ざ、ザップさん……?」
「ああ、俺以外に誰がいるんだよ」

青い目を開いて、私をまじまじと確認するレオに動揺が走る。え、やっぱり私仲間も助けないと思われてたの? ねぇレオ君そこらへんどうなの?
レオは驚きのまま顔を固め、そして言った。

「誰だか、分かりませんでした」
「……そうか」

そっちか!
確かに身だしなみに整えて(爆破でぼっさぼさだが)服装も変えて、無精ひげもそったけど、そう言われるまでだったか。
とりあえず仲間見捨てるマンだと思われていなかったことに安堵しつつ、敵も倒せてレオも助けられたし、安堵しながら旦那たちの方へ歩んでいく。
既に集まって電話を掛けたりなんだりと事後処理をしているスティーブンさんもいたりして、やはり仕事が出来る人は違うなと思う。
いち早く気づいたのは旦那で、心配げな顔でこちらを見た。

「レオナルド君、怪我、は……」
「は、はい、大丈夫です」
「無傷だぜ。焦げてはいるが」

ほれ、と旦那の前に足からおろしてやってレオを立たせてやる。一応無傷なのはざっと見て確認はしているが、もしかしたら腰が抜けているかもしれないし、丁寧に扱うのは間違っていないはずだ。
証拠にレオは戸惑った風にした後にだが、少し恥ずかし気に礼を言ってきた。異界生物に飲み込まれかけることがあったばかりなんだから、そんな気にしなくていいんだぞ?

「クラウス、この異界生物の残骸はあっちがやって、くれる……」
「あ、ああ。そうか。了解した」

旦那は声を返すが、スティーブンさんはなぜかこちらを凝視して何も言わない。
じっと俺たちを見て、先ほどのレオのようにどこかに思考を置いてきたような状態になっている。
どうしようかと考えた後に、とりあえず名前を呼ぶかと口を開く。

「スティーブンさん」
「っ、……ザップ、か?」
「そうっすよ。他に誰がいるんですか」

当然私は不本意ながらもザップなので、そうであると返す。
スティーブンさんは何処か難し気な表情をした後に、そうか。とだけ言葉を返した。それってどういうそうかなんですかスティーブンさん。そんなに私の衣装替え気に入りませんでしたか。
不安に思い、衣装替えをした張本人を探す。なぁツェッド、なんかあんまり評判良くないんだが本当にこれでいいのか。弟弟子は少し遠くで誰かと話しているようすで、もしかしたら助けた人相手かもしれない。えっ、呼べない。

「その、ザップ」
「ん? なんだ旦那」
「なぜ……そんな服装を?」

あっ、これ旦那にも不評な奴。えっなんでだろう。皆意外と前のろくでなしが見た目からよくわかるのが良かったのだろうか。確かに中身ろくでなしだから分かりやすいっちゃあ分かりやすいかもしれないが。

「似合ってないですかねぇ」

整えられた髪(少し焦げている)を確かめるように触りながら訪ねてみる。これで似合ってないと言われた日には私はツェッドには悪いが全力で伸ばさせてもらう。癒しに似合ってないなんて言われたらもうどうにもならないでしょ!
ちらちらと内心冷汗をかきながら旦那を窺っていれば、押し黙る旦那。えっ、な、なんですか。そんなに似合ってなかったんですか! 一応原作仕様なんですが!!
えーどうしよう本当に髪伸ばさなきゃかな、でもせっかくツェッドが選んでくれたのに……等と悩んでいれば、こちらを見ていたレオが言いにくげ声を出した。

「その、ザップさんはこれからその恰好でいるんですか?」
「ん? ……あぁ。そのつもりだが」

れ、レオ、まさか君もこの格好が嫌なのかい?
そんな恰好で隣に立たれるとか本当に勘弁してくださいSS先輩みたいな感じなんですか!? レオやチェインにSSと呼ばれたことは今のところないが、もしかしてこの格好になったらその呼び名がつくとかそんな感じ? い、嫌だ! 私はまだ名前で呼ばれていたい!
何か言いたいことがあるならいいなさい。とじっとレオを見つめる。あ、ああ。言ってもいいぞ。いいけど、SS先輩って言ったらツェッドには本当に申し訳ないが元の姿に戻る。無理です可愛い後輩にそんなこと言われたら立ち直れない。
レオは少し躊躇したそぶりを見せつつ、視線を彷徨わせる。

「その、いきなりちゃんとされると困るっていうか、いや、別に似合ってないとかそういう訳じゃないんですけど……でも放浪人っぽさがなくなったのは安心というか、いつ消えちゃうか分かんない感じじゃなくなったのは嬉しいというか、話しやすくなったというか……」
「……」

……うん? つまり、うん?
悪くはない……ってことでいいのだろうか。
困るとかなんとか聞こえたが、なんとなく顔が赤くなっているレオからの証言によると、似合ってないことはないらしい。寧ろ今までの放浪人っぽさが消えて真人間になったという評価っぽいから、寧ろいいと思ってくれている、のだろう。たぶん。

「そうだな、姿見が変わるということはザップを組み込んだ作戦も変える必要があるかもしれないな」
「そうっすか?」

コホンと咳ばらいをして仕事についての意見を述べるスティーブンさんにそうなのかと足らない頭で考える。
そういう考えたりするのは苦手というかネガティブ方面に突き進んで帰ってこれなくなるのでしないように努めているのだが、こんな私でもライブラの活動に組み込んでくれているスティーブンさんには頭が下がるばかりである。
そんなスティーブンさんが横目で旦那の方を見る、それに旦那がこちらをじっと見た。え、どうしましたか。

「その、だな……スティーブンの作戦のこともあるので、どうだね共に夕食でも」

ファ!? だ、旦那から、旦那から夕食に誘われた……!?
えっ、やばい嬉しい初めてどうしよう。
上司陣と一緒に夕飯なんて一度も行ったことないぞ! あ、でも誘われたことはあったかもしれない。確か、恰好がみすぼらしいから遠慮したんだよな。それから誘われなくなっちゃった気がする。でも時々軽食を奢ってもらってたりしたなぁ。ああ、なんていい上司なんだ……。
共に、ということはきっとスティーブンさんやレオも一緒なんだろう。この状況で言うなら、ツェッドも一緒っぽいな。しかし、どう返答してよいものかと悩む。ツェッドに言った言葉に反しないだろうか。弟弟子も一緒なのだから、とも思うが、ツェッドが行きたい店とかあったらそちらを優先しなくてはだし……。
うーんと悩んでいれば、後ろから腕を引っ張られる感覚。

「ツェッド」
「……僕、行きたい店、あるんですけど」

そこにいたのはツェッドでどうやら誰かとの話は終わっていたようだ。
何処か不機嫌そうな顔でそう口にするツェッドに、そうだよな。やっぱり旦那たちと一緒だと中々つらいものがあるよなと納得する。別に悪いわけではないのだが、高級店とかに連れていかれるとどうしていいか分からない。作法なんて一切知らないスラム育ちであるし、彼らの気品とかで押し潰されてしまいそうだ。レオは器用だから結構どうにかなりそうだけれど、私は無理です。でも、言うてツェッドも平気そうだけど……今日は軽いところで食べたい気分だったのかもしれないな。

「おう。今日はお前の為の日だからな」

少し笑みを浮かべて、大丈夫だ分かっていると伝える。すると顔を赤くして――やっぱり赤くなるのか――いいから早く行きますよ! と背を向けて歩き出してしまった。
それに若干焦りながら、そうだと三人へ顔をむける。

「そういう訳で、今日は遠慮しておきます。誘ってもらったのにすいません」
「い、いや。予定が入っているのなら仕方がない」

代表してそう返してくれる旦那の心遣いに痛み入りながら、笑みを浮かべながら言う。

「また誘ってください、俺はちゃんといますんで」

スティーブンさんも、レオもな。と声をかけた後に少し遠くなってしまったツェッドの背を追いかける。
確かレオがいつ消えちゃうか分からない的な事を言っていたので、きっと放浪者な感じでどっかふらふらと徘徊していてライブラにいない。ということだと思ったので、意外とライブラにいることは多いので、時間があればぜひとも誘ってくださいとアピールしてみた。今回はツェッドとの約束が最優先だが、旦那やスティーブンさんとも一緒に食事してみたいし、レオとも私がホームレスっぽくて入れなかった店とかに入ってみたい。あと俺の恰好が変わったから、それの作戦会議もしなくちゃのようだし。
そういえば、なんで最後皆驚いた顔をしていたんだろうと思いながら、ツェッドに声をかける。
なんだか身を整えたせいか気分がちょっと晴れ晴れとしている気がする。ツェッドに感謝だなと思わず口角を上げていると、振り向いたツェッドが慣れないのでやめてください! と怒ってきた。酷い。






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「クラ兄主ifザップ成り代わりで、天然たらしで皆から狙われてる兄弟子を護るツェッドさん」
もも頃さんへ捧げます!
なんだか皆から狙われているというより天然たらしで周囲を巻き込んでいくライブラの皆を守るツェッドさんみたいになってしまいました(;^ω^)
意外とライブラの皆が紳士的でした。知ってた!
クラ兄主と違って使命などがないのでいつもより自虐的な主でした。しかしこいつはどれだけ周囲を巻きこめば気が済むのか……。
拙作ですが、楽しんでいただければ嬉しいです。
では、もも頃さんリクエストありがとうございました!

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