小説 リクエスト
- ナノ -


▼ 私だけの

※屑イチャ注意








「(どうしよう)」

私はとても悩んでいた。
クラウスと正式に――心からの婚約者同士となれてから数か月。
クラウスは相変わらず、十六年前と変わらず、私のいう事をなんでも聞いてくれる。
それが嬉しくて仕方がないと思ってしまうあたり私は昔と変わらずに屑なのだろう。
彼が大きな躯体を跪かせて私のいう事に従ってくれる。私を好きなのだと全身で表してくれる。人々を救うはずの手のひらを床につけて、こちらを見上げる綺麗な瞳を見ていると、嬉しくて嬉しくて涙が出そうになってしまう。

「(どうしよう)」

でも、この関係が歪であるという事は重々承知している。
クラウスには、怖くて聞いてことはないけれど、本当は普通の恋人みたいなことをしたがっているかもしれない。
……彼は、私の“そういう行為”を愛情表現だと思っているから、満足はしているのかもしれないけれど。
でも、突き詰めてしまえば私がそういう人間であるから、彼もそれでいいと思ってしまっているのだ。
彼は普通だった、私と出会うまでは。
徐々にでも“普通”に戻していくべきではないか。そんなことを、思わない日はない。
私の醜い衝動と、彼の包容力がどうにか釣り合っているだけで、いつ何時、それが壊れてしまわないとも限らない。

「(どうしよう)」

しかし、私はどうしようもない。
本当に、そう思う。
彼が受け入れて、いいのだと、嬉しいのだと言ってくれるたびに、どこまでものめり込んでいく音が脳内に響くのだ。
彼が離れていかないために、自分の欲望を満たすために、私は“そういうこと”に対しての忌避感を捨てた。
でも、常識という観点から――そしてクラウスのことを考えれば、そうであってはいけないのではないか。
彼と心を通じ合わせて数日後、ようやくそんなことを考えることが出来た。

「(……で、でも)」

で、でも、クラウスは。
クラウスは、なんでも受け入れてくれている。
辛くないかとか、嫌じゃないかとか、ふと良心が浮かび上がって聞くと、彼は少しだけ目を細めて、首を横に振る。
クラウスがどこか嬉しそうで、それを見るたびにぞくぞくする。ああ、本当に彼のことが好きだと実感する。
あの感覚が、どうしても、どうしても忘れられない。
ずっと見ていたい。ずっと眺めていたい。
彼の瞳に膜が貼るその時間が、口元から苦し気な声が出るその時が、私を見上げる瞬間が。


「え、ええいままよ!!」
「どうされましたか。生江様」
「ッッ! な、なんでもないわ!」

叫んだ言葉にアリーが反応したのに、驚いて声が裏返る。
それに、そうでございますか。と微笑むアリーに背中に冷汗が流れた。
別に、彼女に隠しているわけじゃない。幼いころから共にいる彼女には、隠そうと思っていてもいつかは知られてしまうと思うから。
けれど、彼女は今のところ何も言わない。驚いた表情も、咎める様子もなく。
おそらく、まだ知らないのだ。
彼女は、私を理想のお嬢様だと思っている節がある。そう振る舞えていることに安堵しながらも、私の本性を知って、彼女がどう感じるのかが少し怖い。
それでも、その本性を抑え込んでいこうと思わない。クラウスがいるから、なんだろうけれど。


「生江さーん。Amazonesuからの配達届いてましたよー」
「あ、ありがとう。レオナルド君」

はいどうぞ。と渡される段ボールの重さに、ずしりと胸までも重くなる。
頼んだ品は、クラウスや彼の執事であるギルベルトさんへ気付かれないように、レオナルド君のアパートへ送らせてもらった。
彼なら品を確認するような無粋な真似はしないし、クラウスのように重要人物ゆえの中見の改めなども必要としない。そこまで大きくない段ボールを両手で持って、それをまじまじと見つめた。

「でも、生江さんが通販なんて珍しいですよね」
「うん……初めて」
「そうなんですか……あの、それってもしかしてクラウスさんへのプレゼント、とかですか?」

思わず両肩がびくついた。
レオナルド君の推理は当たっている。そしてその予想が出るぐらいの情報は彼に与えられていた。
知られるであろうことが、知られていただけ。それでも、中身を知っている身としては口に出すのが躊躇われる。
それでも、こちらを見つめるレオナルド君の視線に、品物を受け取ってくれた恩も相まって口を開いた。

「そう……でも、喜ぶかどうか……っていうか、たぶん、喜ばない、かも」
「ええっ! そんなことないですよ! クラウスさんが生江さんからのプレゼントで喜ばないわけないですって!」

熱弁してくれるレオナルド君に、どんどん胸が重くなる。
彼は純粋だ。この中に何が入っているか、きっとおしゃれな小物とか、本とか、きっとそんなことを思っているんだろう。

「……これ、捨てようかな」
「え、ええ!?」

自分の醜さに耐えきれなくなってきた。
もうこれ捨てたい。私の醜い心と共に。
……捨てられたら楽なのになぁ。

「だ、駄目ですよ!! 絶対、渡してあげてください!」
「でも」
「でもも何もないです! 大丈夫ですよ。クラウスさんは、生江さんから貰えるんだったら、なんだって嬉しいはずです」

なんだって。
ふわりと考えてみる。私がクラウスから何か貰ったら。きっと嬉しい。なんだって。
けれど、私が彼から“これ”と同じようなものを送られたとして。

――私だったらその無礼を何倍にもして屈辱として返す。

でも、彼なら。
私とは違う、彼なら。

「……そうよね。折角買ったのだし、送らなきゃ」
「そうですよ! ああ、よかった……」
「じゃあ、包装もちゃんとしましょう」

安堵しているレオナルド君を横目に、プレゼントとして形作る為の算段を立てる。
彼は、なんでも嬉しがるだろうか。
私は、とても悩んで悩んでこれを彼に送ることにした。
彼は、これを見てとても喜んでくれるだろうか。
そうだったら、とても嬉しいのだけれど。




夜になってライブラの仕事も漸く終わったころ。
私は自室でベッドに腰かけて、彼を待っていた。
アニーにも退室してもらって、これからは一応、婚約者との邂逅となるわけだ。
温かいお茶も用意してもらって、時計の針はちょうど十一時を回ろうとしている。
カチカチと長針が真上を指す瞬間に、扉がノックされた。

「生江、入ってもいいだろうか」
「はい、クラウスさん」

会話を合図にして、クラウスが扉の奥から姿を現す。
いつもの、皆の前で見せるクラウスの姿だ。背筋が伸びていて、鋭い目をしている。見かけだけは怖い人。
扉を閉めて鍵を閉めた彼に笑いかけ、手を伸ばす。
すると少し早歩きに近づいてきたクラウスは、そのままベッドに腰かける私の目の前に来て、座り込んだ。
いわゆる正座というもので、私には一切手を触れないままこちらを見つめている。その眼はいつもライブラの事務机に座っている時の彼とは違い、どこか目じりが緩んでいて胸が締め付けられる。

「いい子」
「ありがとうございます」

少し硬い髪に手を埋めて、何度か撫でる。
言葉を受け取りながら、頬に手を滑らせれば、すり寄るように顔を動かすので思わず笑みが浮かぶ。
頭の片隅で、彼にこんなことをしていることに対する罪悪感が私を詰るが、彼を目の前にそんな声は表へは出ない。

「ねぇ、クラウス。実は貴方に贈り物があるの」
「贈り物……生江様が?」

すっかり口調の変わったクラウスに、そうだと頷く。
信じられないような驚いた顔をした後に、目を泳がせて戸惑う彼は、私から贈り物を受け取った覚えがない。
彼からもらうばかりで、何かを贈るなどということをしたことがないのだ。淑女は紳士から品物を受け取るもの。それが常識であったし、そもそも私は金銭の類を持っていない。アニーが管理しているし、彼に足りない物なんてものは、彼の執事が存在する限りありはしない。
だから、私からのプレゼントは初めてのもので、そして、言ってしまえば彼に必要がないもの。
彼のことを考えて選んだのではなく、私がほしくて選んだ。

クラウスは戸惑った後に、しかしこちらをしっかりと見て眉を下げた。

「とても嬉しいです。ですが、私ごときがいいのでしょうか」

そう言うクラウスは、まるで子供のようで、ライブラのリーダーには到底見えなかった。
それに、軽く彼の顎を撫でるだけで答えて、背中に隠すようにおいておいた箱をクラウスの前に持ってくる。
二十センチ四方の箱は水玉の包装紙で包まれていて、赤いリボンが頂上で蝶々結びになっている。レオナルド君に案内してもらったお店で買ったものだ。自分ですべて包装した。うまくできた方だと思う。
それをクラウスに受け取らせる。

「中身、見てみて」
「はい」

直ぐに返事をしたクラウスは、しかし丁寧な手つきで箱に触れ、包装を外していく。
現れた素の箱に手をかけたクラウスは、箱の中身を見た。

「……これは」
「なんだか分かる?」
「いえ……申し訳ありません」

首を傾げるクラウスに、小さく笑う。
私も、よくこんなものを見つけたものだと思う。クラウスを好きにならなければ、一生知らないでいたものかもしれない。クラウスなんて、尚更だろう。
こちらを窺う目線を受け取りながら、微笑み説明をしてあげる。

「私が、貴方のことをもっと好きになってしまう道具。って言ったら、喜んでくれる?」

ああ、本当に最低。
クラウスの気持ちを知って、彼がなんて考えるかを知って、湧き出る愉快さに自分の笑みが歪んでいくのが分かる。頬が熱くなって、期待に胸が膨らんだ。
彼の言葉を待つ。きっとここで、彼が遠まわしでも、いいや、なんだっていい。拒絶の言葉を言ったなら。
私はきっと歯止めをかけられる。この一歩を踏み出さないでいられる。
でも、彼が。彼がそうでないのなら。

彼は目を瞬かせた後に、顔を赤くした。目を彷徨わせてから、恐る恐るこちらを見て、眼鏡の奥の綺麗な緑色の瞳をとろりと蕩けさせて――まるで、よく懐いている犬が主人の言う事を聞くようにいうのだ。

「はい。生江様」

こんな彼を見るたびに、こんな彼の言葉を聞くたびに、罪悪感なんてものは必要ないのだと知ってしまう。
だってこれで私と彼は幸せなんだもの。とても、とても。
それでもきっと、私は後悔するんだろう。貴方が私のせいで堕ちてしまうことに。
ああ、だから、今はその後悔を忘れさせて。ねぇ、私の――私だけのクラウス。

もう、きっと戻れないわね。



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「付き合い始めた大人カップルの二人の屑イチャ」
ティナさんに捧げます!
リクエストありがとうございます!
ほんと屑女の話のクラウスさんを書いていると罪悪感というか色々やばいです。
クラウスさんがこんな、こんなMなわけないじゃない! でもおいしい! クラウスさん可愛い! 抱かせ(ゴホゴホ
屑女さんが注文したものはご想像にお任せいたします。なんとなく想像は付きますね。きっとそれです。
そしてその想像したものが皆様の心の形です。
なんだかんだで屑女連載は気に入っているので、リクエストしてくださる方がいて嬉しかったです。
書いてて楽しかった……そして何度も手を止めて顔を覆っていました。
ゴホン、では。ティナさんリクエストありがとうござました!

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