小説 リクエスト
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▼ 「ふふ。これは楽しくなりそうですね」

*「……F○ck」「――ミンチにしてやろう」「承りました。Master」から続いております



『HELLSING』という漫画はレオナルドが生まれるよりも前に完結した漫画で、レオナルドが知っていたのも偶然古本屋で発見したからだ。半世紀も前の漫画であって、ライブラのメンバーではレオナルド以外知っている人間はいなかった。

「五十二年前に完結……」
「みたいですね。作者が次に描いた“ドリフターズ”って漫画も完結してますね」
「そうなのですか」

あれ、一瞬だけだけど、目が輝いた? そうレオナルドは思ったが、気のせいだったらしい。レオナルドが思わず二度見した先にあったのは冷たいのか平温なのか分からないウォルターの瞳だった。
ウォルターがライブらの執事として雇われるということになり、拘束を解かれた面々はライブラの本部へと戻ってきた。その場にいればウォルターは現在賞品を掛けられた獲物として追われる立場であるためにいつ強襲されても可笑しくはなかった。そして手負いのメンバーに無事なのはレオナルド一人。いくらウォルター一人で対処できようとも心許なく、更に目標であるウォルターを保護できたのだから態々狙われる場所にいる必要もなかった。
そのような理由でライブラへと戻ったメンバーはようやく正式にウォルターと顔合わせするとともに、その出自についてレオナルドから聞かされる事となったのだった。

「つーか陰毛頭がもっと先に言っとけば良かったんじゃねーのかァ?」
「しょ、しょうがないじゃないですか! 俺、テレビ見てなかったから写真見てなかったんすよ!」

今回の目標がウォルター・C・ドルネーズと聞いて、同名だとは気付いていたのだ。レオナルドはほぼHELLSINGの登場人物の名前を憶えている。しかし同名であると思うだけだ。よもやその漫画のキャラクターが現れ、しかも堕落王によって賞品を掛けられているとは思わない。堕落王によってハッキングされたテレビを見て、ご丁寧に写真を公開した場面を見ていれば当然気付いたのだろうが、レオナルドはちょうどそのときテレビがある場所にいなかった。

「アンタ、どうやってロケット弾防いだのよ。あれ結構気合い入ってたのよ?」
「鋼線で円状に防いだのです。通常の人間ならば木端微塵ですよ、奥様」
「ま、奥様とか初めて言われたわ〜」

レオナルドがパソコンを操作し、漫画の概要を調べながらザップに弄られる横で、K・Kとウォルターが穏やかに話している。ついさっきまで弾丸を撃ち、弾いていた中だとは微塵も感じさせない雰囲気である。

「Mr.ドルネーズは鋼線で攻撃をするんですか?」
「ウォルターをお呼びくださいお嬢様」
「おっ、お嬢様……」
「あらーこんなイケメンにお嬢様なんていいじゃなーい」
「奥様もそうお呼びいたしましょうか」
「なぁに言ってんのよもう!」

「……」
「……」

着々と女性陣と交流を深めていくイケメン執事にパソコンの前で言い合いをしていた二人は、無言でそちらを食い入るように見つめた。そして二人は思う。所詮人間顔なのだ、と。しかしレオナルドは隣にいる男が顔は良くても中身が屑であり、そのせいで魅力というものがカスと化していることを思い出し、中身も良いから好かれているのだろうと思い直した。

「むう……この少佐という男、不可思議かつ奇々怪々だ……私の理解の範疇を超えている」
「この主人公の髭の生えた姿、伯爵に似ている……」
「……」

他の男性陣は揃って漫画を読み漁っていた。
タイトルは『HELLSING』。漫画のキャラクターなのだと判明し、即座にスティーブンが集めさせたものである。半世紀も前のものであるので、流石に即座に全巻というわけにもいかなかったが、それでもほぼ集められていた。
それをクラウスが眉を寄せながら、ツェッドが昔を懐かしみながら、スティーブンが無言で速読している。
クラウスとツェッドは純粋に漫画を読んでいる様子であるが、スティーブンだけ漫画を読むというよりは文献を漁るような表情をして猛烈なスピードで最終巻まで突き進んでいるので一人だけ異様である。
しかし、それもすぐに終わる。驚異のスピードで十巻目――最終巻を読み終えたスティーブンは漫画を机の上へと置いた。
そんなスティーブンの様子をレオナルドが恐る恐るといった様子で見つめている。レオナルドは一つ不安なことがあった。漫画ではその世界の、大事件が一通り描かれている。そしてその中にウォルター・C・ドルネーズというキャラクターは存在している。そして、その最後までも。
スティーブンは徐に立ち上がり、そのまま歩をウォルターの元へと進ませた。

「君の世界の話、読ませてもらったよ」
「そうでございますか」
「それで、一つ聞きたいんだけど」

自然な動作でスティーブンの話を聞く体制に入ったウォルター。
その姿は完璧な執事だ。仕事もでき、戦闘力もあり様々な応用が利く。優秀な人材と言ってよかった。堕落王に追われているという部分を差し引いても、それをクリアできればライブラでも活躍するのではないか。
スティーブンは日常会話をするように話を振る。
レオナルドやライブラのメンバーは知っている。仕事ができることと、信頼できることはイコールではないと。

「君、元の世界で主を裏切ってるみたいじゃないか」

その一言で、部屋の温度が一気に下がった感覚をレオナルドは覚えた。実際には何も変わってはいない。だが、確かに空気は張りつめ、そして確かな緊張が走った。ライブラに身を置いていればわかる、その感覚。
ウォルターの瞳は、無機物のように冷たくなっていた。そして、その空気の最中にいたとしても、その佇まいは変わらない。

「スティーブン」
「仕方がないだろう。誰だって思うことさ。主(ボス)を裏切ったものがある者を、信じていいものかってね」

クラウスがスティーブンの名を呼ぶも、正論で返され口を噤む。
それは、誰しもが思うことだ。裏切りはそれほどに信頼を失う。それをライブラの副官であるスティーブンが懸念しないはずがない。保護をするにはいいかもしれないが、ライブラで雇うほどの信頼を、ウォルターは持っているか。
それをスティーブンは知りたかった。今のところ、それほどの信頼は存在しない。

「お言葉ですが、スティーブン様」

そうしてそんなスティーブンの言葉に、ウォルターが口を開く。
しかしそこには信頼を取り戻そうとする意志も、気に障ったような怒りもない。ただ事実を述べようとする無表情があった。

「私は、“そのウォルター・C・ドルネーズ”ではありません」
「……どういう事だ?」

淡々と告げられた言葉。“その”とはおそらく漫画のことだろう。だが、漫画の自分ではない、とはどういう意味合いなのか。スティーブンが訝しげに尋ねる。その顔には確かな不信感が宿っていたが、かまわず“このウォルター”は続けた。

「身体はウォルター・C・ドルネーズの全盛期ですが、中身は一般の日本人女性ですので」
「…………………?」

熟慮の結果、理解できなかった目の前の男の言葉に、スティーブンは首を傾げることとなった。
周囲も似たようなもので、前半と後半の言葉がかみ合わない。特に後半の言葉の意味が不可思議だ。言葉のチョイスでも間違ったのかと思われるほどの理解のし難さに、皆黙り込む。
その様子を見た“ウォルターの姿をした誰か”は、説明を続ける。

「つまり器と中身は違うのです。といっても“ウォルター”としての記憶も存在するので一概にウォルターでない。とは言えないのですが」

再び沈黙が部屋を占拠する。
なるほど、後半の言葉の意味はこういうことだったのか。なるほどなるほど。
頭では理解できたとしても、感情などが理解を拒絶することはよくあることである。しかし、今回の事柄について、皆一様に脳内にあったのは「そんな馬鹿な」という言葉と、そこに付随する“こんな執事然として敵をも肉塊に変えた男が中身が普通の女性って何その冗談”という常識的な認識だった。
たっぷり十数秒間、沈黙が経過した後、スティーブンは苦渋の決断を迫られていた。
今この場で、話を切り出せるのはスティーブンだけだった。何せ一番状況把握に長けているスティーブンは、こういう事態を何度も切り抜けてきた実績もあるつわものだ。しかし逆を言えば、こういう事態になった時に対処するのはスティーブンということになる。
そして、切り抜ける手段として、笑って誤魔化すか、それかウォルターの言ったことを再確認するか。という二つの選択肢があった。スティーブンは全力で前者を選びたかった。後者は藪蛇だ。きっとそうだ。というかそもそも僕が信頼できないとか遠まわしに伝えたことが悪かったのか? そうなのか? ――スティーブンは苦渋の決断を迫られていた。

「……ちょっと、意味が分からないな」

導き出した答えは、第三の答えだった。つまり理解の拒否であった。
しかし、ウォルターの姿をした誰かは冷徹にその生半可な答えを叩き潰した。

「魔導とは便利なもの。と考えればよろしいのでは?」

考えるな、感じろ。――この執事は実はSなのでは、とスティーブンは感じた。
観念するしかない。嘘でも、こんなお粗末は嘘は言わないだろう。しかも、こんな無表情で、冷たい目で。
スティーブンは観念した。そして勘弁してほしかった。

「じ、じゃあ、君は一方的な被害者ってことか?」

息も絶え絶えとはこのことか。スティーブンはそう、最後の確認をした。

「ええ。その通りです。ですから、私は元の世界に帰りたい。もちろん、元の体で」

ニコリ。まるで普通の、一般人のように、しかし優雅な笑みを浮かべた男に、ライブラメンバーは暫し混乱状態に陥った。


「皆さん、お茶が……おや。どうされたのでしょう」
「どうやら衝撃が大きかったようですね。配るのをお手伝いします」
「おや、ありがとうございます。貴方は?」
「仮称ではありますが、ウォルター・C・ドルネーズと申します。本日からライブラ専属の執事となりました。後輩としてよろしくお願いいたします」
「おやおや、後輩などとは思いませんよ。とても良い仕事をされるのだと分かりますよ。ギルベルト・F・アルトシュタインと申します」
「ギルベルトさんですね。私のことはウォルターと」
「ええ。ウォルターさんですね」
「ふふ。これは楽しくなりそうですね」
「同感です」



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なんか多かった!! なんか1話多い!?
書いてたら増殖しました。勿体ないので載せます(;'∀')
主はフッツーにぶっちゃけます。だって本当ですもの!
ギルベルトさん大好きなウォルター主でした。執事のシンパシー的な……。
次に「お帰りも……」になります。

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