小説 リクエスト
- ナノ -


▼  「……F○ck」

*一番最初のお話




いったい何が起こっているのか、理解不能ではある。
だが、分かることも二つだけ存在した。
一つ、私の気分が度し難いほどに最悪であること。
二つ、この世界が“私”が存在した世界ではないこと。
たったそれだけだ。
だが、そのたった二つだけの事柄で、今このとき問われた質問に明確に答えることが出来る。

「僕の執事になってもらおう!」
「断る」

なんだこの変人は。


周囲を見渡す。そこは様々な美術品が所狭しと並べられ、巨大な長机と十三の椅子が並べられている空間だ。そして特徴的なのが壁一面を覆う大小さまざまな額縁だ。そこには絵がはめられているわけではなく、様々な光景が映し出されていた。雑多なそれであるが、共通することが一つの街を映しているという部分か。
冷静に考察出来てはいるが、頭を打ち鳴らすような鈍痛に感覚が押し潰されるようだ。手足が強張り、目元が痙攣する。口内が渇き、足裏に力を込める。己が呆然と突っ立っている場所は観察した巨大な長机の上で、ちょうど足元に魔方陣のような幾何学模様が刻まれていた。鈍痛が激痛に凶変する。

「貴様か」
「おいおい。貴様なんて止してくれ、僕は君の――」
「貴様が私をここへ呼び寄せたのか」

全ての感覚が押し潰され激痛という濁流に押し流される。
激痛は憤怒の怒声を上げ、私の腕を好き勝手に動かした。
鋼線が舞う、この空間すべてのものが私の道具と成り下がる。高価な美術品も、何も、全てが無意味だ。
ああ、そうだ。私は、私は怒り狂っている。
なんだこの世界は、なんだこの身体は。

「私を元の場所と本来の姿に戻せ、糞野郎」

YES以外の返答は貴様の四肢の一本と引き換えだ。

目元に鉄製のマスクを被る奇人を鋼線で一気にからめとる。驚きの声を出しながら絡めとられた男は髪を振り乱しながら抵抗を試みているが意味もない。四肢を別々に拘束し、首元にまで全て糸を巡らせる。そうすれば、興奮気味に私に執事となれと言ってきた愚か者は鼻息を荒くさせながら笑い声をあげた。

「さいっこうだよ! やっぱりいいよ君! 是非とも僕の――」
「左足」

無駄な言葉を吐く喉元を切り裂きたいが、死なれては困る。今のところ情報源はこの頭の可笑しい男しかいないのだ。
小指に絡めた鋼線を引いていく、十センチでも引けばあの足はただのミンチとなる。

「――」

背後から感じた威圧感に体を動かす。そこには宙に浮かぶ気味の悪い生物――怪物というべきか、全長は二十メートルほど。元から宙に浮かぶ設計ではない。十を超える手足を生やし、体は紫色で不気味にてかっている。目は存在せずに代わりというように触手のようなものがビラビラと厭らしく蠢いている。
部屋の調度品を全て壊すような衝撃と地響きとともに床に着地したその怪物に舌打ちを打つ。

「ははははっ! こうなることは予想してたからね。でも、どうあっても僕の執事になってもらおうよォ!」
「下衆が」

執事とは、そのようになるものと思っているのか。
そんな低能な輩に付き合っていられる時間などない。
今すぐにでも四肢を断絶してやろうかと腕を引こうとするが、怪物から伸びてきた口腔の形をした物体に意識が取られる。人間一人ほどなら一口で飲み込めるそれが腕を噛み砕こうと上下の歯牙を閉じようとする。

「害獣如きが」

邪魔をするな。
線を幾多にも交差させる。空間にばらまいたそれは害獣を中心に展開する。
私を挟み込もうとする不気味な口腔と共に。
そして、一気に腕を引き込む。線から伝わる切断の感触、肉よりは固く、しかし筋肉よりは柔らかなこの世の物体とは思えぬ感覚が体に伝わった。

「肉塊と成れ」

だがそれでも命のある生物だ。とっととと死ね。
緑色の血飛沫と噴水が噴き出す。内側から爆発したようなそれに眉を顰める。死ぬ間際まで美しくない生物だ。
そう眺めていれば、目の代わりを果たしていた触手が僅かに蠢いたのが見えた。刹那に線を引き摺られ身体が宙に浮く。どうやら仕留め損ねたらしい。この身体なら、殺し切れていたはずだろうに、身体が意思についていっていない。
宙に放り出され、そのまま壁に激突し更に壁に穴が開きそのまま外へと放り出される。映った灰色の空に目を瞠った。

「意味が分からないな。理解し難い」

寄りにもよって私を呼び寄せた意味も、この身体に成った意味も、その身体の記憶さえ受け継いでいる意味も。
全てが理解できない。手の内で踊らされているとはこのことか。
ああ、そんな事は沢山だ。馬鹿共に付き合っていられるか。ここには誰もいないんだろう。あの吸血鬼も、かの女主人も、かの下僕も。ならこんなところで無駄な時間を過ごしている暇はない。そして、愚痴な男を主にする暇もない。

私を追って建物から姿を現した肉塊は、有害そうな血液を撒き散らしながら私を肉塊の中に飲み込もうとする。
ズタズタに切り裂かれた状態でよく動けるものだ。頑丈さだけが取り柄の怪物め。
放り投げられ、重力に従いながら地面へと落下する。その間に再び鋼線を周囲に漂わせる。二重、三重、四重、大丈夫だ。今度はしっかりとやりきってやる。

「死ね」

怪物自体が爆薬となったように、全てが弾け飛ぶ。
汚らしい。出来上がった肉の山に着地した。
周囲を見れば、人間や人間でない生物がこちらを見て何やら騒いでいる。その光景を見て吐き気がした。頭痛が内臓にまで浸食しだしたらしい。
睨むように拘束していた愚昧な男を見れば、どうしたことかその場から消え去っていた。
つまり、害獣に気を取られている間に逃げられた。

「……Fuck」



***********************************


「短編血界戦線のウォルター(見た目)主人公の続き」
緑メッシュさんに捧げます!
続きという名の以前の話になってしまいました(;'∀')
ウォルター話はリクエストをしていただいた人がが多いので、続き物になっております。
口が悪いのはウォルターさんなので……。
しかし続き物、というお題でしたので「帰りもお気を付けください」を書かせていただきました。
なんだかんだといって「帰りも……」が一番書きやすかったという罠。そんな馬鹿な……。
では、緑メッシュさんリクエストありがとうございました!

prev / next

[ back to top ]