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▼ 君の命日

「ギルベルト……本当に私には勿体無い執事だな」
「有り難いお言葉ですが、このような事は今後ないようにお願いします」

うん。手厳しいなー。
まぁ、秘密結社のリーダーがこんな有様じゃあなぁ……。
体にピッタリに誂えられた白のワンピースを見ながら、溜息をつく。私のシャツなどや余っていたらしい布などを使い作られたそれは、ギルベルトが自作したとは思えないほど美しく仕上がっている。むしろこのまま店頭で並べてもいいほどの完成度だ。

「ああ、気を付ける……と、しかしどうするか」
「そうですね。生江様の恋人として振舞っていただき、その間に私が治療薬や方法を探します」
「分かった。しかし生江が戻らないことについてはどうする?」
「……生江様は貴方の日常品を探しに出かけた。というお話を生江様はしましたね?」
「ああ。咄嗟に思い付いたのがそれだけだった」
「それ自体を、貴方の――ミナという女性の嘘としましょう」

……なるほど、確かに、そうした方が色々と都合がいい。
頷いて承諾する。ギルベルトは少しだけ逡巡するように視線を動かし、しかし私の目をしかと見た。

「では、不自然のないよう。いざとなれば貴方が生江様であることを告げてもいいとは思いますが」
「いや。それは、本当にどうしようもない時だ」

そう。ギルベルトが保証さえしてくれれば、皆も信じるだろう。
だが、私が生江であるということが発覚する事態は避けたい。自分たちの組織のリーダーの中身が違いすぎるのを知られるもの申し訳ないし、何しろザップが持ってきた薬を飲んでこうなったと知られるのは苦痛すぎる。私はナルシストではない!
説明すれば信じてくれるかもしれない……でも、理解してもらえるまでの冷たい視線に私は、私は耐えることができない……!

「生江様がそれでいいのでしたら」
「ああ。苦労をかける」

いらぬ世話をかけている自覚はあるのだが、どうしてもナルシストとは、ナルシストとは思われたくないんだ……! 私が愛してるのはクラウスだから……! そこだけは誤解しないでほしいのだ。別に公言しているわけじゃないんだけど。
気合を入れて、令嬢として皆の注意を引くための話題を脳内で考える。
何がいいだろうか。一応恋人と言ってしまったのだから、生江の話題を出していればどうにかなるだろうか。しかしこれで生江についての陰口とか言われちゃったら堪えるな……。あ、でも恋人だから生江についての惚気とかしなくちゃなのか……本末転倒だな、これじゃあ本当にナルシストだ。

「では、行きましょうか」
「ああ」

ギルベルトが先導して扉を開ける。
廊下を通っていけば、応接間まですぐだ。とりあえず、ギルベルトが情報を得るまでの時間稼ぎ。
見た目も変わったが、今まで培ってきたことが変わるわけではない。絶対に前世とばれないよう、全力で令嬢を演じきる。

廊下を抜け、ギルベルトが応接間へと通じる扉に手をかける。
背を正し、立ちながらスティーブンへの言葉を考えて――

「あれ、ギルベルトさん。誰っすか、その人」
「あ。こんちわー」

そこにいたのはレオナルドとザップだった。
最初から躓いているんですがそれは。
とりあえず、挨拶をしてきたレオナルドに笑みを返す。すると驚いたように背を正した姿にいい感じに気品っぽいものが出ていると安堵する。たぶんそうだ。きっとそうだ。

「この方は生江様の大切な人でございます」
「あら、素敵な紹介の仕方。ミナといいます。生江が世話になっています」

ギルベルトの紹介に乗っかり名を名乗る。
生江と親密気な言葉も忘れずに。恥ずかしいとか思わない。そんなことを気にしていたらばれる。
すると、二人の顔が驚きに代わり、それから少しの間が空いた。

「……旦那の」
「……こい、びと?」
「ええ」

微笑みながら、力強く肯定する。
そうです。私は生江の恋人です。だから敵認識はしないでくださいね!
二人は茫然と私を見つめた後に、ギルベルトの方へと顔を向けた。
ギルベルトは二人に対し、小さくうなずくだけで何も言わなかった。レオナルドとザップの目線はギルベルトから離れ、後ろで控えていたスティーブンへと移る。スティーブンも小さくうなずくだけだった。
二人の目線は私のもとへと帰ってきた。とりあえず微笑みながら小さくうなずいてみた。

「……旦那って、彼女、いたんすね」
「あら。言っていなかったんですね。恥ずかしかったのかしら」
「生江さんが、恥ずかしい……」
「ええ。以外と、恥ずかしがりやなところがあるから」

今もめっちゃ恥ずかしいけど、それを抑え込みながら頑張っております。
ギルベルトは、では失礼いたします。というとそのまま今しがた潜った扉を潜り、戻っていく。
奥に情報を整理する端末があるから、おそらくそれで薬の情報を探すのだろう。よろしく頼んだ。
とりあえず何を話そうか、と思案して、ふと思いついたことを口に出す。

「お二人のお名前を教えていただいてもよろしいかしら」
「…………」
「…………」
「どうされたのかしら?」
「すまないね。どうやら衝撃的だったみたいだ」
「そんなに女っ気がなかったのかしら」
「……君みたいな女性がいたから、ある意味ではそうだったんじゃないかな」
「お上手ね」

反応しない二人に首を傾げらば、スティーブンからフォローが帰ってきた。
しかし、今のところ不可思議には思われていないようだ。スティーブンも生江の恋人として扱ってくれている。
一安心だが、気は抜けない。二人の様子を伺っていると、いつまでも正気に戻らない二人にスティーブンが鉄拳をふるった。痛そうである。

「ハッ――ええと、レオです! レオナルド・ウォッチです!」
「いでぇ! 殴ることないじゃないっすか!」
「なら自己紹介ぐらいしろ」
「……ザップ・レンフロだ」

ふむ。レオナルドはいつも通り元気だな。
しかしザップがあまり良い顔をしないな。やはりいきなり他人がやってくるのはいけ好かないか。

「あら。貴方がザップさんでしたか。少し、想像と違いましたね」
「んだよ。文句あっか」
「いいえ。生江から聞いていたのは、才能あふれる表情豊かな青年だと聞いていましたので」

そういえば、ザップは瞠目し、こちらを見つめていた。
変わらず微笑んでいれば、ザップが不自然に目線を逸らす。
珍しい仕草に眺めていれば、横目で盗み見る様に見てきた。どこかそわそわとしている。

「そ、そりゃあ、旦那が言っていたのか?」
「そうよ。とても誇らし気でしたよ」
「っ、そうか……」
「ふふ」
「わ、笑うんじゃねぇよ!」
「ごめんなさい。つい」

ついってなんだよ、と唇を尖らせるザップだが、先程までの尖った様子はもうない。
ふむ、やはり素直に褒められるとザップは弱いな。そんなところが年相応というか、子供というか。かわいらしい部分だろうな。遠まわしに褒めたのが良かったのか、ザップの様子は悪くなくなった。

「え、ええと。その、生江さんの、お、奥さんですか?」
「いいえ。結婚はしていないの」

尋ねてきたレオナルドに受け答える。左手を見せながら言えば、謝罪が返ってきた。

「あら、謝ることなんてないわ。確かに生江の年齢なら結婚していてもおかしくはないわね」

そういえば“私”も結婚をしていてもおかしくない年齢だったのか。と今更ながらに思う。
まぁ死んだ当時は付き合ってる男性もいなかったし。今回は結婚したいけど――なんかもう中身がこれな時点で無理な気がする。ああ、新婚生活というものを少しは体験してみたかったな。
などと考えていたらレオナルドが困った顔をしていたので、慌てて正気に戻った。

「私は、あの人の負担になるようなことはしないわ。それに、今は私よりも貴方たちと仕事をする方が楽しいようだし」
「えっ、えーっと」
「貴方のことも言っていましたよ。とても勇敢で頼りになる、人を思いやれる少年だと」
「え、ええっ! そ、そうなんですか……」

照れたのか、少し頬を染めたレオナルドに微笑ましい気持ちになる。
褒められて照れるなんて、純粋な子だ。嘘をついている現状に若干心が痛むが、レオナルドに対する思いは嘘ではない。ザップに関してもそうだ。ザップやレオナルドのようなメンバーがいるからこそ、私はリーダーを続けていられる。感謝してもしきれない。

あ。いいこと思いついた。

「ふふ、折角ですから皆さんのことを聞きたいです。話を聞いているだけでは、実際の貴方たちのことはわかりませんものね」

そう、自分の話題で陰口を叩かれないか不安なら、他のメンバーの話をすればいいじゃないか!
名案すぎる。私天才かもしれない。嘘です。
しかし良い案なのは確かだ。にっこりと微笑みながら、拒否をしないでくれと願いつつ皆の反応を伺えば、それぞれ嫌そうな顔はしていない。よし、いい感じだ。

「そうだな、仕事柄話せることは少ないけど、ザップとかの話ならいいんじゃないか」
「なんすかそれ! まぁ、そうっすね……おもしれー話ってなると、前にエリーのベッドにいた時に」
「それダメなやつですから!!」
「あはは、面白いわねぇ」

スティーブンがいつもの飄々とした表情でうまく仕事の話から反らし、ザップが少し反応に困る話題をしようとすれば、レオナルドが止めにかかる。息の合ったいい光景じゃないか。
レオナルドとザップとスティーブン。見知った彼らと全く見知らぬ体で話す。
私の体は前世の姿で、性格も違く見せている。嘘ばかりついて罪悪感も積もるが、三人とこうやって話すのも、悪くないと思えた。

数十分、ザップやレオナルドの話を聞いて、今まで耳にしたことがなかったような日常の出来事も知れて、なんだか二人の知らない部分を知れたような気分になった。
同時に、少しメンバーとの会話が足りないのかと不安になった。いやでもリーダーだし、威厳とか大事だし、でもハブられるのは嫌だな、みんなと仲良くしたい、でも威厳が……。
一人で勝手に苦悩しつついれば、スティーブンが全く自分のことを話していないのに気付いた。二人の話も面白いが、折角だ、スティーブンの話も聞いてみたい。いつもは相談を聞いてもらったり仕事の話をするばかりだから、彼の普段の姿も聞いてみたい。

「スティーブンさんはどんな生活をしているんですか?」
「僕かい? 僕は、まぁ普通さ。ザップよりはいい生活してるだろうね」
「そりゃあスティーブンさんは俺らよりいい給料もらってそうっすからねぇ」
「仕事相応の給料をもらってるだけだ。ま、普通の企業ならもっともらえるだろうけどね」

それはもう本当にお世話になっております。
頭が下がる思いである。ここで下げても何をしているんだという話になるのでしませんが。
やはりというか、スティーブンは自分の話をしない。今度、チェスをしているときなどぐらいは話してくれるだろうか。世話になりっぱなしだから、どうにか返したい。世話をかけっぱなしでスティーブンが嫌になる前に。

「そうだ。生江とミナさんの馴れ初めとか良かったら聞いてみたいな」
「ちょ、スカーフェイスさん?」
「なんだ、ザップは聞きたくないのか?」

やっぱりそういう話題くるか。
しかし、意外なのが話を振ってきたのがスティーブンであることか。私はてっきりザップから飛んでくるかと思ったが、むしろ止めようとしているのが珍しい。こういう話には食いつくタイプだと思っていたんだが。
ザップは気まずそうに頬をかいて、眉を寄せていた。

「なんつーか……聞きたいような、聞きたくねぇような」
「あ、それなんかわかります」

はは、と乾いた笑いを零すレオナルドもザップと同じ心境のようで何処か困惑気な表情をしている。
やはり上司の恋バナというのは気まずいか。そうか、そうだろう。ということでこの話題はなしに。

「いいじゃないか。聞こう、生江が愛した人なんだから」
「……そういってもらえると、嬉しいですね」

スティーブンは、私を射抜きながらそう言い切った。その真剣な、真摯な瞳に驚いて少しの間だけだが、言葉を失った。
どうやら彼は、とても真剣に私の話を聞くつもりらしい。それに、罪悪感が疼く。
話すとしても、それは嘘八百だ。しかも、私のこの展開の落ちを、ある意味で酷く滑稽な終わり方にしようとしている。それを知っていると、どうにも話しづらい。

「――私の話よりも、貴方の話をしましょう」

だから、これが私の精一杯だ。
こんな女の話はいい。それよりも、スティーブン、君の話が聞きたい。
私の話は聞きたくないといったけれど、君は私をどう思っているんだ。弱虫か、リーダーとして不足な人物か、それとも頼れる仲間か。私をずっと支えてくれる君は、プライベートではどういう生活をしているんだ。彼女はいるのか趣味はあるのか。幸せなのか。

「あの人も、きっと貴方の話を聞きたがってるわ」

甘やかす君に甘えてばかりで、君の要望を聞いたことがない気がするのは私だけだろうか。君だって日々努力しているだろう。労われるべきは君であろうに、私にばかり気を使って。
とても感謝しているんだ。

「……生江が、僕の事を?」
「ええ。いつも甘えてばかりで申し訳ないって、貴方に頼られるようなリーダーになりたいって」
「何を、僕はいつも、生江に頼ってばかりだ」
「いいえ。そんなことはないわ。戦場で背を預けて、書類を片づけて、皆を労わって、甘えてばかりで貴方が離れていかないか不安だそうよ」

思わずポロリと出てしまった本音に、口角が歪みそうになるのを必死で耐える。
言ってしまったものは仕方がない。ずっと思っていたことだ。頼りすぎて、嫌にならないか。私は不安でしょうがないのだ。彼は私に付き合ってくれているようなものだ。もちろん世界平和という目的の為に邁進しているのだろうが、私の力不足を支えてくれている分、負担も大きくなるだろう。
ギルベルトなどに相談すれば、杞憂だと一蹴されるが、それでも不安なものは不安なのだ。女々しいからなぁ。
笑みを浮かべながら返答を待っていれば、スティーブンは真剣な面持ちから、どこか感情を抑え込んでいるような、そんな表情に変わっていった。

「僕は、一度もそんなことを思ったことはない。僕は生江を支えたいだけだ。彼が一人で歩まずに済むように、抱え込まずに済むように――周囲がそうしてしまわぬように」

まるで懺悔するようだった。スティーブンは痛みを耐えるような顔をして、そして悲しそうな顔をして。
この姿になってから、スティーブンの普段は見ない姿を見る。本当は、こんな顔をよくしているのかもしれない。そうならば、私はやはり甘えているということなのだろう。
でも、嬉しかった。そう思ってくれていることが。

「……生江は決して一人で歩んでいるなんて思っていないわ。支えられて、皆で立っていると、進んでいると思っている。だって一人でなんて歩めないもの。挫けてしまう、苦しみに溺れてしまう。でも、貴方たちが、貴方がいるから。そう思って、辛さを共に抱えてくれる人がいるから、あの人も足を止めずにいるのよ、きっと。
……嬉しいわ。とても、とってもよ。あの人の隣にいる人が、そう思ってくれていると分かって。私、本当に良かったと思うの」

思わず涙がこぼれそうになって、目を細めて誤魔化した。やはり、女性の体は涙腺が緩いのか、それとも私の気が緩んでいるのか。でも、本当に嬉しかったのだ。私は、君の想いを直接聞いていないから礼を言えないけれど、嬉しいと言えないけれど。それでもこれは私の本心だ。
スティーブンは茫然と私を見ていた。流石に、泣きそうになるとは思ってもみなかったのか、ただ微笑む私を見て、どこか切なそうな顔をした。

「……もう十分だ」

切なそうな顔のまま、そう言われてなんのことかと逡巡する。
しかし答えは出ずに、答えを求める意味で見つめてみれば、驚きの言葉が返ってきた。

「君が本当に生江を好きなことが、分かったってことだよ」

……スティーブン公認ナルシストかぁ……ショックで言葉がでねぇや……。
落ち込んで入れば、どうしたことかレオナルドやザップもどこか浮かない顔をしていた。何かあっただろうか。もしかして私の無意識ナルシスト話に飽きてたとか? ああ、ショックで言葉が出ねぇや……。
黙っていれば、沈黙が部屋を支配する。あ、これダメなやつだ。なにか、なにか話さないと。
一人内心焦っていると、タイミングよく廊下からの扉が開く。そこから入ってくるのは一人しかいない。
スタスタと歩いてきた包帯の男は、私の隣へとやってきて、周囲に聞こえないように小声で情報を伝える。

「どうやら短時間しか効き目のない薬のようで、生江様が飲んだ時間から計算すると、残り十分ほどしか効果がないかと」
「じゅっ……!?」

ギルベルトおおおお! それやばくないか、まずくないか!?
つ、つまり今ここで生江の姿になる可能性もあるってことだよな!? つまり、散々自分のことを語っておいて、その場でその自分本人になるっていう地獄絵図が作られる可能性があるってことだよな!?
思わず叫びそうになった残り時間に、三人の目線が一気に集まったのが分かった。

「用意をして下で待っております。お早く」
「わ、分かった」

こそこそと会話をし終えて、ギルベルトがいつもの表情で去っていく。
スティーブンの訝しげな表情に、そりゃあ執事と恋人が内緒話していたらそうだろうと思いながらも、どうにか言い訳をする。

「どうやらもうそろそろ生江が来るそうです」
「おや、そうなのかい。何も連絡は受けてないけどな」
「あら、そうなのですか」

うおお。そうだ。ここは“嘘”だった。
知らぬふりをしながらも、時間が気になって仕方がない。
今ここでもとに戻るのでは、という不安を押し込めて、会話を打ち切るために頭をフル回転させる。
ここでいきなり、はいさようなら。というのも可笑しい。それらしい別れ方をしなければ。
思い浮かんだのは、先程の会話だ。スティーブンからの気持ちが聞けた。とても嬉しかったしこれからもそうであってほしい。

どうせなら、この姿で最後に言うことは、嘘でないものがいい。
三人をそれぞれ視界に収め、にこりと笑った。

「皆さんの色々な話が聞けて、楽しかったです。とても有意義なお話でした」
「そうっすかねぇ、俺はただいつもの話してただけっすけど」
「ホント、ザップさんは変わりませんでしたよね……」
「寧ろ話し過ぎだったぐらいだな。ミナさんの話は聞けていないし」
「私のことはいいんです。お三方の話が聞きたかったんですもの」

退屈そうな顔をするザップに、苦々しげな顔をするレオナルド。さりげなく注意するスティーブン。
それぞれが味があって、それぞれに価値がある。共に世界を守る、大切な仲間だ。
いつまでも、私の中にクラウスでないということや、力不足についての劣等感が去ることはない。そもそも争い事が苦手な性格だ。こういった仕事は向いていないと本当に常日頃思っている。
でも、でも彼らがいるならば、頑張っていこうと思える。

「生江は幸せですね。こんな素敵な、支えてくれる人たちがいて」
「そのまま返すよ。君みたいな素敵な女性が支えていってくれるんだから」
「……そうかもしれませんね」

目を伏せて、自分の姿を想う。この私はもういないけど、こうして話すのは楽しかった。
もしかしたら、あの薬をずっと服用し続ければ、平凡なままでいられるかも、なんて。

「これから、支えてあげてください。あの人を。愛想が尽きるまででいいですから、でも――出来るだけ、長く傍にいてあげてください」

私は一人では挫けてしまう弱い人間だから。
一緒に、世界の危機へ立ち向かってくれる人がほしい。
ずっとじゃなくていい。愛想が尽きるまででいい。ずっと一緒にいてくれなんて、そんなこと私には言えない。そりゃあ、ずっと一緒がいいけれど、そんなのは無理だと分かっている。

「私だけでは崩れてしまうから……お願いします」

深々と頭を下げる。
私だけでは無理だから。逃げ出してしまうから。どうか一緒にいてほしい。
自分の口から言えないのが口惜しいが、それでも伝えたかった。助けられているんだと、そうして支え続けてほしいのだと。

「いったい、それはどういう」
「ああ、いけませんね。生江の出迎えをしないと。ごめんなさい。私はお先に失礼します」
「ミナさん」
「すぐに生江と一緒に来ますから。またその時に」

呼び止める声を無視して、外へと続く扉へと歩んでいく。
本格的に時間がやばい。声が震える。

「では、お元気で。――生江のこと、よろしくお願いいたします」

そっと後目で見て、小さく笑い、そのまま扉の奥へと入っていった。


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