小説 リクエスト
- ナノ -


▼ 私の命日

「……どう思う。彼女」
「いい女、だと思いますよ」
「凄く、生江さんとお似合い、ですよね」

風のように立ち去った女性を見送った三人は、ライブラの応接間でそんな会話を交わした。
それぞれどこか晴れない顔でありながらも、そうミナのことを認めていた。
ミナ。突然現れた生江の恋人という女性。日本人で、セミロングの髪形をしていた。アジア系特有の幼さを残した面持で、生江と並ぶと恋人というよりも兄妹のように見えるであろう外見だったが、その気品や物怖じしない大人びた発言でその差を感じさせない女性だった。
良い出であるのは確実で、それなりの立場もあるだろう。だが、どこで知り合ったかわからないが生江と恋仲になり、わざわざヘルサレムズ・ロットまで駆けつけた。
スティーブンは、最初に恋人なのだとぶかぶかの生江の服を着ながら告げるミナを信用していなかった。ただの世迷言、そして敵だと思い込んでいた。話を聞けば聞くほど疑惑は膨れ上がり、敵対心は増幅するばかりで、すぐにでも氷漬けにした方がいいかと考えた。
だが、彼女から発せられた言葉は――ある意味で、生江と似ていた。とスティーブンは思った。
系統は違うが、どうあっても聞かなくてはならないと思う、そんな言葉だ。それは生江のことであったから、という理由もあるだろうが、ミナは的確にスティーブンが耳を傾けようと思う言葉を紡いだ。
そして、一番聞きたくて、聞きたくなかった言葉も。

「“彼がまた戦いの中に身を投じることができるのなら、後ろを、私を振り返らずに己が役目に邁進できるのなら、私は彼を支え続け、愛し続けます。誰に、なんと言われようとも”」
「……それって」
「彼女が言っていた言葉だ」

強い。肉体的な強さではない。精神的な強さだった。
しなかやで、強かで、そして美しい。生江の意思は芸術品のように美しいが、儚く、そして尊い。だからこそ、だからこそ、と。スティーブンは思った。思ってしまった。

「あれ程、生江を支えられる女性は、いないな」

そう、認めざるを得なかったのだ。
自らが後回しにされようとも、結婚という女性の幸せを享受できなくとも、生江という人間が後悔しない道を進んでほしいが為に、後ろを振り返らないですむように、あの笑みを浮かべて背を押すのだ。
そうしてきっと、彼女は後悔しないだろう。何が起こっても、それが生江らしいと笑うのだろう。その笑みが涙で濡れていようと、関係なしに、よく頑張りましたねと言葉を発しない生江に向かって笑うのだろう。

自分には無理だ、とスティーブンは思った。
だからこそ、認めざるを得なかった。

「よろしくお願いいたします、ですもんね……」

感慨深げに呟いたレオナルドの言葉に、皆が扉を開ける直前の彼女の姿を思い浮かべる。
彼女は、泣いてはいなかった。泣きそうではあったけれど、声は震えて、瞳は髪に隠れてはいたけれど、泣いてはいなかった。
自分が支えられない部分があると知ったうえで、戦場へ送り出すのだと知ったうえで、支えてほしいと、助けてほしいと、死なせないでほしいと頼む、その想いはどれほどのものだろう。

「結婚」
「……」
「できるといっすね」

結婚は人生の墓場だと、本気で思っていそうなザップからの発言にレオナルドとスティーブンは固まった。

「あのザップさんにここまで言わせるなんて、ミナさん凄いっすね」
「ああ……そうだな」
「なんだとこの陰毛頭!」
「ちょ、やめてくださいよ!!」
「ほら、あまりはしゃぐなよ。ミナさんとその恋人がやってくるんだからな」

じゃれ合いだした二人に注意をしつつも、とりあえずは、どうして黙っていたのかを聞こうかなとスティーブンは思考を巡らせた。なんだかんだといって長い間共に過ごしてきたのだ。いうタイミングはあったはずだ。自分も女性関係については述べていないが、それはきちんと告げられる話題がなかったからだ。
ミナはきっと、将来ずっと生江の傍にいるだろう。それが、少しの邂逅で理解できてしまった。だからこそ、どうして言わなかったのかを聞いておきたかった。
流石に彼女の前でしつこく聞けば照れるだろうかと想像して、少しだけ笑った。ミナが来てからうまく笑えている気がしなかったが、どうにかうまく笑えるように戻った気がした。

ドアノブをひねる音が響き、その方向を見れば扉が開かれ、奥からいつもの服装をした生江が表れていた。
どこか疲れた面持ちの彼は、そのまま三人を視界に入れた。

「ああ。来ていたのか。遅れてすまないな」
「別に平気さ。特に事件も起こっていないしね。しかし、どうしたんだい」
「少し面倒に巻き込まれてしまってな。だが、特に連絡をする出来事でもなかったので、そのまま来たのだ」

会話を交わしながら扉を離れる生江だが、しかしその背後からは誰もやってこなかった。
おや。と思う。それに、日常品を買いに出かけたというはずの生江も、両手に何も持っていなかった。
手ぶらなのは彼の執事に渡したからというもが考えられる。だが、ミナは――?
スティーブンは思わず生江に訪ねた。

「彼女はどうしたんだ」
「彼女? 彼女とは、誰のことだ?」
「そりゃあ……ま、待ってくれ、どういうことだ……」

生江は少しだけ眉を動かして、疑問を伝えてくる。
ミナは下で生江を待っていると言って出ていった。それが数分前だ。少ししか経過していない。それなのに、会っていないというのだろうか。浚われた? だが、彼の執事も下で待機していたはずだ。
なのに、会っていない? どう考えてもおかしい。
もしや、と思いつきたくない想像をスティーブンの頭脳は導き出す。彼女は、本当は生江の恋人という関係ではない――?

「生江、ミナという女性に覚えはないか?」

内心、あらぶりそうな気持ちを抑えながらも彼女について問いただす。
すべてはそこからだ。返答次第で、スティーブンの次にする行動が変わる。
名を聞いた瞬間、生江の変化は劇的だった。目を瞠り、驚きに表情を代え、そして懐かしげに眼を細めた。それは、どこか悲哀も含んでいて――。

「……知っているとも」

呟かれた言葉は懐かしむような色合いで、柔らく、色々な感情が含まれているものだった。
それは、答えを聞かずとも、相手がどのような存在であるか、理解できるものだった。
スティーブンは、ちりっと胸が焼けるような思いを抱きながらも、ミナが生江にとって、大事な存在なのだと悟った。
だが、その声には僅かな暗さも落とされていた。愛しい名を呼んだはずなのに、どうしてなのか。
その答えをスティーブンはすぐに知ることとなる。
生江は目を閉じた。そして瞼で隠れた翡翠色の瞳を少しだけ露わにして、スティーブンたちとは違う場所を見た。

「彼女は、存在しない」

瞬間、彼は愛しい人を想う人間から、ライブラのリーダーへと豹変した。
断言するその言葉は真実で、それ以上の意味を持たない。嘘ではない。虚偽ではない。もう彼女は――ミナは存在しないのだと断じていた。
翡翠の瞳はもう異なる場所を見ていない。ただ事実を、今を見ていた。

「……け、けど、さっきまで、ここで」

レオナルドがそれでも主張する。なぜなら先程まで、自分たちは確かに彼女と話していたのだから。
しなやかで、強く、美しい彼女と、ここで話し、そして頼まれたのだ。瞳を潤ませた彼女に、お願いいたしますと頼まれたのだ。

「旦那を迎えに行くってよ、言ってたぜ」

ザップは今しがた生江が出てきた扉を指さしながら、そう告げる。
何処か強張った表情で、しかし真剣な表情で。
生江は体ごと振り返り、扉を見た。後姿は、やはり、力強い。人類のすべてがそこにかかっているようにさえ、思う。
生江は数秒、扉を見つめていた。何も口に出さなかった。
スティーブンは、悟った。生江がミナのことをスティーブンに言わなかったわけを。女性関係を口に出さなかったわけを。彼女が、涙ぐんでいたわけを。自分だけでは駄目なのだと、言ったわけを。


「――君たちがあったミナは、きっとミナだったのだろう」

否定せずに、そう言った生江の後姿はどうしてか、先程と何も変わらぬはずなのに。

「今日は、彼女の命日だ」

とても、強く、そして――儚く見えた。










余談(ミナがライブラを出た後、ギルベルトが持ってきていた車の車内にて)

「体がすでに大きくなり始めているんだが!」
「早くお着替えください、そのままでは窒息します!」
「すでにワンピースが脱げない!」
「くっ、仕方ありません。生江様、服を切らせていただきます。動かないでください!」
「(い、息が……)」

「……疲れた」
「皆様へミナさんのご説明があるでしょう」
「……ミナ、か。そういえば、彼女の命日が分からないな(春だったか秋だったか夏だったか冬だったか)」
「……そうなのですか」
「ああ。よく、覚えていない――そうだな。折角だ、今日にしようか。彼女の亡霊が表れた日。ちょうどいいとは思わないか?」
(ある意味で、彼女(私)が私(彼女)であれた最後の日。ある意味、今日この時が、命日と言っていいかもしれない……そういえば、恋人云々で意図的に嘘をついたわけになるけど……いや、でも私は別に……嘘をついたのはミナだし……でもミナは私だし…………セフト?)





***********************************

「クラウス兄主人公さんが突如としてLonely crybaby girlの番頭みたいに前世の姿に戻ってしまったら」
亀ニートさんへ捧げます!
リクエストありがとうございました!
なんかすごく長くなってしまいました……区切っていったら4話に!
そしてやっぱりカオスになりましたね!!
お題を見たときに絶対に書こう!と思って最初に手を付けたわけなのですが、なっかなか纏らなくて最終的にも纏ったかわからなくなってしまいましたw
でも主には新しく辛い過去が追加されたようで、カリスマ性がアップしましたね!流石主!
ということで、楽しんでいただければ嬉しいです。これからも暇なときに見ていただければ有難いです。
では、亀ニートさんリクエストありがとうございました!

prev / next

[ back to top ]