小説 リクエスト
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▼ 貴方はそれを知っているだろうか

「お、温泉、ですか」
「ん? どうしたのアレクセイ?」

この世界のアレクセイという人に憑依して、目覚めてから既に何か月か経過した。
星喰みは未だ解決してはいないが、情報収集や対話で一応、後ろから武器で刺されることはないぐらいの信頼関係は凛々の明星の彼らと築けたと思う……たぶん。
それでもローウェル君からの目線は痛いけどね! 分かったから、あんまり女性陣と会話しないようにするから! でもエステルさんは、彼女の方から話しかけてくるからさ! 私悪くないよね!?

しかし、現在の問題は温泉のことだ。
この世界にも温泉なんてものがあるなんて驚きだったが(基本的にヨーロッパ風? ファンタジー風? だったし)しかし温泉である。
当たり前だが、温泉というと服を脱いでお湯につからなければならない。つまり全裸になるというわけだ。勿論女性ならタオルで隠したり、男性でも下腹部をタオルで覆ったりとか色々あるだろうが。それでも身体の隅々が見られることとなる。
レイヴンさんがどうしたのかと聞いてくるが、なんというか、なんつーか。
一人5万ガルドとのことで、当然入浴は諦めるか、それか私は遠慮させていただくことになるか。と踏んでいたらローウェル君は意外なことに全員で入ることを即決した。止める暇も無く支払いを終えたローウェル君に伸ばした手が空を切ったのは先ほどの事である。

「その……」

私は遠慮させていただきたいなーなんて言えない。だって一人5万ガルドである。
流石に色々忘れている私でも、それが大金であることぐらいは分かる。っていうか人数分の35万ガルドをポイっと出せるローウェル君何者なの。

「傷はもう治ってるよね? なら、何か問題があるとか?」
「えーと……漏電?」

っていうか、電気で動いているものなのだろうか。にしては充電とかしていないわけなのだが。
最初から自然とあったそれは、普通のものかと思っていたが、そうでもないようで。
ボロボロのそれは、普通に風呂に入ったら壊れてしまいそうだし、そもそもこれを男性陣だけとはいえ誰かに見せるのは憚られる。
というか、見せてはいけないような――何故だかは分からないのだが。これもアレクセイという人物の記憶から来るものなのだろうか。
しかし、理由をはっきりと言えないので、まごつくだけだ。
そんな私にしびれを切らしたのはやっぱりというか、青年だった。

「なんだよ。入るなら入る。入らないなら入らないではっきりしろ」
「え、入らなくても――」
「駄目に決まってんだろ」

ですよねー。しかし、中々に横暴である。いつものことか。
何故だか青年の対応に苛々することがないので、いつものように受け止める。
どうしてか反論したりという意思が出てこない。こんなにヘタレというか、心広かったかと思いつつも、腹立たしく思わないことにこしたことはない。何故なら私は、ここでは大犯罪者であって、監視をされる立場なのだし。

しかし、男なのだし、女のように胸部までタオルで隠すわけにもいかない。
それに、どうやっても風呂に入ればばれるだろう。ううむ……。

「ほらほら、ギスギスしてないで青年も入ろうよ」
「ギスギスなんかしてねぇよ」

上着を脱ぎ始めたレイヴンさんに呆れた目線を送るローウェル君は口ではそう言っているものの、明らかに雰囲気が柔らかくなった。流石ギルドメンバーである。ローウェル君のことをきちんと把握してる。
因みにカロル君は腰にタオルを巻いて先に風呂場へかけていった。のんびりしている大人勢に待っていられなくなったらしい。
と、レイヴンさんに向けていた目線に、異様な物が映る。
それを見て、なんだか落ち着かなくなった。どうしてこんなにも動揺しているのだろう。しかし、同時に安堵もしている。正常に動いているそれを見て、頭がぐるぐるとした。“私が見たことのあるもの”よりもしっかりとした外見のそれが、脳裏に焼き付く。

「――アレクセイ?」
「あ、あぁ……その、それ」
「ああ。心臓魔導器ね。そっか、アレクセイは初めて見るのよね」

違う。初めてじゃない。見慣れてるほどだ。だってそれは――

「ほら、アレクセイも脱いで――」

レイヴンの手が私の服に伸びて、そのまま前で開くようになっている構造の服を雑に脱がす。
中華と和を割ったような服は、いつもならしっかりと前で閉じられているが、脱ごうかぬがまいか悩んで手をかけていたせいで、随分と緩くなっていたようだ。
胸元が開けられて、レイヴンが口を開いたまま言葉を止めた。いや、失った、と言うべきか。

「――どうして、」
「……すいません。これがあったので、入っても良いものか迷ってしまって」

私の胸元には、レイヴンさんと同じものである機械が埋め込まれている。
最初は、この世界の住人全てについているものかとばかり思っていたのだ。ファンタジーだったし、そういうものかとばかり。しかし、胸元を見せている人でも機械がない人は勿論いるし、ジュディスさんなども見る限り付けていない。
私の胸に設置されているそれはボロボロで、しかし脈動するかのように光っている。それが心臓代わりをしているのは直ぐに分かった。だから、先ほどレイヴンさんが行っていた心臓魔導器という名称もすんなりと入ってきた。

しかし、これがここにあることはあまりよろしくない事らしい。

「どういうことだ……ザウデの時にデュークが取り付けたってのか?」
「……違うよ青年。この魔導器の傷跡、青年がやった跡だ」

表情を険しいものにした二人が、心臓魔導器を見ながらそれぞれ考察している。
その姿に、焦燥する。いつかばれるものが、今ばれただけだ。それだけなのに、どうしてこんなにも焦っているんだろう、私は。
もしかしたら、この二人だけにはばれてはいけなかったのかもしれない。と思うほどには私は後悔していた。
私も、どうしてこんなものが心臓代わりに嵌っているのかと考えてみたことはある。だが、この身体の持ち主ではないから分からないし、分かっても意味がないと諦めた。だってそうだろう。この身体の持ち主がどんなことをして、どんな心臓を持っていたとしても、私には関係はない。関係はない――はず。

「――大将も、死んでた……?」

呟いたレイヴンさんに、ぞっとする。
何故だかは、分からない。分からないけれど――彼が至るであろう結論に恐怖した。


「ねぇねぇ! 大変だよ大変――って、どうしたの?」
「あ、ああ。カロル君。いや、なんでもないさ」

何か見つけたのか、驚きの表情で風呂から戻ってきたカロル君から心臓魔導器を隠す。
なんだか、見せても良くないことしか起きないとなんとなく察したので、これ以上誰かに見せる事も無いだろう。

折角露天風呂へ来ているというのに、それからずっとレイヴンさんとローウェル君は考え込んでいるような顔をしていた。やっぱり私のせいなのだろうか……いや、きっとアレクセイさんのせいだ。


「二人はどうしたのかしら。貴方知らない?」
「なぜ私に……」
「だって二人が揃って考え込むなんて貴方のことぐらいでしょう?」
「(そうなのか……)さぁ……知りませんが」
「そう……にしても捕虜さんはいい体つきしてるわね」
「ジュディスさんの受付姿もお綺麗ですよ」
「あら、上手ね」
「なんの話をしているんですか?」
「アンタ、ジュディスに色目使ってんじゃないでしょうね」
「レイヴンさんではないんですから……」
「そういえば、ユーリもレイヴンも元気がなさげでした……どうしてでしょう?」
「……さぁ――私には、どうにも」





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昴琉さんリクエストありがとうございました!
遅くなって申し訳ありませんでした……!!
ギャグになるかと思ったら、なぜかシリアスに。Bの設定で、アレクセイも心臓魔導器を付けている設定だったのを見返して思い出し、シリアス?になりました。
周囲の反応というよりもユーリとレイヴンの反応になってしまいました……文才ェ……。
読んでいただけたら嬉しいです……! 

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