「見つかった?」
女は、心配そうに男を覗き込んだ。
ソファで、珍しく力なく倒れこんでいた男を女は見つけていた。
自分から近寄ろうとはしたことがなかったくせに、今回ばかりは夢で見つける同居人の心配をしだしていた。
ヴィンセントは、女の目から見てもぼろ雑巾のようだった。
血と雨で濡れていて、左胸には撃たれた跡さえある。
焼かれた丸い跡が、彼が死んでいることを示していたが、死んでいるように彼女には思えなかった。
案の定、男は目を覚ました。
薄らと目を開き、そうして女を見た。
「みつか、らなかった」
弱々しく発せられた言葉に、しかし女は安堵して見せた。
そうして、足を折り曲げて、男の顔の近くへ寄った。
なぜか濡れ猫のようになっている男の顔を、パジャマの袖口で拭いた。
男は、雨に濡れていても泣いているようには見えなかった。
「最初から、なかっ、たんだ」
「……そっか」
残念だったね。女は、本当に残念そうに言った。いつかの嘲笑はなかった。
真実を見つけてしまった男を、憐れんでいるようだった。
女は、大変だったねぇ。と口先だけで労わった。
「でも、良かったね」
「な、ぜ」
「もう探さなくて済むよ」
もう、苦労することもないからね。
女は清々しているように言った。
子供を慰めるように、頬を拭う女。
それから、何もしゃべらなくなった男に、心配げな視線を向ける。
男は呆然として、焦点があっていないようだった。
いつも女を凝視し、警戒しているようであったそれは、今は薄らとしていて亡霊か何かのようだ。
いつものあの何も感じていないようにいるのに、どこか追い詰められた瞳をしていた男――と女は思っていた――とは大きく違う。
それは、何かが吹っ切れたことによる達成感からくる自棄か、それとも諦め絶望したことによる自我の放棄だろうか。
男はただ天井を仰いでいる。
生きているのに死体のようだった。
別に放っておいていい。今までもそうしてきた。
逆に男が切羽詰っているのを楽しんでさえ女はいた。人の不幸は蜜の味だ。それにこれは、夢なのだから。
しかし、男と関わった夢の回数は、両手両足の指を使っても足りない。
少し巡廻し、しかし口を開いた。
「……一緒に、来る?」
密閉された部屋には、いつの間にか一つ扉ができていた。
それは、質素だが部屋にあった薄汚い扉だった。
女は、いつも目を覚ます。
銃で撃たれそうになった瞬間や、そんなに意味もない瞬間に目が覚めたり。
ソリタリアで負ける直前に目が覚めたこともある。
だが、その扉を潜れば目が覚めるということもなんとなく分かった。
連れて行って何になる。何にもならないかもしれない。
だが、何か起こる気がしないでもなかった。
男は、何も視界に映していなかった。
その視界に、蝶が舞った。美しい、この世の物とは思えない蝶が。
そこから、女が生まれた。
「……名は」
男は女に名を伝達したが、女の名前は一度も聞いた覚えがなかった。
発した言葉には確かに重みがあり、己の言葉だというのに男は自分の声だとは思えなかった。
女はその同情めいた視線をゆるりと緩ませ、そうしてまた、頬を引き攣らせた。
この世の物とは思えない、蝶が羽ばたくような美しい笑みだった。
「私の名前はね――」
扉が、開く。
トビラが、