- ナノ -
彼女は、毎回出てくる。
蝶の羽から。
ふわり、ふわりとはためいて、そうして淡い雪のように溶けそうなほど弱弱しくそこに存在する。
どこまでも幻想的に。

「扉が見つからない」
「探せばあるよ」
「だが見つからない」
「じゃあ、探し方が悪いんだよ」
「それでも見つからない」
「なら、見つける気がないんだよ」
「嘘だ。扉はある」
「なら、見つけなくちゃ。お兄さん、見つけたいんでしょう?」

独り言にしか聞こえないそれに、丁寧に女は返答を返していく。
丁寧と言っても、間隔を絶妙に保つために気を配っているだけで、返答自体にはなんの思考もしていない。

女はそれを一種の遊びのように考えているようで、一通り問答が終わり、満足そうに笑っている。
女は笑ってばかりだ。

「答えろ」

その時初めて、ヴィンセントはソファから立った。
女との付き合いも、片手で数えられなくなった。そうしてようやく女に一歩近づいた。
初めて距離が縮まる。それに、女は驚いたようだった。

男が懐を探る。最初からそこにあったように、銃がすらりと鉄の平坦さを主張しながら現れた。
それに、女がますます驚く。

「すごいね」

そうして笑った。
それが、どんな意味の笑みなのか男には見当もつかなかったし、考えようとも思わなかった。

銃口を女の眉間に突き付けて、言葉を放つ。

「どうして、扉は見つからない」

現とは蝶の見せる夢だ。
なら、本当の現へとつながる扉があるはずだ。
ずっと、探している。蝶に囲まれ、道を失いながら探し続けている。
それだけが、男を救う一つだけの扉だから。

女は寄り目に眉間に当てられた銃口を見て、そうして男を見てちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、残念そうに言った。

「それだけ探してないのなら、その扉はないんだよ」

そうして、嘲笑した。
男は、引き金に添えられた指に力を込め、そして――



「答えろ」