- ナノ -

5


専ら俺のやる事は電話での指示だ。
実働部隊はクラウス含む動けるライブラの仲間たち。
レオまで外へ出ているのに、いつも動いている自分が何もできないのが歯がゆくて仕方がない。
しかし、ヘルサレムズ・ロットは堕落王フェムトの起こした騒動のせいでなかなかに混乱しているので、俺のようなひ弱な一般人女性が外へ出たら面倒なことになるのは想像がつく。
そもそも、特異な身体の術であるエスメラルダ式血凍道でさえ使えなくする堕落王フェムトの魔導の完成度が可笑しいのだ。

ただ、送られてくる情報と画像を見ながら、あれこれと考察を飛ばすことしかできない。
堕落王から出されたヒントを元にして、魔方陣が作られていそうな場所を特定していく。

『――ありました!』
「! よくやったレオ! 壊してくれ!」

レオが俺の声を聴いて、やっぱり違和感が、などと言っているが、そんなことを言っている暇があったらさっさと魔方陣を壊せ! こっちはその違和感がなくなりかけていて恐ろしいんだ。
テレビ越しの現状を凝視しながら身体が元に戻るのを待つ。
レオがザップに呼びかけ、ザップによる技で魔方陣を真っ二つにされるのを心して待つ。

ザップの血液による刃が魔方陣が書かれたビルを切り裂く――と、同時にその切り裂かれた中心から異界の生物が顔を表す。
巨大なそれを茫然と眺めていれば、その胴体に“ハーズーレー!”と文字が書かれているのが画面越しでもはっきりと分かった。

「……殺ス」
『す、スティーブンさん落ち着いてください!』

大丈夫だ。落ち着いている。
とても落ち着いているぞレオ君。俺は、あの堕落王を許さない。

俺が一人ライブラ本部で堕落王に対する殺意を抱いていれば、ニュースを垂れ流しにしていたテレビが砂嵐に変わる。それをこの事件の犯人による映像が流れる前段階だと察し、テレビを見やった。
予想通り、画面が切り替わり、忌々しい笑みが画面いっぱいに映った。

『残念でしたー! それはフェイクだ馬鹿め! ふふん、さて時間なのでヒントをあげよう。魔方陣は地上にはないぞ? さて、それから面白可笑しい進行の時間だよぉ!』

ふざけた笑い声を背後に明かされたヒントの内容を考える。
地上にはない。つまり見える場所にはないということだろうか。しかし態々地上という単語を使うのだから、何かそれと対になるような場所でなければ可笑しい。

「そう、地下よ! レオ、地下を探し――なにこれ!?」
『えっ、スティーブンさん、いきなりどうしたんですか?』
「知らないわよ、勝手に口調が、ああもう!」

なんど口調を元に戻そうとしても、どうしても女口調にしかならない。
いつも通りの言葉遣いをすることが出来ずに、思い通りにならない口に苛立って思いっきり頬を抓る。
そうして痛みを与えても口調は変わらず、完全に声色も合わせて女性になってしまった喉に頭が痛くなる。
駄目だ、もうこれは魔方陣を探し出すしかない。
ヒントを与えて、同時に進行させる――なぞの“進行”という単語はこういう意味だったらしい。
“本当の自分の姿”に近づける。それを本人が望んでいなかったとしても。

――違う。本当の俺の姿はこれじゃない。頬に傷があるスティーブンという男の姿が俺の本来の姿なのだ。
こんな女性の……悔いながら死んだ女の姿なんかじゃない。
嫌な記憶がどんどん蘇っていく、あんなに忘れるのを嫌がって、結局雰囲気しか思い出せなくなっていた前世の両親の姿、妹の笑み、友人の声、印象深かった記憶、最期の、自分の大量の血の色。

強く頭を振る。こんなのは嘘だ、幻想だ。前世なんてものは存在しないと思えばいいのだ。
こんな記憶、必要がない。俺はスティーブン。ライブラに所属していて、クラウスの隣に立つことを至上とする馬鹿な奴。それでいい。それだけでいい。それ以外なんて要らない。死ぬまでそこに居れればいいと願っているだけの男でいい。

『スティーブンさんどうしたんスか。もしかしてマジで女に――』
「早く魔方陣を探して。こちらのことは気にしなくていいわ」
『さーせんっしたぁあああ!』

煩いザップの謝罪を聞きながら指示を出していく。
ただ口調が女性のものとなっただけだ。俺はまだ俺だ。スティーブン・A・スターフェイズのままだ。
早く、早くそのままで居られるうちに。

この身体は、理性を蝕む。

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