- ナノ -

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俺が彼と出会ったのは、運命だった。誰がどう口を挟もうと否定しようと馬鹿にしようと頭の心配をしようとそれは確かに決定された事項だった。
別に俺だってロマンチックと感じて運命なんて台詞を使っているわけじゃない。そんな酔狂な人間ではない。
ならなぜ運命などという抽象的で主観的な言葉を使うというのかといえば、それが知識に基づいた必ず訪れる出来事だったからだ。

俺の名前は スティーブン・A・スターフェイズ。もともとの世界で読んだ漫画の中で登場していたキャラクターと同じ−−。寧ろそのままと言っていい人間だ。
この世界では私は彼だ。いかに前世がただの学生だったという記憶があったとしても、女性であったという自覚があっても、この世界を知っていたとしても。
私は俺で、俺は スティーブン・A・スターフェイズだ。
だからこそ、俺は彼と出会うことが運命付られた出来事だと知っていた。

「クラウス」
「どうしたのだ。スティーブン」
「いんや……ほんと、君と出会ったことは運命的だなと思って」
「……私も、君という人と出会えたことに、神に感謝している」

恥ずかしげもなく言い切る赤毛の紳士は、下顎から伸びる犬歯が見える口元を引き締める。そうすると強面の顔が更に恐ろしげになり鋭い目つきの奥にある翡翠の瞳がギロリと光る。そんな顔にかかった眼鏡が不釣り合いで思わず笑う。

「?」
「ああ、なんでもないよ」

面白いこともないのに笑った俺に疑問を感じたのか、こちらに視線を向ける長身でガタイのいい相方に手を振って気をそらす。
こんな外見なのに完璧な紳士な彼は無粋な追求はせずにそうかと頷いて視線を眼前に戻す。
そこには世界滅亡の危機の傷跡。といってもこの街では日常茶飯事の出来事で、週に一回は起こるイベントのようなものだ。だが、それを俺たちが放っておいてしまったら、世界が滅びるイベントだ。

少しだけ埃がついた服の汚れを落として、踵を返す。そうするとクラウスも付いてきて、少しだけ優越感を得る。
秘密結社ライブラ。そのボスであるクラウスと副官こと俺、スティーブン。ボスである彼がこんな姿なのに思わず頬が緩むようなことをしてくれるような人間だと何人の人間が知っているだろうか。
頑固で世界を救うことになんの躊躇もしない救世主。どれほどの人間が彼に憧れ彼を尊敬していることだろうか。
奇妙な優越感を頭を降ることによってぬぐい去って、眼前を見る。
人間は少数でイベントを見に来た野次馬はほとんど異界の生物たちだ。人間と同じように喋って動いて、勿論そうしない奴らもいるが、ただ彼らは人間じゃない。

それを見て、世界を救う意義を見いだせなくなる。別にいいじゃないか、こんな場所守らなくて、いつか異界に侵食されてしまう人界なんて。
でも、真正面から異を唱える男がすぐ後ろにいる。俺の本音を言ってしまったら、怒鳴られるだろうか、殴られるだろうか。それとも懇懇と説得をされるだろうか。
別に、言うつもりなんてないからこんな想像は意味がない。彼がいる限り、彼が諦めない限り俺は彼のそばにいて彼を支え続ける。だってそれが、この人生においての唯一の暇潰し−−生きる意味だから。

「スティーブン」
「なんだい?」

後ろから聞こえた低い声に、振り返らずに尋ねる。

「……私は、スティーブンがいてくれて本当に嬉しく思っている。君がいてくれなかったら私は今ここに存在していないだろう」
「なんだよ、藪から棒に」

自然と上がった口角のまま返事をする。
こういうことを真剣に口に出してくれるから、過酷な仕事もやっていけるというものだ。彼がいなかったら、今頃ライブラなんてところ引退しているところなのに。

「これからも、共に歩んでくれないか」
「っ、当たり前じゃないか」

心臓が射抜かれたような感覚に息が詰まるが、どうにかいつもどおりを装って返事をする。なんて心臓に悪いことをいうんだクラウス。そんな告白みたいなことを言うなんて。

「(俺が死ぬまでずっと一緒さ)」

そうだったらいいなぁなんて、思いながら。
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