- ナノ -

14


調査に始まり、生江との接触や説明、慰めを終え、生江がクラウスのいる部屋へ入っていったのは既に夜遅くの事だった。

「……生江さんって、本当にスティーブンさんじゃないんですかね」
「んなわけねぇだろ。アイツがあの人じゃなきゃ、誰かスティーブンさんなんだよ」
「なっ、だって、あんなに否定してたじゃないですか! それに、似ても似つきませんよ」
「私は、そうは思わなかったけど」
「えっ、そうなんですかチェインさん!」
「……なんとなくだけどね」

曖昧な一言だけを付け加え、目を細めたチェインはただクラウスの元へ消えた生江の背を追っているようだった。
ザップはソファに腰かけ何をするわけでもなくぼおっと天井を見上げ、ギルベルトは生江が使用したタオルを既に片付け終え、佇んでいた。
会話が弾むわけでもない、どこか静まった室内に、レオが渋顔を作る。

「……本当の自分の姿って、なんなんですかね」
「さぁ、そんなの、分かってたら苦労しないわよ。レオっち」

何処か窘めるように、レオの言葉に返すK.Kは自分のティーカップを手に取っていた。
レオたちが訪れた生江はティーカップをじっと眺めていた。その顔はどこか自分が知らぬ場所へやってきてしまったというのに緊張感に欠けていて、それが今ではただ現実を受け止められていなかったのだったと分かってしまう。
彼女自身がスティーブンなのだと説明された直後の彼女は、哀れなほどに取り乱した。己には家族も友達も居場所もあるのだと。その中で、妹に会いたいと切実に語った生江に、レオは胸が痛む思いだった。

あの全てが嘘だとは、到底レオには思えなかった。
K.Kにより冷静さを取り戻した後に告げた“異世界から来たのかもしれない”という説明も、彼女の言葉であればと、レオは半ば信じてさえいた。
ここはヘルサレムズ・ロット。異界とは異なる別世界からも、もしかしたらやってきているのかもしれない。

「生江さん、帰れないんですかね」

ポツリと呟いたレオの言葉に、誰も口を開かなかった。
彼女の涙は本当だった。帰りたいという気持ちも、大切な人たちに会いたいという想いも、寂しくて苦しくて、助けを求めていた姿はただの女性だった。
だからこそ、K.Kも母や妹に会わせると約束したのだ。それが彼女を安心させる魔法の言葉だと理解していたから。

だがそれが、叶わない幻想だとしたら。


――ごほんごほん、あーあー聞こえているかなぁ?
  どうも、皆お待ちかねの堕落王だよォ!!

静寂に見合わない大音量が響く。しかしそれはライブラ本部ではなく街のいずこかで発せられたものだった。

「堕落王!?」

K.Kが咄嗟に机に置いてあったリモコンでテレビの電源を入れる。
僅かな砂嵐の後に浮かび上がったのは、やはりこの街を騒がせることを娯楽にしている男の姿だった。

『夢のような時間は楽しんでもらえたかなぁ? もしかして、この程度で終わりだとは思ってないよねェ?
 楽しむにはもっともっともぉっと刺激が必要だ!! 何故かって? そんなに僕が楽しくないからに決まってるじゃないか! そう、理由さ。物事には全て理由がある。それは決して結果とは切り離せない大切なものだよねぇ』

勿体ぶるような口上はいつも通りで、聞いていてイラついてくることこの上ない。
今回は特に、仲間が巻き込まれているが故に。
堕落王フェムトは目元を覆っているのにどこまでも愉快そうな笑みを浮かべているのがよく分かる口角の上げ方をしながら、次の遊びの内容を説いた。

『理由は、忘れちゃいけないよねぇ。本当の自分の姿なんてものを欲する奴らが、どうしてそうなったか、本人でさえ忘れてしまうみたいだねェ。今みたいに、その人間そのものになったとしたら尚更だ。
 でも、思い出してもらわなくちゃねぇ。どうして自分の姿を嫌ったのか』

嘲笑いながらそう告げた堕落王に、レオの顔が歪む。
余りにもえげつないことに思えたのだ。自分の本当の姿、それを求める人たちにはそれぞれ何か大なり小なりの裏がある。その裏が表を否定し出てきたんのが今回のそれだ。
男から女になりたかった者や、異界生物から人間へなりたかった者、またその逆、そもそも人間以外の意思のないモノになりたがった者。そうなる過程は、安易な道から複雑な迷路まで様々だろう。
だが、自身を否定してまでなりたいという願望がある者の理由が、おおよそ楽しいものではないのは分かる。
周囲のザップやチェインたちの顔も忌々しげに引き攣った。

『じゃあ、早速思い出してもらおうかなぁ。どうしてそうなったのか――』

パチンと、堕落王の人差し指と親指が擦られ音が鳴る。
そうして数秒後、クラウスと生江のいる部屋から悲鳴が響いた。

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