- ナノ -

10



「スカーフェイス、女の子?」

疑問符を飛ばしながら、復唱してみる。
もしかして、だからこの場にはいないのだろうか。スティーブンという名の彼は。
確かに、いきなり女性――しかも子とつくぐらいだから幼いのだろう。そんな外見になったらライブラには来れまい。だってK.Kさんのような人がいるし。
なんて思いながらカッコよさと綺麗さが同居する隻眼の女性を見ていたら、彼女が薄笑いを浮かべながらつかつかとこちらへやってくる。
その挙動に少し恐怖を感じながら見ていれば、私のすぐ近くのソファの背をガッと掴み、顔を近づかせたと思ったら。

「あらぁ、あの憎たらしい顔が随分可愛くなってるじゃない」
「へ」

にやぁと嘲笑しながらそう告げるK.Kさんは、明らかに私を誰かと間違っていた。
もしかして、私がスカーフェイスだと思ってますか。K.Kさん。

「あの、私は」
「へえぇぇええ。本当の自分の姿になるっていうわけだから、アンタは本当はこんなに可愛い姿だったわけね」
「違うんです、私は」
「何が違うっていうのよ。今こうなってるのが証拠じゃない」

ほらね。と私のおでこを人差し指で突っついたK.Kさん。
思わず目を瞑るが、困った。どう説明すればいいんだろう。
しかし、完全に勘違いされている。とても楽しそうな顔で私をおちょくってくる彼女に、どう反応すればいいのか全くわからない。
違いますと言っても、言葉の意味とは異なる解釈をされてしまう。

「私の名前は妙寺生江といいまして」
「ニュースで見たわよぉ。姿が変化した人たちが自分は元の奴とは別人だって言い始めたって! アンタもその口なんでしょ」
「いや、そんなニュース知らないっていうか……」

なんだろう。この世界では異変でも起きていたのだろうか。
ならばどうしてライブラは出動していないのだろう。いや、そんなことよりも私はそんなニュースとは無関係だ。
肩に腕を回して、にやにやとこちらを眺めてくるK.Kさんに眉を下げつつ、どうにか反論をする。

「ニュースでも言ってたけど、本当は覚えてるくせに忘れてるふりして本当の自分の姿で生きようとしてるだけって言ってたわよ。アンタもその口なの? それとも女の子のふりして皆を騙して楽しんでるの? ほんと腹黒ねー」
「だから……」

私は腹黒なんかじゃない! 寧ろ隠し事が出来なくて苦労していた口だ。なのにこんなことを初対面で言われるなんて、腹が立ってきた。
と言ってもK.Kさんは勘違いをしているだけ。確かに私がスティーブンさんで女の子になっていて、しかも忘れているふりをしているだけならその言い分も分かる。こんなことを言われたら彼も「ばれちゃったか」なんて言いながらいつもの底の読めない笑みを浮かべるだろう。
だが私は違う。本当に知らないし、確かにそんなニュースとは関わりがないのだ。

首に絡みつくK.Kさんの腕を押しのけながら、口を開く。

「私はスカーフェイスって人じゃありません!」
「何よ。じゃあ全部忘れたっていうの? ライブラでの活動とか、クラっちと一緒に戦ったこととか」

やはり笑みを浮かべた表情をしてそう尋ねてくる美女に、私は息を吸って言い放った。

「何も覚えてません。そもそも、私はスカーフェイスさんじゃないんですから、知らないのも当然ですよ! そのライブラで活動してたっていうのも、クラっちっていう人と一緒に戦ってたって人も、別人ですっ! 本人だったら、そんな大事な記憶忘れてるわけないじゃないですか!!」

――ガシャン

割れる音が響く。
穏やかではないその音が鳴ったのは、強面紳士の足元からだった。
手にしていたティーカップが、足元で無残な姿を晒していた。

静寂が部屋を占拠する。しかし、少し前のものとは違い、重く息が詰まるような沈黙だ。
クラウスさんの顔が伏せられて、何か、話しかけてはならない何かが発せられているように思える。

「――すまない。私は少し席を外す」
「……ク、クラウスさん!」

立ち上がり、奥の部屋へと消えていくクライスさんをレオ君が呼び止めるが、聞いてもいないようにクラウスさんは扉の向こうに消えてしまった。
茫然と、口を開けずにその姿を見送っていた。

「……えっ」

この部屋にいる人たちの視線が声を上げた私へ一斉に向けられる。
その視線が、どこか不可思議というか――私を責めているかのように見えて、泣きそうになった。

「もしかして……私のせいですか」
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