『首置いてけ! なぁ!』
久しぶりの日の本の言葉にこんな状況だというのに感動する。
しかし周囲の兵士たちにはそれはただの意味不明な言語で、奇声だ。
ただ、その迫力だけは分かる。
手に握られた刃と満ち溢れる殺気。
それは辺りのエルフたちの死体を視界におさめるごとに鋭くなり、そうして最終的にその瞳は此方を向いた。
『ようもやってくれたのう。
貴様の首はいらん。命だけおいていけ』
うん。それは俺も入っているのかな。
獲物を狙うようにその手がこちらを指差すが、知ってる? 人を指差しちゃいけないんだよ。
しかしその方向は俺ではなく、俺の前にいるアラムに向けられている。
だが、俺もじっとはしていられない。
一応は代官なのだ。やるべき仕事はやっておかなくちゃいけない。
それが死に直結するとしても。
まぁ、仕方がない。そういう運命だ。
この後の楽しみを味わえないのは残念だが、覚悟して挑む死というのもいいものだろう。
「おい、俺を忘れないでくれよ」
「ディーバ?」
「アラムさん。下がっててください。一応、代官としての役目を果たしますから」
剣を引き抜いて、アラムの前に立つ。
赤い漂流者が指差した方向にいたアラムは俺という壁に遮られ、彼の指先から外れる。
黒髪、平たい顔。刀。甲冑。武将だろうか。
ああ、嫌な時代から来たな。だから、嫌なんだって。
中二病時代を思い出すから、そういうのは。
『なんじゃお主は』
「俺はディーバってんだ。よろしく。アンタの名は?」
『退け。わしが欲しいのは大将の命だけじゃ』
「いやいや、順序ってのがあるんだよ。物事には。
俺の首をとってから、そういうことは言おうな? 兄ちゃん」
愚直な奴だ。
嫌いじゃないな。からかうと面白そうだ。
剣を構えて笑えば、殺気の篭った瞳を向けられる。
ああ、殺気に塗れた武士の顔。
俺も、前世ではこんな顔してたんだっけか。
自分の顔なんて、見ようともしなかったから忘れたなぁ。
剣を振りかぶる、足に力を込める。
殺される情景が眼に浮かぶが、それを押し殺して前へ出る。
恐怖の為に浮かぶ未来を打ち消して、根性で自分の生きる未来を剣で当てていく。
死にたくない死にたくない。過去は変えられないが未来は自由自在だ。
ミルズと一緒に店を経営するんだ。楽しそうな未来じゃねぇか。
大丈夫だ。いける。いける。まだいける。
剣と刀がふれあい弾けるたびに、緊張の糸が切れ、そしてまた繋ぎあわされるたびに。
確信に近づいていく。いける。いける。
彼の刀が首元へやってくる。それを紙一重で避け、反撃を加える。
俺は、上等な騎士などではない。ただの兵士だ。
7年間戦い呆けていたわけなので、色んな卑怯な手も知っている。
たとえば、砂を相手にかけたり、
「ッ、いける! アンタ、今傷負ってんだろ! 腹を狙われる攻撃に弱いぜ!」
『こざかしかッ!』
小賢しいだって? これが弱輩者の戦い方だ。
お前らのような漂流者と戦うなど、言語道断だ。
死ぬに決まってるじゃないか。
後一歩。
いや、そんなに近くない、だが確実に押している。
そんな一瞬で。
「ッッ!!」
『!?』
肩が動かなくなる。その反動で、やってきた漂流者の一撃に握力が耐えられずにそのまま剣が手のひらからはじき出される。
俺も驚いたが、相手も驚いた。いきなりの停止だ。お互いに動きが止められなくなる。
動かなくなった肩――利き腕の肩が次に猛烈な痛みを発し始めた。
これは――以前感じたことがある痛みだ。矢を受けたとき、戦国時代にいたころの、最後の戦いで。
嫌な記憶しか蘇ってこない。
「あっ、がぁ!」
咄嗟に引き抜こうとする。
こんなものがあっては戦えない。生きられない。
どうやら、漂流者は一人ではなかったようだ。それか、漂流者に協力するこの世界のものがいるか。
どちらでもいい、ただ重要なのは、肩という最重要部分をストンと打ち抜かれたことだ。
駄目だ。この世界に入った前世だったら馬鹿みたいな反射神経で避けられただろうに。
いいや、そんなことどうでもいい。
左手で肩に後ろから刺さった矢を握り占める。
痛みが脳に電撃を走らせ、頭が混乱する。
そう、最初にすべきはこれではないというのに。
『おぉぉお!!』
「ッ、くそ!」
赤い男が首を取るべしと突進してくる。
急な停止を補助するように行動し、逆に勢いをつけてきている。
取られる、首を。
「うぁああああ!!」
死ねない死ねない、殺されてたまるか!!
俺みたいなのがどうして7年間も兵士できたと思う!
死にたくないからだ!!
動かせる左腕を引き絞り、拳を作る。
刀と俺の腕、リーチが違いすぎて勝負にもならない。
身体を捻り、右足を力を抜いて重心を傾ける。
目標は相手の右目、使い物にならなくしてやる。
だが、相手は届きこちらは届かない。
刃はギリギリのところで首に接触し首の真横から斜めに首を半分切り離すだろう。
それに加え俺の腕は見事なまでに綺麗にかわされる予想図しかたたない。
どうやったって勝ち目がない。
くそ、悔しい。すごい悔しい、あと、痛い思いしたくない。
悔しさに顔が歪む、と同時になぜか足の力が両足同時に抜けた。
あれ。と思わぬうちに全身の力がどっと抜けた。
それと同じくして身体が強い衝撃を受けたようにぐにゃりと曲がる。
「か、はッ」
『!』
肺にある空気が全て吐き出された。
そのまま意識が飛ぶような衝撃が頭に直撃する。
電撃を受けたようなそれに、混乱していると髪の先端が切られたのが見えた。
漂流者の刀が首ではなくそこを通り抜けたのだ。
顎が地面に直撃して、視界が殴られたようにぶれる。
視界の端に、漂流者の足袋が見える。
ああ、負けた。
よく分からないが、完全に負けた。
身体に矢が刺さっているようだった。
後ろからの弓矢での攻撃が続いて三発、いっせいに背を貫いた。
心臓は無事のようだが、肺と胃に当たった気がする。
気管から血液が逆流してくる。
そうして、地面に無様に寝転がって、すぐ脇には刀を持った漂流者。
背後からの攻撃がなくとも俺はその刀によって死んでいたはずだったが、少し生きる時間が延びたようだった。
ああ、死ぬ。
悔しい。悔しいなぁ。
とっとと兵士なんて嫌な職業辞めて、町に帰ってミルズと一緒に店開けばよかった。
代官なんて大層な役受けるんじゃなかった。
あぁ、悔しい悔しいなぁ。
だって、この世界にはもっともっと楽しいことがたくさんあったはずなのに。
きついこともあったけど、この世界で生きていられることが嬉しかったのに。
悔しい、でも嬉しい。
こうして、生きていたことを喜べることが、こうして死ぬことを悔やめることが。
絶望するでもない、死ぬことを求めるでもない。
ああ、うれしいなぁ。
頬が自然に上がる。
そうして、瞳を閉じた。