- ナノ -






この国には徴兵制というものが敷かれている。よく戦争中とかに発布されるそれだ。
もちろん拒否する方法もあるんだが、例によって金が掛かったりコネが必要だったりするわけなので、俺の家のような貧乏人は甘受するしかない。
そして連れて行かれたのが父で、父はそのまま帰ってこなかった。

悲しんださ。あんなに愛してくれた人だった。ちょっと不器用だったが、それでも愛とか、そういうのに敏感になった俺の感覚は父の隠れた愛情を知っていた。
母もそりゃ悲しんで、俺の前では空元気で、頼って欲しかったが、どうにもそれが5年ほどで力尽きて。
ちょっとボケちまったんだよな。父が死んだということを忘れて、俺を父だと見間違えるし、俺が小さい頃に買ってもらったぬいぐるみを抱いて、それを俺だと言うもんだからどうしたもんかと。

ちょっと、いや、まぁかなり精神的にも堪えたが、それでもその人は大事な俺の家族の母だった。
だから、どうにか前々世の介護ってものの知識を掘り起こして、母の生活を支えた。
近所の人々にどうにか頼み込んで手伝いをして金を溜めて、ときおり糸が切れたように泣き出す母の世話をして。

幸せかと聞かれると、答え辛いが、楽しいかと聞かれると全力で頷ける。
だって、幸せってあれだろ? 全部が全部あったかいもので埋め尽くされて、もうどうにもならない。後は落ちるだけ。みたいな。
今は違う。父は死んでしまったけれど、骨も帰ってこなかったけど、母はボケてはいるけどここにいるし、俺に家族として(父と間違えてはいるが)愛情を送ってくれるし、その母の腕には俺代わりのぬいぐるみ。
近所の人たちは俺たちを心配して色々おすそ分けをくれたりするし、ここら辺は貧乏でよかったと思う。
それが同情や哀れみでも、その物をくれたりする心はきっと偽でもなんでも善だから嬉しいし。

まぁ、その母も随分と前に死んじまったんだが。
愛してるわ。って言って、そのままいつもどおりベットで寝たら、眼を覚まさなかった。
すっげぇ泣いた。父のときは、母が空元気しっぱなしだったから泣けなかったが、そのときばかりは泣いた。
俺、結構涙腺緩いんだよ。
道路で猫が馬車に轢かれてても悲しくなるし、近所の人が怪我とかしたら、泣きながら見舞いに行くし。
だからまぁ、涙が枯れるぐらいには泣いた。

でもそれですっきりした。悲しみがなくなるわけじゃないが、それでも過去を振り返り続けるのはよくない。
隣人たちは俺を心配してくれて、面倒まで見ると言ってくれた人もいた。
その気持ちが嬉しくてまた泣いたりしてたのだが、それでも頼ることはしなかった。
気持ちはとても嬉しいが、でも面倒をかけるわけにはいかない。

母が死んだ時、俺は18歳だった。
丁度徴兵令で収集される年齢だ。
兵になれば三食食事付きだし、戦争には放り投げられるだろうが、訓練などもしてくれる。
僅かだが給料も出るし、昇進すれば――それはエリートコースじゃないと無理だろうが――将来安泰。なんて夢もある。
その代わり上下関係が厳しくて戦争じゃ死者が多数出るみたいだが。


知り合いたちは止めたが、俺は兵士になった。
なってから、ちょっと道間違えたかなって思った。
訓練は厳しいし、女っけはないし、むさいし、飯は美味しくも不味くもないし、家柄で差別されるし、上司は最悪だし。

そもそも、俺は人を殺すのには向いていない。
中世風のこの世界観では、鎧を纏い、剣や弓を使って戦う。
まだ矢だったら我慢できた。
でも、俺には弓矢の才能はなかったし、なら残された選択肢は剣だった。
剣は最悪だ。なんてったって人を殺した感覚が一番残る。
苦痛に歪む顔、断末魔、肉を切って骨を絶つあの重み。

まるで前世でしてきたことの繰り返しだ。
日の本で刀を振るい殺し、銃を使って甲冑ごと打ち抜いて、異世界で廃棄物たち人外と刃を交え、感情も何もすっかり忘れて、何も考えずに塩に変えて。


いいや、あの時とは真逆だ。
俺はこの国の為に戦っている。何も持ってないわけじゃない。何も感じないわけじゃない。
人を殺すのは嫌だし、人の形をした亜人を殺すのだって同じように嫌だ。
亜人以外の、この世界に生息する化け物を殺す事だって嫌だし、怖い。
そう、そう思えているのなら“俺”はきっと“俺”のままだ。

怖がりながら、時に恐ろしさに胃の中身をぶちまけながら。