- ナノ -







呆気なく終わった人生だった。
普通に過ごして、普通に満喫して。
結局、人生に意味などなかったのだ。
親孝行も出来なかったし、結婚して、子供を作ることも、人としての子孫を作ると言う役目も果たせずに。

あれの、あの人生に意味はなかったのだ。
そう、思うことでしか私は“私”が呆気なくなんの抵抗もできずにあの世界から消え去ったことを納得することが出来なかったのだ。

“私”は死んだ。
そうして、新たな生を受ける。
前の私はきっと、要らないものだったのだ。
次の、来世の人生こそが、私にとって意味のあるものだったのだ。
私にとっても、周囲にとっても、呆気なく終わるなどという拙い言葉で表記されるちちゃなものではないはずだ。

――私の父は第六天魔王、織田信長。
そうして私はそれの嫡子である織田信忠。

時代や環境は気にするべくもない。
私にとって重要なのは、この人生に意味があるということ。
その生きた軌跡がすでに確定されていようと、未来を知っていようと、

きっと、そこに意味はあるから。




私は、生まれて、いいや、生まれる前から織田の嫡子としての扱いを受けた。
宝のように大事にされ、雑用も一切させられず、幼い頃から戦いの術を身に付けさせられた。

なにも不自由などなかった。
そもそも不自由と感じることがおかしいのだ。
織田の嫡子として人生を送っている。それだけですでに十二分すぎるほどの扱いだ。
私は必要とされ、そうして生きている。

だから、織田のために尽くすことが当然だった。
織田のため、そしてーー父のため。

父は天才だった。
知識にある事柄だけでなく、日頃の行いやふるまい。
あの人こそが織田、あの人こそが第六天魔王! そう胸を張って公言できるカリスマが彼にはあった。

それが、いつかなくなるものであろうとも、私はそれに憧れ、そうしてそれを目標とした。
限りなく輝いていた。目的のためだけに周囲を巻き込み犠牲にし、恐怖で縛り付け虐殺していく。その姿が、余りにも目に焼き付いたのだ。


織田の為とはつまり父のためだ。
織田の繁栄は、父の天下への足掛かりとなる。
私は、父の天下への道のりのための布石に過ぎない。

確固たる位置を築くべく全力を注ぐ父、そうして、その為には彼のあとを、織田を引きいていくものが必要なのだ。

それは私だ。
嫡子として生まれた私の役目。

平凡な頭しか持たない私の、重要かつ絶対に裏切ってはいけない父からの期待。
神のごときあの人。
それがいつか親としての存在感を増幅させるとともにその役割を忘れさせていった。

彼のために、
いつか、天下を掴むための波紋として
いつか、その幻想が運命によってぶち壊されるとしても。

きっと、彼ならと思っていた。






その結果がこれだった。
本能寺の変は忠実通り起こり、そうして彼は死んだ。

どうにか逃げ延びてきた家臣があの状態で生き延びられるはずがないといってた。
それでも本能寺へ援軍へいけば、彼が討ち取られたという知らせ。

首がなく、証明はできない。
それでも、あの状態で逃げられるほど彼は“人間でない”わけではなかった。

結局、そういうことだったのだ。


私は泣きの二回目でも失敗をしたのだ。
私はすべてを知っていた。
知識として、常識として。
明智光秀が織田信長に謀叛をお越し、そうして討ち取られる事実を。

しかし、知っていながらなにもしようとしなかった。
それが運命なのだと、
変わらぬ事実なのだと諦めていた。

しかし、どうだこの結果は。
私はまた、生きる意味を失った。
人生の道標を、憧れを、意義を。

彼ならと、思っていた。
彼なら、生き延びてくれると。
呆気ない最期だ。
なんて、想像通りの最後なのだろう。

生きる意味を失った。
なら、どうするべきかなどわかりきっている。

最期に、敵の首を取ったら、彼は喜んでくれるだろうか。







謀叛に本能寺で気づいたとき、彼が最初に発した言葉は「信忠の謀叛か」だそうだ。
私の人生をかけた努力は、彼には伝わっていなかったということなのだろう。

それが悲しいかと聞かれれば、そうでもない。
ただ、それに苛立つ自分が嫌だった。

「・・・・・次」

変な男がいた。
そいつは、私にとってはとてもとても、懐かしい格好をしていた。
眼鏡をかけて、紙のタバコを吸い。
大量の書類を机の上においていた。
まるで何処かの事務員だ。
突然に変な男のいるところへやってきた。連れてこられたという方が正確だろうか。
せっかく家臣たちを焚き付けて、馬鹿としか思えぬ籠城をしたというのに。

何せ、前兆のない謀反だった明智軍の攻撃。
私が家督を譲られたといっても、それは形式上。まだまだ織田の実権は父がにぎっていた。
その父が討ち取られ、こちらの兵は動揺し崩壊寸前。籠城するための城の兵も逃亡するもの、夜のために寝ぼけ眼のもの。

勝ち目絶対にない戦いだった。
それでも、仇は取りたくないのかと愚かな選択を選ばせ、そうして刀をとった。

身に付けた戦の術を全力で叩き込んだ。
死ぬための戦だった。
だから、なにも考えずともよかった。
過去も未来も、なにもかも。

あと一歩だったはずだった。
あと少しで仇の首が取れたはずだったのに、どうしたことかここにいた。

体は血みどろで、刀を握りしめていた。
扉ばかりの空間へやってきて、最初は死んだのかと思った。
だが、死んでいない。私という存在は未だに息をし、鼓動をうっている。

「なんのために私をここによんだ」

「世界を廻すために」

そいつが教えたのはそれだけだった。
それ以上は自分で探せとでもいうように、変な男は書類にペンで書き込んだ。

全てなくなった。
私の目標も、生きる意味も、憧れの誰かも。
なにもないのに、最期に散れなかった。

そんな私に何を求める。どうしてよんだ。
仮初めの役目をふられ、私はまた人生の岐路に立った。


何も考えたくなかった。
人生を二度棒に降り、なんの意味もなく死ぬなんてもう嫌だ。
日の本だったなら、まだ貴方の亡骸のために死ねたのに。

もう何もできなくなった。
二度目の意味は奪い去られ、曖昧な生の理由を押し付けられる。

だから、もう何も考えないことにした。
ただ、自堕落に無意味に人生を消費することにした。
だって、わからない。どうしていいか、どれに意味があるのか。


変な男に連れられてきたのは、よくいう異世界だった。
しかし生活レベルの低い、ファンタジーな世界。
廃棄物と呼ばれる、私と同じような世界からきた化け物。そして私と同じように漂流者と呼ばれる人間。

私は仮染めの意味を全うした。
世界を廻す、崩壊から世界を救う。
崩壊は、廃棄物たちが巻き散らす。
ならばその元凶を断ち切るだけだった。

それらがどんなものであろうと知るか、どんな思考をもち、どんな悔いを持ち、どんんな思いで死んだかなど知ることか。

漂流者たちを集め、廃棄物たちと戦う手段を得た、殺す知恵を得た、そうして何十年も生きた。

そうして死んだ。
やっと死んだ、意味を見いだせぬ役目を終え、意味を失った人生に幕を閉じた。


幕を閉じる一瞬。
何十年もいき、2度目の生の終着を辿ったとき。

なんて下らない人生だったのだろうと後悔した。




世界はしかし、何にも飽いていなかったらしい。
私は、3度目の人生を得た。

変な男に連れてこられた、“その”世界だった。

下らない前世と同様の男として生まれた。
オルテ帝国の平凡な一家庭に誕生した。
なにか負うべき責務もなく、意味も付随されない。

だが、何故かそれが開放的だった。
前世は意味を失った、その前は無情の死に人生自体が意味の無かったものなのだと無理矢理納得させた。

今は、今は。
なにもない。

なにもない。それが嬉かった。
失うものもなく、ただ空っぽ。
これからきっと、空っぽのそこには色々なものが入ってくる。

それが楽しみで仕方がなかった。
もう、死を求めなくともいい、もう死を否定しなくともいい。
死とはきっと平等で、きっと運命的なのだ。

今、私は生きている。
そうして、死を待っている。
死を認識したことで、それに対する生きる意味の否定はなくなった。

少女だったころの死は確かにいまだ自分のなかで影を落としている。全否定された苦痛、意味のないものとして死の事実を受け入れたこと。

その過去は変えられないが、この3度目の生ならばきっと、その死も意味あるものとして納得できるだろう。

空っぽにいれていく。
為せなかった少女の羨望を、与えられなかった青年の愛情を、
ただ、悔いのないように生きたいと思った。