- ナノ -






一本の矢を放って、完全に動きを止めたと思ったら、そうでもなかった。
彼の提案であの人間は生かしておいた方がいいという事だったが、豊久殿のその人間に対する戦意は衰えていないし、それは相手もそうだった。

肩に矢が刺さったことに大層動揺していたが、直ぐに冷静さを取り戻し、武器を失い好機を見逃しつつも必死で抵抗する姿。
それに豊久殿も刃を首に向けた。
大将首は要らぬといっていたが、その男の首は取るようだった。

確かに強い。恐らく大将より格段に。
身軽な動きと力強い筋。
そうして相手の弱点を見抜く眼力。

そうして諦めぬ闘志。
見事な冷静さをもって最後の手をうとうとする姿には驚きさえした。
雑魚ばかりかと思ったいたらなんという隠しだまがあったものだろう。

既に矢を射る体制に入っていた。矢数は3本。これなら確実にその戦意を全て剥ぎ取れるだろう。
殺しはしない。私も、惜しくなっていた。
あの人間が仲間に加わるのなら、面白いことになりそうだ。

意識を失う直前、上がった口角に何か楽しげな雰囲気を感じた。


えるふの村からも撤収し、その人間の気絶した身体を持ってきた。
運ぶのは豊久殿にやってもらったのだが、どこか不満そうだった。
確かに己の退治した相手を助けに持ち帰るのも、どうかというものだろう。

しかし話を聞いてみれば“首が取れなかった”。それが不満の原因らしい。
今は取る気はなさそうだが、それは少々場違いなことをしてしまったと思った。
彼らにとってはそれに命を賭けるほどの戦場だったのだろう。それを横から突っついてしまったことは確かに感じるところがあった。
だが、殺されては困るものだったし仕方がない。


廃城に連れ帰り、治療し城にあった牢屋のような場所に放り込んでおいた。
丁度いい寝床のようなものがあったのでそこに寝かせておいた。
しかし、問題なのが初めに撃った矢の鏃だった。
どうにも刺さり方が悪かったらしく、鏃だけが肩に残ってしまった。

彼は戦力にと考えていたらしく、それでは都合が悪い。
少々手荒い処置ではあるが、その肩から鏃を抉り出すことにした。

その日の夜に牢屋へ行った。
放置すると様子が酷くなったり、逆に傷が塞がる可能性がある。そうすると鏃が取りづらい。
物が動いている気配がしたので、どうやらもう起きているようだと検討をつけて扉を開けた。

しかしそこには動かない男が一人いただけで物音はしなくなっていた。
男は若く、身体つきもいい。そのために抵抗しても容易に捉えられるようにと腕を後ろで纏めていたが、起きているとなると面倒だ。
それも、寝ているふりとなれば、尚更。

近づいて気付かぬふりをするその男のこちらに向いていた肩の傷を抉った。


その後は下手な探り合いがあり、観念した彼が私の説明と指示に従った形になった。
怯えた様子の彼に、どうしてか加虐心が擽られた。

押さえ込んで、冷静そうに繕う言葉とは逆に反応は素直だ。
予測できない事態に恐怖し、そうしてこれから来る痛みに怯えている。
その様子がまじまじと見れたから、なんだか楽しくなってくる。

せっかくだからと帯を外して口に巻いてやる。
それも大人しく受け入れたが、いくらでも叫んでいいというのは詭弁だ。
きっと、こういう彼のことだから、叫び声は極力抑えるようにするだろう。
そうすると、ちょっと物足りないかなと思ったのだ。
折角だから思いっきり叫べばいい。

にらめ付けるような目付きに、胸が躍った。

「じゃあ、いくよ」

流血している部分にまずは指を突っ込む。
ぐちゃりと肉を掻き分ける音がして、彼の身体がビクリと痙攣した。
それにかまわず傷口を広げれば、小刻みに動き出したが、大きく拒否するような反応はしなかった。

「ぐ、ふ、ぅ」
「……痛いなら我慢しなくていいよ」

必死で痛みに耐える姿を見て、愉快になる。
うん。なんだか彼はこういう顔が似合うみたいだ。
決して私がそういう趣味というわけではない。

更に抉っていく、鏃は意外と大きい、小さな隙間では取れない。
随分大量の血液があふれ出して、中身もだんだんと見えてくる。
尖った部分が指に触れる。

「ッッ、ぅぁ゛」

苦痛の叫びはまだ上がらない、なんだか焦れてチラリと様子を伺ってみれば。
驚いたことに泣いていた。

成人した男が、屈強な兵士が、豊久殿と対峙し、それでも最後まで拳を振りかぶった殿方が。
口を巻いた布に噛み付いて、涙を流している。

「――いいな」

いいなこの人。

うん、気に入った。
えるふの彼らが嫌だといっても、彼を仲間に引き入れよう。
絶対面白い。

ゾクゾクと背筋が痺れるのが分かる。
とても気に入った。