- ナノ -






背中に走る痛みでいつぶりか意識が覚醒した。
目覚めた時は、また転生でもしたか。というノリだったが、どうやら違うようだった。
身体はいつもどおりの短い髪に、身体は成人男性のものだ。
上半身が裸で、見れば包帯が巻かれていた。

辺りは薄暗く、視界がはっきりしない。
窓から零れる月明かりが青く部屋を照らしている。
場所は、牢屋のような場所だ。
何もない石造りの狭い部屋で、ベットが一つおいてあり、そこに寝ていたらしい。
どれほど寝ていたのだろうか、日にちが分かるものがまったくないので、どうにも分からない。

そうして、最重要事項がある。
俺、なんか両腕が後ろで頑丈に纏められてるんだけど。
簡単に言えば、肘を曲げられて両腕が重なるようにさせられた上、二つを纏めて布のようなもので縛り上げられている。
足は自由になっているが……俺、完全に捉えられてるよな。

死んでいなかったことには、もう本当に泣くほど嬉しいが、不安がこみ上げる。
どうなるんだろうな、俺。もしかしたら拷問とかされんのか? うわぁ、無理だわーグロイのとか無理だわー。

しかし、逃げようにも牢屋にはお約束の鍵が掛かっているようだし、窓は丁寧に鉄格子だ。
詰んでるよな。ああ分かってる。
とりあえず、様子を見ようとベットから降りようとすると。

物音が聞こえた。
猛烈に焦って再びベットに身を横たえる。
やばい、寝たふりをした方が良さそうだ。寝ていれば拷問の時間は避けられるだろう。
まぁ狸ね入りが何度も通じるとは思えないから、きっと数回が限度だろうが。

『……あれ、寝てるのかな。そろそろ眼を覚ますかと思ったんだけれど』

若い声だ。
高いが、恐らく男だろう。少年のような響きだ。
だが落ち着いていることから考えて、あまり油断しないほうが良さそうだ。
言葉は日の本言葉。漂流者だろう。
もしかして彼だろうが、俺を後ろから射ったのは。
矢は身体の大きさに関係がない、声色からして体つきも小さそうだが、それでも弓なら引けるだろう。

どんな人間が気になるが、寝ているふりをしているわけだから眼を開けるわけにもいかない。
眼を閉じていると、足音が近づいてくる。

『そっか。まぁ逆に都合がいいかもね』

え。都合がいいってなんだ。
途端に悪寒がする。
くそ、なんで日の本言葉なんだよ。嫌でも意味がわかっちまうじゃねぇか。
まだ他の異国語だったら俺もわからないままだったのに、理解してしまうとそれはそれで怖い。

だが、それを悟られるわけにもいかない。
ジッと息を潜めて待つと、その人間の手が俺に触れた。

『じゃあ、ちょっと我慢しててね』

何処か笑っているような色を感じさせる声が聞こえた瞬間、電撃のような痛みが肩から走った。

「あぐぁ!?」
『あ。やっぱり起きてた。えーと……』

悪気がまったくない声は何かを探しているようだったが、こちらはそれどころではなかった。
肩が猛烈に痛い。
傷に塩を塗られたようだ。実際にやられたことを言えば、傷口を抉られた。
こう、ぐりっと、驚きと痛みで狸寝入りのことを忘れて声を上げてしまったが、相手は狸寝入りは重々承知だったようで平然としているし。

なんだってんだともう我慢せずに横になっていた首を回して相手を見る。
そこには髪の長い少年がいた。
姿はやはり昔の時代の装束で、全体的に白い。
美しい容姿をしていて、身長も低いようなので女と見間違えてしまいそうな外見をしていた。
長い黒髪をポニーテールにしており、懐から何かを取り出していた。

あれは、札か?

それをペタリと自分に貼り付けると、こちらにまた向き直って口を開いた。

「ドーモ、コンバンワ。通じてますかね」
「!?」

流暢な口調で喋られた言葉はこちらの言語だった。
なんだあの札は。漂流者はいつからそんな共通言語手段を手に入れたんだ?
いや、今はそんなことを気にしている暇はない。
本格的に逃げなければならなくなってきたようだ。

肉弾戦ならこの少年にだったら勝てるだろうが――何せ今は両腕がお留守だ。
寧ろ強制的に閉じ込められているわけなのだが、どうするべきか。

「あー、そんな警戒しないでもいいよー。ただちょっと治療しに来ただけだから」
「ち、治療……?」

一言で言おう。そんなん信じられるか!
しかしまったく警戒心がないような声色と面持ち。
それに相手は少年だ。まだ歳若い。

警戒心を緩める要素は詰まっているが。
たぶん、駄目だ。
ここで警戒心を緩めてもいけないし、逆に反撃に出てもいけない。
矢を放ったのは彼だろう。そして怪我の治療という言葉も嘘ではなさそうだ。
ということは彼は俺の弱点――怪我を負っているところを把握しているわけであるし、先ほどは見事に抉ってくれた。

それに、眼が怖い。
時折、いた。こういうのが。
戦闘狂とか、そういう部類の人間だ。
戦国の世に、ああいうとち狂った時代に現れる変態。
たぶんその一種だ。コイツ。

「暴れないんですね」
「……治療してくれるんだろ?」
「ええ。 なんだか、あの人がアンタを生かしておいた意味が少し分かったかもしれないね」

ほくそ笑むその顔は、確かに歪んでいた。

……怖い! ものすごく怖い!
ああ、もう勘弁してくれ! 俺、こういうの一番苦手なんだ!
黒歴史が猛烈に刺激される! 
“あの人”もこんな顔していたのだ。殺し殺されの戦でこんな顔、大勢予定通りに虐殺してこの笑み。
彼よりはまだマシな方だが、それでも恐怖しか感じられない。

「そんな顔しないでくださいよ」
「別に、そんな顔なんてしてねぇよ」
「強がりだね。ほら、右肩出して、この矢だけ鏃(やじり)が埋まっちゃって。今から取り出すから」

普通の顔してとんでもないことをいう。
鏃を取り出すだって? そんなの、身体から銃弾取り出すより難しいぞ。
鏃とは矢の先についている尖った鉄の部分のことだが、それは銃弾と違って円柱ではなく形が三角だ。
それは貫通性が良いということだが、同時に何かに埋まったとき抜けづらいということだ。
身体に入ったのなら、身体から抜けづらい。

それを、取り出す。
嫌な予感しかしない。
抵抗するのは意味がないので、大人しく右肩を出すが、内心は怯えきっている。

傷口を抉ったのは、こういう意味があったのか。
両腕を封鎖させられているので、分からなかったが身体の中に鏃が埋まっていたとは。

肩を出す、そこからは抉られた為に流血している。
それだけで痛いが、鏃を意識すると、確かに違和感が肩に埋まっていた。
きっとこのままにすれば衛生面でよくなく、膿むだろう。そしてもし膿まなくとも肩が使い物にならなくなるだろう。
そういうところを射られた。

従順な様子に少年は柔らかに見える笑みを見せると、そのまま右肩に手を添える。

「いいね。あ、そうだ」

何を思ったか、肩に添えた手を離して自分の腰に巻いた布状の帯を外し始める。
解かれて長い布になったそれを二重にし、幾分か太くなったそれを手に持った。

「口開けて」
「く、くち?」

そうして俺の頭を持つと、丁重にベットから数センチ浮かせて轡(くつわ)のように開けた口にぐるぐると布を入れ込んで頭で縛った。
これは、もしや俺の悲鳴対策か。
その予想は当たっていたようで、朗らかそうな笑顔をした彼は、陽気そうに言った。

「大人しくしてたご褒美。いくらでも叫んでいいから」

人の良さそうな顔をしてそうのたまう少年に、絶対に叫んでやるものかと決意した。