- ナノ -
なな 


“彼”がここにやってきた。
この物語のキーパーソン、いや、主人公。
物語を駆け、そうして運命の糸を辿る記憶なき死者がここを訪れたのだ。

「シセル……さん、私を連れて行って」
「! 君は……」
「彼の、クネリの友人みたいなものよ。私もちょっとばかりこの事件の関係者なの。死んじゃったけどね」
「まぁ私も死んでいるのだが……。関係者なのか? クネリ」
「……ええ。そうです。どうぞ、彼女も連れて行ってあげてください。きっと助けてくれるはずです」
「ふむ……」

黄色い髪に、黒いサングラス。赤いスーツを着た彼は少々悩んでいるようだった。
私を連れて行くか、どうか。確かにいきなり現れた女を連れて行くような彼ではないだろう。
クネリには……きちんとした説明はしていないからこれ以上のフォローは期待できないだろう。

ただ、“この事件を追う”としかミサイルには話していない。
きっと彼は戸惑い、迷っているだろう。なぜならば私は10年前とは違う、イレギュラー。
私が関わることで、想定外のことが起きるかもしれない。
……いや、彼の場合、私が死んでしまっていることのほうが気がかりのようだが。

なかなか首を縦に振らない彼に、私は切り札を取り出した。

「私ね、自分を殺した犯人を追っているの」
「“自分を殺した犯人”? それは、その犯人の検討が着いているということか?」
「ええ。私は貴方と違って記憶を失っていないから。
 私を殺した犯人は――貴方よ」
「!?」
「なっ、なんですって!?」

ミサイルの地が出ているが、シセルは驚いてそれどころではないようだ。
そう、私を殺した犯人は彼だ。
なぜなら、黄色い髪にサングラス。赤いスーツを着た彼に殺されたのだから。
今の彼の姿はその犯人とまったく同じだ。

冷や汗をかいている(死者なのに)シセルは、驚きに身を震わせながら口を開いた。

「な、なぜ! なぜ私はそんなことを!?」
「知らないわよ。でもはっきりいえるわ。私は貴方に殺された。
 黄色い髪、サングラス。赤いスーツ。見間違えるわけがないわ」
「そ、そんなはずは……、いつだ。私はいつ君を殺した!?」
「すごい質問ね……残念ながらそこまでは覚えてないわ。さすがに、殺されたときの記憶ははっきりしないの。
 ただ、その中で唯一はっきりしているのは――貴方に殺されたってことだけよ」

指まで指してみると、たじろぐように一歩後退すると、大きくため息をついた。
その様子をジッと見ていると、ゆっくりと顔をあげた彼は言った。

「いいだろう。……私も“私”の記憶を追っている。その解決に君が手伝ってくれるというのなら」
「ええ、もちろんよ。今夜の事件に“貴方”も“私”も関係しているみたいだから。
 貴方が追うものを私も追えば、貴方のことも、私が殺された理由も、何もかもがはっきりするでしょう」
「……そうだな」

考え込むように頷く彼の気持ちは、なんとなく分かる。
記憶を失い、それを追っている最中に自分が殺したという人間が出てきたら――それは色々思うところがあるだろう。
ちょっとばかり嘘をついている罪悪感を感じないでもないが、仕方がない。そんな格好をしている彼が悪いのだ。

シセルとの会話を打ち切り、ミサイルに向き合う。
彼は少しばかり憔悴しているようで、クネクネとせわしなく身体を動かしている。

「クネリ……貴方と話すのは、これで最後になるかもしれないわね」
「カナリア様」
「そんな声出さないでよ……私も寂しいよ。こうしてしか逢えなかったけど、私はすごく嬉しい。
 頑張ってくれていた貴方に、お礼も出来ないなんてもっと寂しいもん」
「カナリア様、うう、私はやはり貴方をお守りすることが出来ないのですね……」
「そんなことない。そんなことないよ」

撫でると、キィキィと金属の擦れる音がする。

ミサイルが何も守れなかったはずがない。
彼は守っている。この10年間を、必死で。
それに、私のことなんてどうだっていい。
私のことは、守らなくたっていい。

「……お別れは済んだだろうか」
「ええ。もう大丈夫よ。ごめんなさいね、待たせてしまって」
「いいや……」
「カナリア様、シセル様。どうぞお気をつけて……」

丁寧にお辞儀するクネリと別れる。
きっと、もう話すことはないだろう。

「カナリア、というのか。君は」
「そうよ。貴方はシセルっていうのね。綺麗な名前」
「……本当にいいのか? 私は君を殺した犯人なのだろう? そんな相手と一緒に犯人の記憶探しなど」
「いいのよ。どうせ、一人では何も出来ないし。なら、犯人だろうとなんだろうと一緒についていってみるのも、一つの冒険よ」
「分かった。なら、一つ約束させてもらおう」
「なにかしら?」

首を傾げれば、純粋な彼の視線がこちらを射抜く。
サングラスに隠されているというのに、こうも真剣さが伝わってしまうのは、きっと彼の性格ゆえだろう。

「記憶を思い出せたなら、君を死の運命から救うと約束しよう。
 君は悪人には見えない。私は私の過ちを変える」
「……」

潜んでいた罪悪感がまた刺激される。
真っ直ぐな想いと言うのは、隠し事を持った人間の心に刺さる。
私は、彼のいうような悪人でない人。ではない。
そう見えないだけで、きっと誰よりも悪人だ。

数々の悲劇を見てみぬふりをして、悲劇の先にある救いをただ夢見て一人縮こまっている。
そんな人間、助ける価値もない。

「……そうね。きっと、きっとよ」

きっと、救い出して。
私じゃない、10年前からの悲劇を受けた被害者たちを。

mae ato