- ナノ -
ご 


「知らない。木箱なんて」
「……」

黄色い、尖がった髪に、サングラスに赤いスーツ。
あの人だった。
私の記憶に鮮明に、しかし色あせて残っているあの人。

この運命の代行者で、このシナリオを筋書きどおり進めようとしている張本人。
私のお母さんを殺した人。家族の運命を狂わせた人。

私の――真実を伝えなくてはならない人。

「なら、用はない。アンタに恨みはないが、その頭脳は危険なんだそうだぜ。それに、俺もアンタを生かしておくと碌なことにならなそうな気がする」

冷たい声色だ。淡々としていて、感情が感じられない。いや、どこか強い口調ではある。サングラスの奥には、どんな瞳があるのだろう。
突きつけられた銃口に、まったく恐怖がわかなかった。
ただ思うのはこれがどうして5年前ではなかったのだろうということ。

「一言、言わせてください」

怖くなんてない。後悔しかない。
でも、悲しい。しかし嬉しい。
私が死ぬときが、この人の目の前でよかったと思う。

立ち上がって、彼の目の前へ行く。

口を開けようとした瞬間。
目の前が真っ白になった。
ああ。撃たれたんだな。と思った。



しばらく、気絶していたらしい。
生きているのかと思えば、そうではなかった。
私は、魂だけの存在になったらしい。死者の力を使える彼らと同じようなモノに。
そういえば、あの人の身体にもアシタールが入っているんだっけ、と今更ながらに思う。

とりあえず、私の魂はどうなっているのだと、手を伸ばしてみると案外長く手を伸ばすことが出来た。
簡単にいうと、移動距離が長かった。だがその代わりとでもいうようにモノを動かしたり、移動させたりする力はからっきしのようだった。

見てみれば、私の死体がポツンと一つ。
血に塗れて、一室を無残な殺人現場へと豹変させてしまっている。
しかし、よく見ると瞼を閉じていた。私は、目を開けていたはず。
魂だけの存在の中で、自分の形を作り出して目もとを触ってみる。
もしかしたら、もしかしたらあの人が目を閉ざしてくれたのかもしれない。


私は死んだ。予想通り。望み通り。
この部屋に彼が来ることは予想していた。オルゴールを――銃という証拠品を回収しに来たのだろう。
ジョードの死刑が覆らないように。
しかしここにはすでに木箱はなく、私だけがいた。
私はもちろん木箱なんて知らないし、それ以前のこの部屋には既にない。

彼は私の頭脳が脅威と言った。そうして彼自身も私を生かしておいていいことはないといった。
どうしてそのような評価になったのか。
おそらく、私がカバネラ刑事と親しくしていたからだろう。いいや、捜査に協力していたから。

ある意味では彼と一緒に“アヤツル者”を追っていたといっても過言ではない。
それに、それ以外でも彼から話をきいていらぬ世話を焼いたりだとかもあった。
だから私も邪魔な存在として認識されたのだろう。

魂だけになった。
パパもママもいなくなり、お父さんもお母さんもいなくなり、ついには身体もなくなったか。

結局、ついに彼に真実を伝えられなかった。
私が伝えなければ誰が伝えるのだろうか。
ジョード? カバネラ? ……いいや、違う。

誰が、ではなく。私は伝えなければならなかったのだ。
だから、私は今日、あえてここにいた。
他のシナリオを邪魔しないために、死ぬために、彼に会うために。

会って、私から告げなければならなかったのだ。
それで今更何かが変わるわけではない。
それでも、言わなくてはならなかったのだ。
私が――貴方の子供だと。
貴方の家族は、ここにいると。

mae ato