- ナノ -
じゅういち 『真実は、』


物語は終わる。
ミサイルやシセル、そうしてヨミエルの力が合わさり、10年前の過ちはただの事件として閉幕する。

そうして、私の10年間も終わる。

「結局、君の正体は最後の最後まで分からなかったな」

シセルが元の姿に戻り私に言う。
彼の本当の姿、可愛らしい黒猫の姿。
10年間は更新された。
彼も、記憶を見つけられた。
なら、私も隠すことはもうないだろう。

想いも、姿も、全て。
幸いに、ここにいる人たちは知る権利がある。
いいや、きっと本当は関わった人全てに権利があるはずだ。
だが、私の姿を知っても幸せにならない人たちがいる。
たとえばリンネ、たとえばカノン、たとえば、ジョード。

本来の姿を頭に思い描いていく。
何度も鏡で見た。
黄色髪を、黒い瞳を、幼い顔を。
笑顔を作るために、笑顔になるために、あの人を忘れないために瞳に刻み付けた。

にこりと、笑いなれた笑顔を作る。
そうして、今まで一番笑いかけたかもしれない人に、笑みを送った。

「私は、カナリアだよ。ねぇ、お父さん」
「そ、その姿は!! ど、どうしてッ、お前はオナクナリ通りにいるはずじゃあ!」
「!? あ、アンタだったのか!」
「カナリア様!? どうしてここに!」
「ど、どういうことだ。皆は彼女を知っているのか?」

一人困惑するシセルをおいて、二人と一匹は私の“本当の姿”に大いに反応した。
ジョードやミサイルは駆けつける始末だ。
ジョード、いや、お父さんは膝をついて私を抱きしめるが、それは私の魂だ。
それを知らない彼ではない、顔は悲しみに満ちていて、ただ私に問いを投げかけてくる。どうして死んでしまったと。
ミサイルはただただ困惑しているようで、私たちの周りを駆け回り、私の名前を叫んでいる。

随分と小さな身体になったものだ。ただちょっと首を上げればよかっただけのお父さんとの距離も、こうして膝をついてもらわないと顔を正面に見れない。

「お父さん……ごめんね。嘘ついて」
「……そうか。オナクナリ通りにいるといったのは、カナリアだった」
「うん。本当は、死んでたの。でも心配かけたくなくて」
「カナリア様、そんな! 僕は、カナリア様を守れていなかったのですねッ」
「そんなことないよ。ミサイルは守ってくれたよ……リンネとカノンのこと。私はそれだけでよかったの」

お父さんに抱きつくと、温かい温度が伝わってくる気がした。
お父さんも抱きしめ返してくれて、痛いぐらいだった。
大きくて温かい。そういえば、5年ぶりだ。お父さんに包まれるのは。
5年間、彼はずっと独房にいたから。

抱きしめて離してくれないお父さんの背を叩いて、どうにか手を離してもらう。
飛びつく勢いで話しかけるミサイルの頭を撫でて、そうして、彼を見る。

「……ヨミエル、さん」
「……ヨミエルでいいさ」

妙な緊張感。それを感じ取ったのか、静まる空間に、たまりかねたようにシセルが口を開いた。

「カナリア、聞きたいことはたくさんあるが、君は確か最初に、“私”に殺されたといったな」
「!」
「な、なんですとッ!」

シセルの言葉にお父さんとミサイルが反応する。
シセルの言葉の意味は、少し考えれば分かることだ。
最初――つまりシセルがまだ“彼”の形をとっていたとき、そのときのシセルに殺された。ということは。
つまり、目の前にいるヨミエルに殺された。ということになるのだ。
ヨミエルは、何もいわない。ただ、真実を受け止めるように私を見つめていた。
そう、銃口を向けられたあのときのように。

緊張の糸が張り詰める。瞬間に、少し笑った。

「ふふ」
「カナリア?」
「ごめんね。シセル。それ、嘘よ」
「……何?」
「私は、確かにヨミエルに用があった。でも、一人じゃどうにも出来なかった。
 だから、シセルに嘘ついたの。私が死んだのは、彼のせいじゃないよ。ちょっと、事故にあっちゃっただけ」
「だ、だが!」
「シセル」

未だに食いつくシセルに、ただ微笑みかける。
そう、アレは事故だ。
だって、きっと、彼は。

「ヨミエル」
「……なんだろうか」
「私の目を閉ざしてくれたのは、貴方?」
「……ああ、俺だ」
「そう……ありがとう」

嬉しくて笑うと、彼は僅かに口元をゆがめた。それは確かな苦痛の色だった。
ほら、こんなに優しい人だもの。
きっと、真実を知っていたら。

私を殺してなんていなかった。

だから、あれは事故だ。
私が伝えられなかったから。天罰だったのだ。

黄色い髪が、目に入る。
明るい色だ。なかなかこんな色をした人もいないだろう。
リンネの赤と同じ、綺麗な色。
私と同じ、髪の色。

「カナリア、もしかしてお前は……」
「うん。そうだよ。ありがとうお父さん。私を愛してくれて」

そう、お父さんだけは真実を知っている。
私は、ジョード夫妻の子じゃない。

彼は、罪悪感に駆られ、一人残った子供を引き取ったのだ。
私は前世からの記憶が続いていたから、その真実を知っていた。
覚えている。彼の苦しそうな顔も、赤子に向けた贖罪の言葉も。
彼の気持ちも、その罪悪感の重みも。

でも彼らはちゃんと私を愛してくれた。
罪悪感に駆られ引き取った子としてではなく、己の子と同じように家族として迎え入れ、カノンの妹として扱った。
嬉しかった。もう、家族なんて出来ないと思っていたから。
救われた、彼らに。だから、私は彼らを助けたかった。

「私たち、あのときが始めてじゃないですよね」
「……やはり、気付いていたのか。5年前も」
「5年前だって!?」

五年前。そのワードにお父さんが反応する。
そうして気付いたらしいシセルやミサイルも。
そう、五年前といえば、お母さんが亡くなった時期。
誕生日を祝うためのカラクリが細工され、その銃弾がお母さんの命を奪った年だ。

「アンタは、銃弾の前に飛び出してきた。あのまま行っていたら、確実にアンタの命を奪っていた」
「……そうですね。直前で、軌道を変える銃弾が見えました」
「ああ、あの時は驚いた。咄嗟に時間をとめたから間に合ったが……」

「(どうして、)」
「何?」
「(どうして私を、)ヨミエル」

違う。こんなことを言いたいんじゃない。

言いたいことは、これではないのに、罪悪感が膨らんで、張り裂けそうになる。
考えてしまうことは、皆に伝わる。
シセルやミサイル。お父さんにまで伝わってしまう。
それは駄目なのだ。きっと、彼らは私を慰めてくれる。
そんなことは望んでいない。許されることなど言語道断だ。

この気持ちは押さえつけよう、今は、そんなことを伝えたいんじゃない。

「カナリア」
「……シセル」

でも、彼だけは感じ取ったらしい。
近づこうとする彼を一瞥して、首を横に振る。
大丈夫。平気だから。
大丈夫。平気。でも。

「シセル。約束はきっとすでに果たされたけど」
「……」
「約束が消えちゃった代わりに、私に勇気をちょうだい」
「は……ゆ、勇気?」
「うん。頑張れって、思ってて」
「わ、分かった。(が、頑張れ……これでいいのだろうか)」

うん。それでいいよ。ありがとう。これで、きっと頑張れる。

もう一度ヨミエルに向き直る。
待っててくれている。私をずっと見つめて、ただ耳を傾けている。やっぱり優しい人だ。

「五年前、そして今夜――貴方に言えなかったことがあります」

はぁ。と息を吐く。
緊張する、こんなに胸が苦しいのはきっとお母さんを見殺しにしたとき以来だ。
だけど、今回は違う。
あの罪に対する恐怖ではなく、真実を伝える勇気を振り絞るための苦しさだ。

「貴方は、この10年間。一人ぼっちで、ずっと、誰にも存在を知られずに生きてきた――きっと、そう考えてると思う」
「……そうだ。俺は10年前に死んでから、ずっと一人だった。シセルと共に、ただ闇を生きてきた」
「……うん。そう、そう……だよね。10年間、見つけられずに、わ、私が、見つけられなかったから」
「どういう、ことだ?」

手を握り締める。
大丈夫。大丈夫。やっとここまで来たんだ。
言いたかった。言えなかった。死んだ殺された亡くなった消えた奪われた。
その一瞬が、そうされてきたこの瞬間がいまここにある。

「ずっと、ずぅっと、貴方のことを探してたの! 5年前から、10年前から……!
 言わなくちゃって思ってた。そうしたら、貴方の一人ぼっちの悲しみが、少しだけでもなくなるんじゃないかって思って……!」
「なんだ、アンタはいったい、“誰”なんだ!?」

焦燥した彼の声が聞こえる。
“誰”か。そんなこと、分からない。
ただ、分かっているのは。
私は、私が。

「カナリア。貴方のフィアンセだったシセルの、ママと貴方の子供だよ」

それだけ。
ポロポロと、涙が零れて消えてゆく。

mae ato