- ナノ -
きゅう 


舞台はついに潜水艦へ移った。
最後の舞台――その一歩手前へ。

そこで起こったことは単純だ。
赤い男が裏切られた。

私たちはそれに巻き込まれたような形で、潜水艦に取り残され、そうして彼――赤い男と出会った。
私を殺した、私の大切な人と。

彼は、死者の力について独自の解釈をくれた。
そうして、復讐の意味も、そうして行動の意味も。

潜水艦の中、トリヒキ相手に裏切られた彼の運命は一本道だ。
このまま、潜水艦の中で魂を閉じ込められて、沈黙する。
彼女はそれを彼の今までの10年間だといった。
それぐらいの苦しさを、味わっていた。

そうだ。だから、
それから少しでも助けてあげたいと、私はこの10年間、彼を必死に探し回った。
誰にも言えず、ただただ彼を探し回った。
黄色い髪を、黒いサングラスを、赤いスーツを。共にいるであろう赤いスカーフを巻いた黒猫を。
しかし見つからなかった。こんな小娘に見つけられるほど、彼は人間として動いていなかった。

きっと、どこかで苦しんでいる。
愛する人を亡くして、一人で、悲しんで絶望して。
なんで見つけられなかったんだろう。どうして見つけてあげられなかったんだろう。
私がいたのに。私はいたのに。
一人で、新しく出来た愛しい人たちに縋って生きて。

「……カナリア?」

赤い男の登場で、自分の姿が分からなくなり形を保てなくなったシセル。
サングラスだけが彼を表すもので、他は全て青い炎となって消えてしまっている。

いいや、それは私もだ。
前世の姿は、とても居心地がいい。これが本来の私の姿だとでも言うように。
しかし、違うのだ。
この世界での本当の私の姿は“これ”ではない。
ここにきて、それが実感できる。
身体が姿が保てなくなる。いいや、駄目だ。

「どうした、おい!」
「シセル……」

身体の輪郭がゆれる。
炎の姿になってまでも、心配してくれるシセルの気持ちが嬉しくて、心が痛かった。
そろそろ、限界かもしれない。
騙しとおせるのは。

「……そういえば、そこのアンタは誰なんだ? 見覚えのない顔をしているが」
「……」
「殺したニンゲンの顔も覚えていないのか?」

シセルの尖った声が聞こえる。
こんな声を聞くのは初めてかもしれない。なんだかんだといいつつ、彼はいつもどこか余裕を持って物事を切り抜けてきた。
しかし、赤い男の主張も当然だろう。彼は“私”を見たことはない。

「殺した……? 俺が殺したのは――」
「ヨミエル、さん」

駄目だ。
駄目なのだ。
今は、そのときじゃない。
ここには、彼女たちがいる。
見てみれば、心配気な顔をして事態を見守っているリンネとカノン。
彼女たちには聞かれたくない。いいや、聞かせてはいけない。
こんなとき、一対一の会話が出来ない体質が嫌になる。

本来の身体を失い、機械でどうにか身体にしている赤い男――ヨミエルが驚いたようにこちらを見る。

「俺の名前を知っているのか……アンタ、何者だ。俺はアンタのような娘を殺した覚えはないが」
「ええ。でも、私は貴方に殺された覚えがある……もうそろそろよ。きっと、すぐ分かる」
「カナリア……? やはり君は、何かを隠しているのか」
「……うん。ごめんね。でも、後もう少しだから」

シセルの視線が突き刺さる。
やはり、彼は最初と同じように純粋なままだった。
さまざまなことが起き、そうして人の身勝手さや真実を知っていった。
しかし彼はそれでも前へ進もうとしている。
それが、羨ましくて仕方がなかった。

「カナリア」
「なに。シセル」
「約束を覚えているな」
「……」
「私は約束を違える気はないぞ」

「……きっと、きっとよ」

きっと、この10年間を変えてみせて。
私に希望を見せ付けて。
そうしたらきっと、私も救われるだろうから。

きっと、きっと。

mae ato