- ナノ -


05.虎と狼

まず最初に私達は地主の元へ訪れた。
村人たちからは止められたが(それっぽい事情があると説明していたため)、ずっとこのままでもいられますまい。と言いくるめた。
彼らからは居候として同じような仕事量、私にいたっては怪力でそれ以上の仕事をこなしていたためかなり好意的に見られていたようだ。それに貂蝉の美貌だ。悪いようには見られていなかっただろう。

そうして地主のとこへやってきた。やんごとなき身分のお方だ。といって話を通した。
貂蝉の名は出さなかった。ただ、言伝でいつか迎えにくるものがあろうと説明をした。
そんなことでは説得も出来まいが、そこは貂蝉の嘘泣きと私の力がものをいった。要するにごり押しだ。

地主の屋敷でそれほど悪い扱いも受けず、日々を過ごす。
貂蝉の美貌は、当たり前のように屋敷の端々へ、地域の端々へ届いた。
村人達に居を借りていたときは、知れ渡ってはならない事情があると断っていたので、貂蝉の容姿が村外に流れることはなかったが、今回は何も言っていないし、寧ろ触れまわして欲しいぐらいだったので好都合だった。

そして一ヶ月ほど経った頃、ある知らせが届いた。

「張遼というものが、姫を差し出せと」
「なかなか高圧的ですね。無理だとお伝えください」
「いいえ、相手はわが国の将軍ですよ。差し出さぬわけにはいけません」
「……なら、虎を十匹用意してください」
「は?」
「虎を十匹用意してくだされば。私が全てを倒します。なので手を引いてください」
「え、は。あ、あの、虎は少々」
「なら、狼を二十匹。全て倒しましょう。手を引いてください」
「お、狼ですか。それならば用意できましょうが」
「なら、よろしくお願いします。私の武を見て、手を引かぬとは申せませんでしょうから」

結局、虎も狼もやってこなかった。
私の断固とした態度に、どういっても聞かないと分かったのだろう。
まぁ夜中に実力行使をしようとした兵士をぶっ飛ばしたことも大きな要因だろうが。

「――その張遼というものが、どうしても姫と会いたいと申されるなら、自ら着ていただけるように計らいをお願いします」

そうとも述べた。いやはや、なんともまぁ不遜な態度の僕である。
しかし、その言に相手は答えた。
そう張遼がやってきているらしかった。

それを聞いた貂蝉は怯えた。
張遼に殺されるかもしれないためではない。私が張遼に殺される心配をしてだった。

「本当に張遼さまと対峙なさるのですか。あのお方も、幼い女人の貴女であったも容赦しないかもしれませんのに」
「容赦されては困りますよ。そうですね。心配なさってくれるなら、馬がほしいです」
「馬……私からお願いをすれば用意してもらうことは可能だと思いますけれど……」
「それから武器は要りません。使い慣れていないし、使い方もほとんど忘れてしまったので」

そういえば、貂蝉は酷く慌てた様子で何度もお止めください! と制止してきた。
それでも、私は断固として折れず張遼はここへやってくる。
貂蝉は最後、涙ながらに自分が首を差し出すと言ってきた。
だから、それでは意味がないだろうに。
彼女をなだめつつ、数日が経った。
ここへ、張遼がやってきた。


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