- ナノ -


04.酷い三文芝居

なぜこんなにも哀れな女をあの男は憎むのだろう。
まるで親の敵でもみるように、刃を向けて殺気をみなぎらせる。
しかもそれは、潔白なものではなく、ただ感情を詰め込んだもの。
そんなもの、戦場で見せた瞬間に他の将に討ち取られているだろう。
そんなへまを彼がするとは思えないが、それでも可笑しいことは確かだった。

「張遼……さんは、曹操軍に降ったんですか」
「はい。言伝によると、曹操に才を見出され、仕えるようにと」

結局、口調はこれに戻った。
下手に記憶のような喋り方をしても違和感しか自身も感じないし、何より村人に奇異の目を向けられるだろう。
姫の僕だというのに、口の利き方がおかしいと。
なので喋り方はこれにした。貂蝉から戸惑いの言葉があったが、それを呂布風に牽制すると絶大な効果があり無事に普通の言葉遣いに戻ることに成功した。

しかし記憶上、元部下ということもあってかなんだか張遼に“さん”付けというのが違和感しか沸かない。
張遼のことを聞くと、貂蝉は少し眉を下げつつ情報を告げた。
だが言伝ということは、ただの噂話というわけだ。実際そのとおりだろうが、それ以上詳しいことは分からない。
なんとか説得して“呂布を裏切った、だから殺されても仕方が無い”などという貂蝉の説得には成功したが、それでも張遼には引け目があるようで彼のことを口にしたときの彼女の顔は暗い。

彼女がまた張遼に狙われたら。抵抗は出来ないだろう。
負い目があるし、そもそも力の差がありすぎる。
なら、どうすれば張遼を止められるか。

「……貂蝉様」
「敬称などお止めください。なんでしょう、奉先様」
「なら、そちらも奉先などと呼ぶのはやめてください。私は生江という名ですから」
「……はい。生江様」
「貂蝉さん。私は、記憶にある昔もここにいる今も頭の幼稚さは変わらないようです。彼を止められる手段が一つしか思い浮かびません」
「というと、それは」
「彼は武に一際の誇りを持っている。それにて対抗すれば、彼も諦めざるを終えなくなると思うんですが」

生江様。と短く呼び止められる。
それになんでしょうか。と返せば、恐れを滲ませた瞳とかち合った。

「戦うというのですが、そのお姿で」

私だって、嫌だ。
とことん平凡を欲してきた。こんな異様な身体のままで、普通を押し通してきた。
だから喧嘩など一度もしたことがないし、暴力も幼い頃に振るって相手に大怪我させてからトラウマだ。
貂蝉を助けるために山賊の顔を崩壊させたのは今でも忘れがたい酷い思い出だ。

貂蝉は私の手を握る。柔らかな手だ。そして、私の手も。
労わるように、割れ物を扱うように優しく手を包まれる。

「貴女は、女なのですよ。本来ならば守られる立場で、しかも私よりも幼いではありませんか」

中学生のこの身は身長が145センチと低い。
それ故に怪力女などと(不意に力を見せてしまうまで)思われたことがないので、気に入っている。
だが彼女から見ればそんな幼い女が戦うなど信じられないのかもしれない。あんな力を見ておいても。

「それに」
「それに?」
「貴女と張遼様が戦って、もしも生江様が倒されでもしてしまったら、貴女も張遼様も私も誰も報われません」

耐えるように発せられた言葉に、また泣くのかと慌てた。
泣いている場面など飽きるほど見てきたが、それでも泣かれると焦る。
愛しい人が涙を見せていたら、気にしてしまうのが世の常だ。

私が倒される――つまり殺される。ないこともない展開だ。
戦いを恐れ、武を振るうことを拒否してきた私が彼に勝てる算段の方が少ないだろう。
刃は受け止められるかもしれない。奇襲となった張遼の刃も素手で受け止められた。

死にたくなんかない。当たり前だ。私は生きて帰るのだ。こんな物騒な世の中にいつまでもいられるか。

でも。

「貂蝉さん。もう一度言いましょう。私は過去も今も頭の幼稚さが変わらないのです。愛しい人の願いはなんでも叶えてやりたいし、信頼していた部下にその愛しい人が殺されるかもしれないなんて事態を見過ごせないのです」

こんな酷い三文芝居のような話がまかり通るぐらいなら、少しぐらい帰る時を遅らせてもいいとは、思う。


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