- ナノ -


08.信じて愛して笑って

決闘はさておき、遠乗りをすることになった。
もう戦うとかそういう雰囲気でなかったのが一つ。誰もいないところで話し合いがしたかったのが一つ。
なんといっても広場には地主や村人が集まっていた。貂蝉はなにかあってはならないと屋敷に残してきたが、他の野次馬はさすがにいたままだった。

そんな場所で彼の敗北を演出してしまったわけだが、彼は気にしてはなさそうだった。
それよりも、馬を操りながらぼうっとしているようだった。

「張遼様」
「様などとやめていただきたい。そのような立場ではございませぬ」

なんだか、こんな会話があったな。とデジャビュを感じつつ、ちょうど良さそうな木陰に目をつけた。
あそこにしようと声をかけると、ゆっくりと頷いた。

「……にしても、よく直ぐに信じてくれましたね」
「信じてなどおりませぬ。だが、無視をしてもよい事柄でないと考えた故」

突っぱねる張遼は、私が木陰に座っても腰を下ろす気はないらしかった。
幹の側面に身体を傾けもせずに立ちながらこちらに視線を合わせずに言った。
それを聞いて、泣いていたくせに、と思った私は武士として失格なのだろうか。

張遼は少しの無言の後、問うてきた。

「どうして死を求めたのですか」
「幼い頃は力がただ強い程度だった。だが大きくなるにつれ、それが人外じみたものになっていった。その力を求められた。養父を殺した。人を殺した。殺されても仕方がない恨みを買った。だが、俺はそれを許容できるほど強い人間ではなかったのだ。人を殺せば慄くし、養父を殺せば泣いた。殺されるかもしれないと思うと常々生きた心地がしなかった。ならいっそのこと一思いに死んでしまいたいと思うようになった。
 さすがに一軍の将などをやっていると、そんな考えを表に出すわけにはいかなかったがな」
「どうして貂蝉殿を怨まないのですか」
「彼女は唯一俺の弱い心を見抜き、そして許した。弱くとも良いと言った。それだけだ。裏切りなどは、どうでもいい」

信じてなどいないといっているくせに、信じたという前提の上で問いかけてくる。
低い声はしんとした辺りに響き渡り、的確に鼓膜を叩くが、彼の視線は明後日の方向へ飛んでいた。
いつかの誰かを思い出すように、そちらに誰かを思い描くように。
張遼は、呂布を想い、呂布を裏切った貂蝉を怨んでいた。それは変わらぬ忠誠の証だった。
だから、申し訳なく思った。

「張遼」
「なんでしょう」
「すまなかった」

ゆっくりとした視線がこちらを向いた。だが、私は視線を感じるだけで顔を見ることは出来ない。
上から焦った声が聞こえ。肩に手がかけられる。
下げていた頭を上げると、慌てた顔が今度は胸が詰まったような顔になった。

「……貴方は、呂布殿ではない」
「はい。そうです。私は、生江といいます」
「生江、殿」

おそるおそる、手が伸ばされる。
頬にふれた手だが、直ぐに引っ込んだ。

「私は、ただ呂布という者の記憶を持っている怪力の女に過ぎません。だから、貴方にこんなに仰々しく真実を語る権利はないのかもしれません。でも」
「……私のしてきたことは、呂布殿にとって、生江殿にとって、意味のないものでしたか」
「それは、貴方が一番よく分かっていると思いますよ。
 ――ただ、その行動のおかげでこうして二人の誤解を解くことが出来たのならば、私は嬉しい」

眉が下がって、張遼には似合わない情けない顔になった。
それを見て、少し笑った。
ああ、この世界にようやく真実笑った気がする。

「貴方が信ずる呂布が私が語ったものではならぬというならば、それでもいいです。でも、呂布は張遼を信頼していたし、貂蝉を愛していた。それだけでも信じてください」
「……わか、った」

ぷつりと糸が切れたように張遼はその場で膝をついたまま項垂れた。
私はそれを肩に手を置かれたまま、ずっと見ていた。
全て終わったかな。と思った。

prev 
back