張遼は驚いていた。私が武器を持っていなかったからだ。
それに途端の先制。ならば私の攻撃も当たるというものだ。
手綱を思いっきり引っ張り、いきなり全速力を出す。
張遼の隣を掠めるほどに近くにより、直前に足を馬の背に乗らせ、そのまま低空姿勢で蹴りを繰り出した。
咄嗟に両手に持った武器で張遼もそれを防いだが、それでも勢いは殺せなかった。
「なぁ!?」
「吹き飛べ!」
張遼の驚愕の声とともに、馬から宙へ放り投げられる体。
私は一回転してまた馬の背に戻り、それを張遼の元へ駆け出させた。
宙から地面に落ちるのは一瞬、いくら高く上げられたといっても、直ぐに行動可能になってしまう。
だからまた全速力だ。なに、地面に落ちてしまったとて構わない。
ただ、その顔をつかめればいいのだ。
地面にうまく着地して、構えをする張遼の元へ迫る。
彼もきっと油断していたわけではなかっただろう。自分の刃を受け止め、貂蝉を逃がしたもの。
しかしそれでも見た目から引き出される油断はどうしようもない。
馬を自在に操って、最短で張遼の元へ駆けつける。
刃を振り絞って、馬の足を切断しようとする張遼の寸前で、馬を高く天へ上げた。
天を眺めるようにこちらを見る張遼の、その顔へ手を伸ばす。
身体が小さく手も短い。届かぬだろう距離を、馬から滑り落ちるほどに身体をづらし捕まえる。
「さぁ、」
自分の手より大きな彼の顔を鷲掴みにし、跳躍する馬から更に飛ぶ。
そしてそのまま。
「俺の勝ちだ!」
地面へ頭から叩き付けた。
ピクリとも動かない張遼を見て、私はなんかやりすぎた気がしてきていた。
だって、いくら鎧を着けていようと、いくら鉄の帽子をしていようとも攻撃は攻撃、普通頭蓋骨が割れるようなやつだ。
思わず記憶のノリで彼と戦ってしまったが、まったくもって動かない彼にもしかして、という想像が生まれる。
顔は、見えない。私がまた手で覆っているし帽子がずれて顔を微妙に隠しているから。
手に持っていたはずの武器も片手はすべり落ちており、数メートル先に落ちている。
どうにか離していない片腕も、力なく広げられていた。
「おい、ちょうりょ――」
名前を呼ぶ寸前に、目にも止まらぬ速さで横腹に滑り込もうとしていた刃を、反射的に拳で打ち払ってた。
しかし今回は力のかけ方がまずかったらしい。
その刃は、無残に砕かれてしまった。
不意に、下から笑い声が聞こえた。張遼のだった。
「貴方は、呂布殿の子か何かですかな。こんな力任せの最強の武を扱えるお方は、呂布殿しか思い当たりませぬ」
「呂布は子を残さなかった。ならば俺は俺だ」
「……嘘で、ございましょう」
「ならばそう思うがいい。だが、勝てば私の言を信じてもらう約束だ」
「まだ……まだ負けてはおりませぬ」
顔を締め付ける手の手首をつかまれる。
常人にとっては強い力だが、彼がどれほどの力を持っているか知っている私からとってみれば弱い力が加わる。
だが強くとも弱くとも、外れはしない。私は自分の力にだったら持ちたくもない絶対の自信を持っている。
「ならば、そのまま聞け。
お前は思い違いをしている。いいや、勘違いとでも言うべきか。呂布という男はお前が尊敬出来るほど出来た男ではなかったのだ。身体だけが嫌に立派な、心の弱い男だった。男は曹操に敗れる前からすでに死を見つめていたのだ。それが貂蝉に出会ってから先に伸びただけだ。貂蝉がいなくなり、曹操に負け、部下達は己が運命とともにしようとしている。ならば、」
地面に押し付けられる張遼が歯を食いしばった。手首を掴む力も強くなる。
「男は嫌いだった。人を殺すも殺されるのも。そして近しいものには生きていてほしかった。
怨むなら、貂蝉ではなく俺を怨め張遼。だが、呂布という男はそれでも悔いはしないだろうよ」
手首を押さえる手が力なく滑り落ち、顔を抑える手が塗れたような気がしたが、きっと気のせいだろう。