- ナノ -
▼06

周囲の風景を見ながら、しかし足幅や速さは緩めずしっかりと歩くプランさんと、先導しているというのにどうも彼が気になってしょうがない俺は、15分ほどかけて目的地についた。
高級感が漂うビルは一階ごとにレストランなどになっており、普通のビルとは使い方が違う。
ビルのことを説明しつつ、目的地のバーのことも含め知っていることを話していく。
それを興味深そうに聞くプランさんは、こういうところに来たことはないのだろうかと疑問に思う。
彼ぐらいだと自ら行ったり、パーティで呼ばれたりしていそうだが。もしかして、見た目に寄らず普通の出身なのだろうか。
いや、そうするとプランさんの上品さに説明がつかない。
普通の生活してちゃあこうなりゃしないだろ。それこそ普通。

場所はビルの屋上。少々肌寒いが、準備をしてこなかった人にはコートも貸してくれる親切設計。
エレベーターから外へ足を踏み出して、寒い空気を身に受ける。
風も場所が高いせいか、少々強めに受けた。プランさんの硬い髪質の毛が僅かに揺れて、コートのすそもふわりと盛り上がった。
だがそれも一瞬で直ぐに無風に戻る。
床はコンクリートそのままではなく、石で出来ており、模様が描かれている。
奥には部屋のついたバーが設置されており、その周囲にパラスのついた席が数十席置かれている。
それも雰囲気のあるもので、少々財布の中身が寒くなるような気がした。

「ここ。久しぶりに来たなぁ」
「店も雰囲気がある」
「俺の知ってる一番いいとこ。かもな」

笑いながらそういって、それから店員に景色がよくみえるところをお願いして席へ案内される。
この圧倒される(主に財布が)高級感の中でも平然と辺りを見回しているプランさんはやっぱり予想を裏切らず、金持ちなのだろう。
俺がここを知っていた理由は、仕事関係で訪れたことがあるからだ。
それから見た目は高級なくせに、意外と安い料理や酒に引かれ、財布が温かいときにちょっとはめを外し、気分を味わうために来たりしていたのだ。

まぁ、そんなことは言わずに席までやってくる。
一番外に近い場所で、景色が見渡せる場所。
このシュテインビルドの中で一番土地の背の高い場所で、しかも高いビルの上。
そこから見える風景は、人工的に作られたビルや家々。全てが見渡せる絶景だ。と俺は思う。
これも気に入って、時折訪れていたのだ。
思わず、現実のものとは考えられないと口を閉ざすほどに最初見たと気は驚いた。
だから、俺の今案内できる取って置きの光景はここだ。
この街以外、遠くでもいいなら、思い入れというものを含めていいのなら違う場所は何箇所かあるが、その中でもここは上位に入る。

席に座るように正されて、俺は椅子に座ってみたが、なぜかプランさんが椅子に腰を下ろしていなかった。
腰辺りを眺めて、座っていないことを確認して、声をかけようと首を上に傾ける。

プランさんはハットを取って胸に当てていた。
俺と同じなのだから、東洋系の顔だというのに、そういう神や十字架に対してやるような礼儀の作法っぽい動作がいやに似合っていると感じた。
顔に目をやると、遠くを見つめるプランさんがいた。
遠くというのは、言葉のあやで風景の遠くを見ている。ということだった。
魅入られたようにビルの上から風景を眺めている彼は、なぜだか言葉を掛けづらい空気を漂わせていた。
己の世界に入っている。というのだろうか。声をかけても聞こえない気さえする。
ハットを取っているのだから、当然のこと顔が丸見えだった。
オールバックにした髪形や彼の背後に映る暗い夜空とそこに光る僅かな星、僅かに欠けた月。そうしてその下に立ち並ぶビルたち。そこから発せられる光で幻想的な情景を作り出している。

それを目を瞠って見つめて、顔が引き攣った。
ありえないほど、絵になっていた。こんな映画のシーンあるだろうってぐらいの光景で、金でも払って洋画を見ている気分にさえなった。
だが、それが俺が今日偶然であった、俺のそっくりの、でも俺とは間逆のような人間だと思うと、こんな人がいていいのかと納得いかなかった。

だが、嬉しかった。
ああ、喜んでるんだな。と、よく分かった。喜んでいるというか、感動しているというか。
動きも止めるぐらい、そんなに感動してくれたなら、こちらも嬉しかった。

「虎鉄さん」

ゆっくりとした口調で呼ばれた。視線は既に彼に定められていたので、そのまま見つめる。
そうすると、スローモーションのようにこちらに彼の目線が来て、それから首が回された。
なんだこいつ。と思うほど、様になっていた。

「ありがとう」

今まで、ずっと無表情だった。その癖に、こんなところへ来て微笑みやがった。
そんな動きをしないと思っていた口角が僅かに引かれ、目が細まった。
ありえないものでも見た気分だ。空から雨じゃなくて飴が降ってきたみたいに、雲が綿飴にでもなったみたいに。
短時間一緒にいただけで彼が笑わないと思っていた。本当に短時間しかあっていなかったのに、彼の人間性を分かった気でいた。
いや、たぶんそこまで食い違いはないのだろう。彼が固くて礼儀正しくて真面目で金持ちで良家の出身。たぶん後ろの二つ以外は自信を持ってそうだといえる。

でも、こんなに直ぐに人に心を許す人間だとは思っていなかった。
だから、思いっきり不意打ちだったのだ。
だから、思わず動揺して焦って顔が赤くなってもしかたがねぇじゃねぇか。

「と、とりあえず、座れって! あ、あー、えーっと、ほらっ、今日は俺の奢りだからなんでも頼んでくれよ!」
「いや。この風景が見られただけで十分だ。……寧ろこれはただで見ていいものなのか? 料金が発生するなら私から払わせてもらいたいのだが」
「いや、無料だから! とりあえず飲もう飲もう! そ、そうだ。何かオススメあります?」
「えっ。あっ。はい! と、当店のオススメは――」

真剣に観覧料に悩むプランさんを置いておいて、同じように見惚れていたらしい従業員と一緒に慌てながら注文の品を決定する。
ああ、アンタも災難だったな。と内心考えながら、ようやく座ったプランさんに決まった品でいいか確認すると、明らかに朗らかな雰囲気になっていた。
なんだかどぎまぎとしながら、了承の意を得てシャンパンを注文する。
きっと酒を飲む姿も堂に入ってるんだろうな。と想像しつつ、不思議な人にあったもんだとため息を吐いた。

……一応、メルアドを聞いておこう。

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