- ナノ -
▼05

彼を案内している間。彼は終始無言だった。
こちらが話しかければ、きちんと言葉を返してはくれるが、それよりも周囲の物を見つめているような印象を受けた。
物珍しいわけでもないだろうに、その真剣な瞳でずっと眺めていた。
ただ茫然と目を向けているようであり、並々ならぬ想いが込められているような目線でもあり、やはりプランさんは良く分からない人だと結論付けた。

だが、そうしているだけでかっこいいとか、どういうことなんだ。
モノレールなどの室内に入っても、帽子を取らないプランさんに嫌ではなければ取るように進言してみた。いや、別に顔がきちんと見たかったわけではない。ただ外は寒い代わりに、乗り物などの室内温度は高い設定されているから逆に暑いのではないかと思ったからだ。
そういうとプランさんは静かに礼を言ってハットを取った。自分と同じ顔がそこから現れるが、今ではドッペルゲンガーとも思えない。自分とは中身がかけ離れているからだ。

しかし、その進言は間違っていたらしい。彼の姿がきちんと現れると、同じモノレールに乗車していた女性や、男性までもプランさんに気づいて言葉を囁き始めた。時折女性の黄色い悲鳴が聞こえたのも空耳ではないだろう。
プランさんはまったく気にしていないようで、モノレールの外の景色をずっと見ていたが、こちらは鬱陶しいばかりだった。思わず煩いグループを威嚇してしまったのも仕方がないだろう。

窮屈だったモノレールから出て、そのままビルへ行く。
タクシーに乗ろうかとも思ったが、プランさんが歩きながら風景を見るのが好きだ。と会話の中で言っていたのを思い出し、そのまま徒歩でビルへの道のりを進めていった。
地区の問題で、いっそう煌びやかになった周囲は深夜だというのにまったく人気も減少せず、逆に更に密度が増えているように思えた。
いくら歩くのが好きだといってもこれでは雰囲気も何もない、と選択を誤ったかと肩をくすめた。

「私は風景が好きなんだ」
「は……風景?」

そんなとき、未だビルに着く半ばでプランさんが独り言のように口を開いた。
こちらに話しかけているのだろうが、どこか遠くを見ているようでもあった。いや、遠くではなく――きっと周りの風景だ。
どこか口調は優しくて、喜んでいると勝手に判断しておいた。
だが、どこに喜ぶ要素があったのだろうか。
首をかしげて聞いてみると、プランさんは視線を風景に合わせたまま答えた。

「一般に美しいと判断できる風景も、ただ日常のありふれた風景も、こうした、人が雑多といる苦手な人もいるだろう場所も」

いるべき場所に戻ったハットが彼の瞳を僅かに隠す。
それが、なぜか惜しかった。

硬いくせに、歌うようにすべやかに語る姿は、演説でもしているようだった。
予め用意でもしていたような、確かな言葉に自然に耳が傾けられる。

「私は、好きだ。全て、人の営みや自然の摂理が感じられる」
「……そう、か」

今、彼の瞳をしっかり見れたなら、輝いているのではないだろうか。
そう思ってしまうほど、彼の言葉には力があった。
ああ、本当に好きなんだな。と感じられる――思わずどうしてかと理由を聞きたくなるような言葉だった。
不思議な人だ。景色が好きとか、どんな風景でもいいとか。俺が綺麗だと感じた風景がみたいとか。

だが、どうしたことかこちらに視線を向けた瞬間、その高揚感は彼から消えていた。
どうしてだ。と焦ってみれば、幾分か低い(ように思われる)声色で彼が言った。

「だが、時間もかかり、疲れもたまる。虎鉄さんには面倒をかける。貴方のことを思いつくのが遅かった。申し訳ない」
「え、あ。お、俺? いや、俺は全然。寧ろタクシー代が浮いて嬉しいかなー……なんて」

そんなことを気にしたのか。と思われるほど、彼の謝罪は些細なものだった。
時間や疲労なんて気にしなきゃいい。こっちが勝手に礼をしたいと言い出したのに。相手に気を使わせるほうがあれだ。
だが、俺のフォローもフォローだといい終わった後で後悔した。きっと、冗談とか通じないような相手だろうに、いつもの調子で誤魔化してしまった。
少し気まずくなって、視線を逸らすと、ありがとう。と横から聞こえた。
……思えば、プランさんは俺より声が低いかもしれない。
俺も、これぐらい声を低くすればこんなにむず痒い声が出せるのだろうか。

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