- ナノ -
▼03

変な名前。それはそうだ。何せついさっき思いついた名だ。
名前を聞かれ、ドッペルゲンガーと叫ばれたときほどではないが焦った。
そうだ。人間には名前というものが必要だ。機械としてのナンバー名なら所持していたものの、そんなもの可笑しすぎる。変という話ではないだろう。
プラン――私の計画プランは最終のZだった。
研究者の奴が先を急いで、途中を全て放って最終段階の私を作り、そして終えてしまったのだ。
そういう分野を専攻するものたちは、先へ先へと進めたがるようだった。たとえそれが、自分たちが管理できる範囲外のものになってしまったとしても、研究本能が先立ってしまってその危険性・可能性を考えない。
それゆえ生まれたのが私であり、今こうして彼らが想像だにしなかった行動をしているのだ。
しかし、彼らの研究本能も分からないわけではない。記憶と知能にしっかりと刻みついているし、それに私だって綺麗な風景を、汚い光景を、美しい美女を、醜いアヒルを見て感動し、感激する。そしてもっと見たいと思う。
要するに、もっともっとと追求する本能ならば、私と彼らも同じなのだ。

“原型”である男性を見る。
プラン。プラン。と私の“名前”となった言葉を何度も復唱している。やはり、これも可笑しかっただろうか。
私は人間と同じだ。中身の問題ではなく、記憶から発生する知能のことだ。人間は経験に学び、そして発想は成長する。それは私も同じ仕組みになっている。
しかし、私には決定的に足りないものが存在している。言うまでもなく経験である。
いくら成人と同じような――いいや機械のために完璧だろうが――記憶をすることは容易だ。
だがその経験自体訪れていないと、どうしようもない。
私は今まで名前を考えたこともなかった。それが必要だと感じなかったからだ。
物品を購入する際は名前を使わない方法、いわゆる現金であるし、カードはそもそも作っていない。
身分を偽装など、考えたこともなかった。いや、こうして街を闊歩している間は不要だろうと思っていた。
だが、そうではなかった。人間というのは機械が追いつかない思考をしている。それが素晴らしく、魅力的で、私を惹きつけて止まないのだが、こうして処理が追いつかずに困惑することになるのなら事前に設定を考えていたほうがいいかもしれない。

鏑木・T・虎鉄。私の原型、原点。そして、初めてきちんと接する人間。
正直、経験がまったくないためにかなり困っている。知識としてはある。だが目の前の人間にそれが通じるかどうか。
瞳を乾燥から守るために瞬きをする、その瞬きで睫毛が僅かに揺れる。足を組みかえる、手を腰に置く、その手はこれまで生きてきた時間を的確に、そして忠実に表している。その人物の仕事、経歴、日ごろの癖がにじみ出る。
口を開くために、緊張を紛らわす効果を狙ってか上唇を舐める。
全てがスローモーションで撮影したように私に情報を与えてくれる。
人間らしい仕草、その人間にしか出来ない癖、特徴、行動。今まで、人間と話すとき、そうしてつぶさに観察はしていたものの、知識にある接客態度などを参考にして、そのまま活用していた。だが、彼は私の原型。特別。初めて確かな思考回路を持って話す人間。そうしようと、今、確かに思考している。
身体が硬直する。

「プラン、さん?」
「なんだろうか。鏑木さん」
「俺は虎鉄でいいって。でさ、なんか色々迷惑かけちまったからさ」
「迷惑などとんでもない。貴方は人として当然の反応をしただけだ」
「……」

うはぁ。という顔をされる。言葉で表すと、だ。
もっと的確に言い表すなら、 悄然としていた。面倒だ。とげっそりしているようなものだろうか。
間違った対応をしたとは思っていないが、さすがに硬すぎたか。
一番無難な言葉・反応を選び出したはずなのだが、鏑木・T・虎鉄からの返答がなくなった。
腰にかけていた手を胸の前で交差し、何か思考するように眉間にしわを寄せ、考え出す。
それにまた身体が硬直する。今度は何が来るのか。

「……よっしこれだ!」
「……何が、“これ”なのだろうか」
「あっ、いや。そうそう、ここであったが百年目。こんなありえねぇほど顔が似てる俺らが赤の他人なわけねぇだろ?」
「その言葉は使い方が間違っているし、紛れもなく赤の他人だが……すまない。野暮なことを言ったようだ」

言葉を正す発言をした途端に眉間にしわが寄り、唇が突き出されたのを発見して、謝罪する。
どうやら言葉は最後まで聞いたほうが良いようだ。
謝罪をしたことで、己が不機嫌な表情をしていたことに気づいたのか、弾かれるように顔を戻すと申し訳なさそうに苦笑いをした。

「いや、すまん。あー命の恩人に何やってんのかね俺は。
 プランさんはあんまり気にかけてないかもしれないけどさ、俺はお前さんに迷惑かけて、しかも命まで救ってもらってる。こりゃあお礼をしなくちゃって普通思うだろ?」
「一理ある」
「だろ! だからさ、なんか俺に出来ることないか? つっても、アンタ金持ちそうだし、センスもいいから、礼なんて出来るかわかんないけど、俺に出来ることだったらなんでもするぜ」

一理ある、のかもしれないが。私は機械だ。機械が人間を助けるのは、犬が飼い主を助けるのと同じぐらい当然のことだ。もちろん犬によってその対応は変わるかもしれないが、私は飼い主を助ける犬と同じなのだ。
だから、一理あるかもしれないが、他の理は私の責任だ。そもそも事故が起こる原因は私にあったわけだし、彼に負い目はあるはずがない。だが一から説明することも無理であるし、彼自身もお礼をするという厚意を譲る気はないようだった。

ならば、一つぐらい。いい、のかもしれない。

嬉しそうにこちらの答を待つ彼に、目を逸らさずに伝える。
嬉しそう――表情で分かる、感情の起伏、好調。健康状態。

「この辺りで、一番綺麗な景色の見えるところに連れて行ってくれ」
「……そんなんでいいのか?」

そんなもの。と言われても、私にはこれ以上のものは見つからない。
彼に頼んでも違和感なく、そして私がほしいもの。
美しい景色は100万ドルの価値がある。という映画の名言がある。ならば、それに倣おうと思った。

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