- ナノ -
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 さて、どうするべきか。
 目の前の人物は、どうやらアポロンメディアの人間のようだ。灰色のスーツを着用し、髪の側面が黒で頭頂部が灰色となかなかに奇抜な髪形をしている。動きが引き締まっており、口調から見て斉藤さんら技術者より立場が上。上司だろう。
 アポロンメディア勤務、上司、ヒーロー関係者、鏑木・T・虎徹の知り合い。それらの単語を入力し記憶媒体に検索をかける。
 ヒーローの情報は大体把握していたはず、記録が破損していたとしても、多少なりとも残っているはずだ。

 ――アポロンメディア社員、アレキサンダー・ロイズ(Alexander Lloyds)
 TIGER&BUNNYの直属の上司であり、二人をプロデュースしている。
 以前、虎徹さんとの会話で名を聞いたはず。確か――

「――ロイズさんじゃないっすか! どうしたんですかこんなところまで」
「どうしたも何も、斉藤君に会いに来たに決まってるでしょ。ここは彼の研究室なんだから」
「あー、そっすよね! そりゃそうだ」
「それで、君はどうしてここにいるの? 引退してもうここの社員じゃないでしょ。遊びにでも来たの? だったら早く帰ってくれない? まったく、斉藤君も部外者を勝手に入れないでもらいたいよね」
「あはは、そんな固いこと言わないで下さいよー」
「(え、えっと。プランさん?)」
「ん? なんて言ったんだい? 君もいつになったら普通の大きさの声を出してくれるんだか」

 斉藤さんの明らかに動揺している声が聞こえるが、それよりも今はこの人物を外に出させることが先決だ。
 それと、もう一つの要件を満たすのに丁度よいかもしれない。

 アレキサンダー・ロイズ、ロイズさんと仮に置くとして、彼はこちらに訝しげな視線を送ってはいるものの、引退した社員に向ける表情としては幾分か柔らかいものを浮かべている。その表情から想定するに、彼が鏑木・T・虎徹に悪い印象を抱いていない、もしくは斉藤の研究室にやってくるという状況が初めてではなく、それを彼も知っている可能性がある。
 無許可であるが斉藤さんの研究室に入るということに関して暗黙の了解があると考えて良さそうだ。本来ならば部外者が会社に、しかも研究室という技術の結晶が存在する場所に訪れて通報されない方がおかしい。
 室内に設置されている時計を確認する。時刻は12時と24分。ちょうど昼の時間だ。

「斉藤君、渡さなきゃいけない資料があるから私の部屋に来てって言伝、伝わってない?」
「(あ、そういえば)」
「まったく、さっさと取りにきてね。……で。何、君のその服装。イメチェン?」
「あっ、気づいてくれました? いやぁ、こうシックなのもいいかなぁーって思って! どうすか? カッコいいと思いません?」
「……君のその変な笑い方で台無しだよ。正直似合ってないよね。あとこれから斉藤君と話さなきゃいけないから、虎徹君は」
「似合ってないって酷ッ! あっ、そうだ! 折角だし、一緒にランチどうっすか? ちょうどお昼じゃないっすか」
「(ぷ、プランさ)」
「お昼って……まぁ時間的にはそんな時間だけど、ホント君は空気読まないよねぇ」
「まぁまぁ! 久しぶりに会えたってことで、二人で昔の話でもしましょうや。ここの近くでいい店知ってるんですよ!」
「君の味覚は信用できな」
「まぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ」
「ちょっと! 背中押さないでくれる!?」

 混乱し、こちらに手を伸ばす斉藤さんに無言で頷いてそのまま扉から外へ出る。
 作戦成功。研究室から脱出出来たため、鏑木・T・虎徹と私で外見上同一人物が二人いるという異常事態を暴かれずに済んだ。
 そしてアレキサンダー・ロイズを昼食に誘い、話し合いの場を設けることも仮成功。
 ネットへの接続が遮断されているため、検索をかけ良い店を割り出すことは不可能だが、過去の記憶とわずかに残るデータを組み合わせ店を割り出す。一軒発見。ホットドックが名物で、なかなか繁盛している。

 扉を出て、少しすると背中を押しているのにイラついたのか、身体をずらし、こちらに向かって嫌味を言う。

「ほんと君って変わりないね!」
「ほんとっすか? いや、ありがとうございます」
「そういう意味じゃないよまったく! さっきも人の話最後まで聞かないし……」
「そんなこと言わずに、プライベートなんだからそんなギスギスしないで!」

 背中から離れ、横について機嫌を窺う。ここで離れられてしまっても困るのだ。
 少し機嫌を損ねつつも、そのまま外へ向かう。
 帽子を深く被り、虹彩の紅い目を隠し、そのままロイズさんの横についていった。  
 
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