- ナノ -
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「着替え終わったが……これは虎徹さんと同じ服装か?」
「……はぁ」

 着替え終わったと報告した時には、不機嫌ながら通常通りの対応に戻っていた虎徹さんが、こちらを見て溜息を零した。肩を落としており、そこには確かな落胆が窺える。
 今の私の服装は虎徹さんの服装をそのままブラック風にしたものだった。シャツは紫、ベストは黒。その他は虎徹さんと同じものらしい。帽子も容易されていたので被ると、色違いなだけの瓜二つの二人が出来上がった。
 これは、いいのだろうか。なぜ態々見分けが面倒そうな服装を?

「やっぱプランさんが着ると……っだ! なんで同じ顔だってのにこんなに差が出るんだよ!」
「(君が彼に似合う服がどれだか分からないっていうから同じ物の色違いにしたんだろう)」

 ふむ。大よその理由は分かった。
 しかし、立ち上がって隣に並ぶと本当にドッペルゲンガーだ。
 ……ああ、懐かしいな。そういえば出会った当初はそう勘違いされていた気がする。詳しくは思い出せないが、驚き慄いた顔が思い浮かぶから間違いではないだろう。
 首元の接続線を斉藤さんの許可をもらい、外す。先はコンセントのようになっており、首に差し込めるようになっていた。首のハッチは自動で閉められ、ハッチの境目が肉眼では分からなくなる。
 充電率は50%ほどか。これならば不測の事態が起こらない限り12時間ほどなら行動可能だろう。
 全充電済みで一日持つ設計になっているようだ。随分と燃費が悪くなったように思える。しかし、部品を全て取り替えたのだ。仕方ないだろう。

「服装を用意してもらって申し訳ないのだが、破壊の計画をしよう」
「……プランさん。アンタ“旅行の計画をしよう”みたいなノリで……本当に申し訳ないって思ってるんすか?」
「本心だが」
「……」
「(融通が利かないのは機械ゆえか、それともプランさん自体の性格から来るのか……)」

 溜息をついて項垂れた虎徹さんと考え出した斉藤さんにこちらも思考に没する。
 この様子だと、いざとなれば実力行使――また自ら自壊する方法を取るべき時が来るかもしれない。
 その前にヒーローたちに謝罪して回るという優先事項があるために直ぐというわけにはいかないが、それでも計画は立てておいた方がいいだろう。出来れば原型が分からなくなるほど、もう一度作り直そうなどと思えないほどに滅茶苦茶に破壊しつくされていた方がいい。
 今後私の設計を悪用する人物が出てこないとも限らないし、虎徹さんがもう一度作り直そうなどと思わないように。ならば、そもそも部品を残しておくことが悪手ではないだろうか。ならゴミ処理で使用される高温焼却に置いて全て溶かしてしまえば一番いい。

 しかし。疑問が生じる。
 なぜ虎徹さん等は私を作り直した?
 私は彼らを攻撃した、悪用された機械だろう。それに、私という人格もただ彼らに取り入る為に作成された偽りのものだったかもしれないのに。それに、再度造り直したからと言ってこの人格が再び出来上がるとなぜ思ったのか。彼らはアンドロイドを作りたかったのではなく、プランという人格を取り戻したかったように思える。ならZ-01を造るのは賭けだっただろう。本当に、ただの欠陥だけが残った機械が出来上がっていた可能性の方が高い。

 虎徹さんが考えに沈んでいる私の肩を叩く。
 
「ま、とりあえず外に出ましょうや。ここじゃ狭いだろ?」
「ああ、分かった」

 別段狭いとも感じなかったが、確かにこの空間に男三人は二人にとっては狭苦しく感じるだろう。頷くとそのまま扉を開け、奥へ進んだ。

 虎徹さんの後をついていけば、そこは斉藤さんの研究室だった。彼はアポロンメディア専属の研究者だ。ならここは、アポロンメディア内にある彼の仕事場だろう。部屋は片面が全面ガラス張りになっており、その奥に研究用の別部屋が見える。斉藤さんの仕事机と椅子が置いてあり、資料が山のように積まれている。よくよく見ればそれは私の設計図のようだった。頭に、胴体。両手両足。中の部品のことも事細かに書かれている。
 私を造るのには苦労しただろう。恐らくであるが、あの小さな研究室、私に出会っているのが虎徹さんと斉藤さんの二名であることを考えると二人で私の製造をしていたはずだ。そして虎徹さんは製造には参加できない。事実上斉藤さん一人の作業だ。彼にはアポロンメディアでの仕事もあるだろうに、その傍らに私を造っていた。
 そして、二人だけの歳三、つまり公式には認められていない状況でZ-01を造っていたのなら、それは法に触れることではないか。法に触れさえしなくとも、外に漏れれば二人の立場は確実に危うくなる。あの事件は確実に世間に大きな影響を与えただろう。それと同時にアンドロイドの危険性を世間にも示したはずだ。それを知りつつも行動に移したと言うのなら。
 余りにも無謀で、無駄な作業だ。全てが無に帰すかもしれないどころか、最悪の場合社会的な立場がなくなるかもしれないというのに。

 バチリと頭の奥に火花が散るような感覚がした。


 斉藤さんが自分の椅子に座り、虎徹さんが角に置いてあった椅子を二脚持ってくる。
 それに手伝うと伝えれば、いいからと断られてしまった。
 
「んで、だ! 言っとくがプランさん。俺たちはプランさんをスクラップにするつもりなんてこれぽっちもねぇからな!」
「(そうだとも。せっかく半年もかけて一から造り直したのに、そんな勿体無いことするわけがないじゃないか)」

 私を含め全員が椅子に座り、二人が続けてスクラップを否定してくる。
 斉藤さんの言葉に少なくとも事件から半年が経過していることを知る。二人の意見を聞き、ふむ。と一つ言葉を置いて質問をする。

「なぜだ? 危険なのは二人とも重々承知だろう」
「プランさんは危険じゃねぇっすよ! っていうか、その、なんか自分が機械だっていう前提の喋り方やめてくんないか?」
「……虎徹さん。知っていると思うが私は機械だぞ?」
「っだ! 分かってるよ! でも、そういう問題じゃないんですよ!」

 噛みついてくる虎徹さんの心境について、少しだけだが理解できるところがある。人間として接してきていた人物が、実は機械だったということに対して現実と思考との乖離があり、それについて不快感があるのだろう。
 そして、きっと彼のことだ。機械だということで人間とプランという人物を分けることを嫌っているのだろう。
 私は、そういう彼のところも好ましく思っている。必死で説明しようとして言葉が出て来ずに苦い顔をしているのも、彼の想いを見て取れる。だが、それでも私が機械だという事実は変えられないし、危険であることは仕方がない。

「(機械ということを否定するつもりはさらさらないが、プランさんが安全だと言うことは私が保障しよう)」
「斉藤さん……。しかし、命令には逆らえない。それは分かっていると思うが」
「(バーナビーの両親はセーフティーモードを設定していた。それを適用したからプランさんはもう人間に危害を加えることはできない)」

 キヒッという彼独特の笑いが零れる。彼は最高の技術者だ。周囲もそう認識しているだろうが、機械だからこそ、身体を弄られてこそ理解できる彼の技術力の高さもある。そもそも幾ら元々のデータがあるとはいえ、私を一から設計し直すその技術が素晴らしい。

「斉藤さんの技術の高さを疑う訳ではない。だが、それだけでは安全とは考えられない」
「(なんだって?)」
「……私には人間に制限されていない思考回路がある。そのセーフティーモードを解除することだって不可能ではないんだ」

 そもそも、私が人間に背いて研究所を脱出した始まりの時から、この思考回路は所持していた。これがある限り、恐らくは人格のようなこれを封印するほどの、事件時の時のような処置を行わない限り私は私という物を持つ。その思考は恐らく、セーフティーモードぐらいなら突破できるだろう。確実ではない。しかし、そのセーフティーモードにも解除コードがあるはず。それが存在する限り、私の危険性は常に存在し続ける。
 私は人間ではない。コンピューターでもない。必要な情報を取捨選択できる思考と情報を暴き出す処理能力があるアンドロイドだ。人間が把握できないAIそれの恐ろしさを彼らはまだ知らないのだ。

 斉藤さんは口を閉じ、何かを考えるように眉を潜めた。
 彼と交代するように、横から虎徹さんの声が響く。

「おい、ちょっと待てよプランさん。そりゃあプランさんが解除しようとしなければいいって話じゃねぇか」
「私が解除しないと断言できる根拠はないだろう」
「根拠も何も、プランさんがそんなことするはずないだろ!?」

 研究室に響くような怒声が上がる。
 思えば、先ほどから彼の神経を逆なでてばかりだ。彼は私を気にしてくれているというのに、示したい内容は彼の興奮を誘い、怒りを誘発させている。
 私との再会を喜んでくれた彼の笑みを、嬉しいと感じた。その笑みをもう一度視認できたことが、幸運で仕方がなかった。こうして言葉を交わしあう機会も、もう存在しないはずだったのだ。その有り得ない自体が今ここにある。

「……冷静になろう。互いに、伝えたいことが正常に伝わっていない」

 ああ、嬉しい。嬉しいとも。
 彼らの顔を見ることが出来るだけでも。
 だからこそ。

「いいや、プランさん、アンタ何も分かっちゃいねぇよ。アンタはなぁ……!」

 そこで、聴覚にあたいする場所に反応が生じた。音、それも足音。
 ここはアポロンメディアで間違いない、そのために人の出入りも多いだろう。しかし、この足音はこの研究室のかなり至近距離から感知できる。それに、それは着実にこちらへ近づいてきている。

「虎徹さん、落ち着いてくれ。今ここに人が」
「いいや、落ち着けねぇ、アンタが俺の話をちゃんと聞いてくれるまで落ち着けるわけねぇだろ!」

 頭に血が上っている。この状態から冷静になってもらうには時間がかかるだろう。恐らく私が何を言っても彼は冷静にはならない。
 足音が近づく、11メートル。10メートル。

「斉藤さん。ここに私と彼がいることを誰かに目撃された場合、何か良い説明はあるのか?」
「(え? ……いいや、君の製造は秘密裏に行っていたからね。少なくともプランさんを知らない人物に見られたら厄介なことになるかもしれない)」

 5メートル。

「虎徹さん」

 4メートル。

「貴方は、私に生きていて欲しいと思っているのか?」

 3メートル。
 彼の顔が引き攣る。それから、感情が爆発したように、怒りと悲しみが混ざった表情で言った。

「当たり前だろぉが!!」

 2メートル。
 勢いよく椅子から立ち上がる。その途中で虎徹さんを脇から救い上げるように持ち上げる。
 私の位置よりも虎徹さんの方が私が製造されていた小部屋への扉へ近い。
 ドアノブを回し、人一人が入れるほどの隙間を開ける。
 虎徹さんの驚いた声が聞こえるが、それに反応せずその隙間へ押し込める。
 私が入る時間はない。それだと扉を閉める時間が無くなる。
 
 1メートル。

 虎徹さんの瞠った瞳がこちらを凝視する。それに少しだけ微笑んで扉を閉めた。

 0メートル。

 研究室への扉が開く。そこから見えた人物は、プランで会ったときには接点のない人物だった。 


「さっき虎徹君の声がしたような気がするんだけど……って、居たの虎徹君」
  
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