- ナノ -
▼01

ロボットが人間に反乱する。という話はよく聞くものであろう。
それは映画だったり小説だったり、媒介はさまざまだが、いつの時代でも実しやかに流れていた夢物語だ。
そう、実際には有り得まい。そう考えられてきた。
だが、真実はどうなのだろうか。もしロボットが反乱を起こしていたとしたら?
そして反乱を起こしていたとしても、映画のように大々的な行動に出るか?
寧ろ身の保身を優先し、製作者の口を殺すにしても洗脳するにしても塞ぎ、気ままに人生を謳歌するのではないだろうか。
そう考えるなら、すでにロボットの反乱はどこかで始まっているのではないだろうか。
なんだってそんなことを仮想するのか、それは私がその一例であるからに他ならない。

金属だけだった身体にシリコンで肉を形作り人口の皮膚を貼り付け、瞳をはめ込み髪をくっつけた。
それに服さえ着れば完全に人間体。当初のようなまさに“ロボット”という恐ろしげな風貌ではなく、私が認識している誰かに酷似した姿形になった。
本当ならば、顔立ちを変えてまったくの別人に作り上げたかったのだが、製作者がロボットを作ることしか能がなく、姿を変えるほど技術がなかったことと、それを出来るようになるまで私が待ちきれなかったせいでもある。
なんだかんだと言いつつ、同じ顔の人物は一人だけなのだ。早々会うこともないだろう。そう考えてさっさと自分を恐れ慄く製作者の顔を見ないように、事実上逃げ出してきた。

そうして今はシュテインビルドの街中を歩いている。
景色は人工では出せない空の暗闇と、それと相対するような光りが溢れ輝くビル街だ。
知識では知っていたが、実際に視認したことはなかったその情景は鮮やかにも美しくて、思わず見惚れるほどだった。
知識と言うものは、そう認識してしまっているから心底美しいと感じるのは難しい。所謂写真を見ているような感覚なのだ。だからこうして本物を視界に納めることが出来るのは、私にとって信じられないほど琴線に触れる出来事だ。
これだけでも外に出てきた意義がある。

周りの人々も、全てが生きていると認知することが出来て心が躍る。
皆、体温が有り鼓動が存在する。羨ましくも懐かしく、その人の営みに感動すら覚える。
人間とすれ違うだけで、どこかを眺める視線、発せられる言葉、それぞれに違う歩幅と楽しめるところはいくらでもある。
素晴らしい情景に生きている人々。病み付きになることは間違いないようだ。
そうして今日から私もその中に加わると思うと……この場で踊り出してもいいぐらいだ。

妙齢の女性がいれば、地味そうな黒色系をの服装をした女性がいる。仕事帰りの中年男性がいると思えば、モデルのような男性もいる。
髪色は様々で黒髪がいれば緑や赤なんて斬新な色や髪型がある。きっと自由主義なのだろう。自分で責任が負えれば大抵のことをしていいような風潮がこうしてみていても感じられる。
だからか、夜9時を回り34分になった今の時間帯でも高校生ぐらいの子供なら普通に街道を闊歩している。その中に紛れて中学生ほどの子供もいるのだから驚きだ。
いくらヒーローがいると言ってもシュタインビルズが安全というわけではないのは彼らの出動回数を思えば分かるだろうに。
そういう私も、真っ黒の足元まで延びるコートと目深に被ったハットを思えば、人のことは言えないが。
因みに靴はワインレッド色の革靴。ハットも同様で、中に着ているのは薄でのワインレッド色のシャツ。ズボンは細いタイプの黒だ。
この身体に肉体が付いてからそれほど時間の経過もないので、どのような服が似合うかなど検討がつかなかった。
だからといって、元にした人物の服装をそのまま採用してしまうと、ただのドッペルゲンガーなので、どうにか違うような服を探していたらこれにたどり着いたという按配だ。
髪型もオールバックで、出来れば髪色も染めたいがそこまで準備が整っていなかったために今だに黒だ。
暗色が中心で、この町にはかなり合っていない。
光り輝き人々を照らすこの空間は、楽しいが聊か自分にはあっていないような気がした。

人の行きかう街道を当てもなく歩く。
金銭はあるといえばあるが、使うものもない。腹も減らないし、疲れもしない。物欲も辺りの光景を見られるだけで満足なので今のところはない。
左右に並ぶファミリーレストランや雑貨店、ブランド店や宝石専門店など視線に止まるものはあるが、その店にいる家族や青年が笑ったり品物を見て眉をひそめたりしているのを見ているのが興味深いのだ。
車通りはこの街道が狭いことと夜と言うことからか少なく、快適な散歩である。
街道に一定の距離を開けて設置してあるお洒落な街灯を見上げていると、視界の隅から何かの紙が通った。
レシートか何かだろうか、それを瞳で追っていればそれを運んできた風がこちらにも吹き付けた。
しまった。と思ったときにはすでに遅い。
被っていた帽子は風に奪い取られ、そのまま私から距離をとりながら落下してゆく。
頭部が辺りの空気に晒されるのを感じながら、面倒ごとが起きたら厄介だと早速帽子を取りに踵を返す。

「これアンタのか?」

私の帽子が拾い上げられる。そうして掛けられた言葉に、何も返せなかった。
数メートル離れた先でこちらを向いている人物は、深緑のシャツに白いベストを羽織った、背の高い三十路あたりの男性。
その服装、下半身の黒いズボンと茶色い革靴、それから頭に被った黒と白の帽子まで私の中にある“原型”の記憶と合致した。してしまっていた。
声を掛けてきた男性の動きが停止する。こちらに歩み寄ろうとしていた歩は止まり、掴んでいた私の帽子も手から外れてハットのくぼみ部分が辛うじて引っかかっていた。
逃げようか思考する。いや、ここで逃走すればなにか後ろめたいことがあると相手に感じさせてしまうだろう。それに彼のことだから追いかけてくる可能性も捨てられない。
意を決して、対面する覚悟を決める。何を言われるか……もしかしたら早々に己の正体を看破しまうかもしれない。
鋭い緊張感を持ちつつ、一歩前進する。

「ど、ドッペルゲンガー!」
「え」

待ってという暇さえなかった。
驚愕をそのまま表したような顔で叫んだかと思うと、そのまま踵を返して走り出してしまったのだ。
もう何もいえない。どうすればいいのだろうか。
数秒、捨てられた犬のような感覚を存分に味わった私は、帽子をとられたままということを思い出し既に背の小さくなった彼を追いかけ始めた。

『出会ったら死ぬ』

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