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効率を考えれば。
無機物らしく、アンドロイドらしく、論理的で非感情的に利益を優先して思考すれば、選択は容易だった。
“私”というアンドロイドを悪用しようとする犯罪者たちに対し、その後の被害を想定すればその犯罪者たちを刺し殺してでも断固として拒否するべきだ。
私は実験場から逃走し、その後膨大なデータと知識を得た。そこらの機械より優秀だという認識もある。
そんな“危険な機械”を悪用されれば、どうあがいても良い結果に結びつくわけがない。
刺し殺しても、そこまで行かずとも、いいやいけなくとも、刺し違えることぐらいするべきだった。
それが出来なかったのは。
諦めという選択をしてしまったのは。
あの、純粋で、美しく、そうして怯えきった彼女の瞳から目が離せなかったからだろうか。
ああ、人間とは、欲に走っていようとなんと輝かしくて、真剣で、愚直で――ああ、羨ましい。ああ、憎らしい。
私も、そうやって生きて生きたい。
そんな思考も、新しいデータに飲み込まれ、底へ底へと押し潰されていく。
ビルに写るテレビのニュースを首を45度傾け視界に入れてみれば、そこには逃走する虎鉄と追跡し、追い詰める警察――そうしてヒーローたちの姿が映し出されていた。
ヒーローたちは思い思い自らの力を使い、重犯罪者である鏑木・T・虎鉄を追っている。
バーナビーの親代わりとも言えるサマンサの殺人未遂。その犯人としてニュースでも大々的に報道され、極悪人として追われているのだ。
殺人未遂容疑。そう、彼は殺していない。正確に言えば犯罪すら起こしていない。
マーベリックによる暗躍、そうしてNEXTでの記憶改竄。
その卑劣な手口によって彼は犯罪者として祭り上げられた。
今の私の服装は、いつものコート姿ではなかった。
あの帽子もない。身体は頑丈なヒーロースーツに覆われ、しかしそれは虎鉄が装着していたような白を基調としたものではなく、黒をベースとした客観的に見れば、ヒーローとしては首を傾げる色合いのものだ。
視覚的にヒーローというものを訴えるなら、この黒と赤のスーツは似合わない。
しかし、現状の私を称するにはぴったりのものだ。
私は彼の代わりとしてワイルドタイガーにされた。
世間的にも、ヒーローたちの記憶としても。私自身のデータとしても。
世間的にはワイルドタイガーのキャラクターチェンジとして、ヒーローたちにはクールで信頼できる人物として、私自身のデータは――マーベリックに忠実な機械として。
彼の命令一つでなんでもする、なんにでもなる。ただのアンドロイド。それが今の私だ。
皮肉にもこうして意識だけは残っている。この機械の身体には一切反映されないただの思考の残骸。
ただ、機械としての生きがいを全うする姿を内から眺めているしか出来ない思考回路。
機械としての機能が必要ないときだけ、身体の権利を会得し動かすことが出来る。
そのために、サマンサを助けることが出来た。
バーナビーと知り合い、そうしてサマンサとも知り合うことができた。
その彼女からの連絡だということで彼女の家に訪れてみればを人質にロトワングの元へ帰還しろという。
サマンサを死から救うことと、私のボディを明け渡すこと。
どちらが建設的かと問われれば、後者だと断言しよう。
私の身体はそれほどに危険極まりないものだ。
いくら彼らが同じような固体を次々と量産していようとも、私のボディとは一線を期す。
馬鹿と天才は紙一重というが、私のボディもそういう頭のネジが狂った人物が作り出したものだ。
ロトワングという元来の開発者自身も把握していない箇所も存在するだろう。
ならば、そんな貴重な情報を、そして危険な情報を明け渡していいわけがない。
『駄目よ、プランさん――!』
彼女も同意見だった。いや、彼女の専門から外れる話なのだから完全には把握はしていなかっただろう。
しかしそもそも彼女にとっては私と彼女を天秤にかけることが論外だったようだ。
優しい人だ。
バーナビーを今まで支えてきた温かい人。
僅かにヒビの入ったレンズの奥に見える、怯えきった、しかし此方を心配する瞳が印象的だった。
ああ、あんな人になりたいと思ったのだ。
そうしてデータは書き換えられ、私は今こうして命令を忠実にこなす機械となった。
それにプラスして、身体のパーツも置き換えられた。より丈夫なものに、より驚異的、高度なものに。
しかしこの思考は消えなかった。生まれたときから備え付けられていたバグのようなもの。
かつての記憶を、かつての感情を持ちえながら、そうしてデータに左右されない知識、機能。
いや、正直に言えば、記憶は微かにぼんやりとしている。
上書きされたせいか、ヒーローたちやこのシュテインビルトに関することが改竄されている。
だが、正常な判断を仰げば真偽が見分けられるほどの差異だ。
しかし、結局は何も変わらない。
私がマーベリックたちの良い操り人形になったことも。虎鉄が犯罪者として仲間のヒーローたちに追い詰められていることも。バーナビーが虎鉄をサマンサの仇だと思っていることも。
なんて無力なのだろうか。
強力な力を得ても、膨大な知識を得ていても、ただのロボットに人を救えることなど出来ない。
機械である己が恨めしい、扱われることしか出来ないこの身体が憎らしい。
この身体はきっと想定外のことなどしないだろう。人間のように感情によって想定外のことをしでかしたりはしないだろう。精神の強さによって覆られないことを覆したりなどもってのほかだろう。命令を蹴って、自分の思うように生きることなど出来ないだろう。
――通信に出動指令が入る。いいや、列記とした命令が送られてくる。
シュテインビルト、ブロンズステージの18番地路地裏にて鏑木・T・虎鉄を発見。至急駆けつけよ。
直接伝わってくるそれに、了解。と返す。
見上げていたテレビの中継はいったん中断され、鏑木・T・虎鉄の犯した犯罪について詳しく語り始める。
一人立っていたビルの屋上から街を見下ろす。
いつ見ても、美しい街だった。
そろそろお別れだと思うとこみ上げるものがあった。
スーツにより増強された脚力を使い、空へ飛び上がる。
虎鉄、私の原型。私の尊敬するヒーロー。そうして、友人である人。
すみません、虎鉄さん。出来るだけ早く、私を壊してください。
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