私の名前は小鳥。貴方の名前は?
シュヴァーン。シュヴァーン・オルトレイン。
その名前を聞いて、思わず聞いてしまったのは。本当にその名前が本名か、ということ。
私の中では密入国者という線が強い彼なので、偽名でも使っていると思っていたのだ。しかも他人である私であれば、本名など語るわけがないだろう。
だから本名なの? という問いは、ちょっとした好奇心だった。本当のところはどうなのだろうかという。
でも、返ってきた反応は、酷く強いものだった。
息を詰めたような顔をして、二の次を告げなくなっていた彼。
もしかしなくても、地雷を踏んでしまったかと身構えた私に、彼は一言、レイヴン。といった。
それに、それが本名なの? と返した。すると、次はダミュロン。という名前が返ってきた。
そして、本名? と省略して聞くと、視線を逸らされた。
結局、計三つの名前が出てしまったので、どうにも名前を呼びづらい。
どれを使えばいいのやら。最初に出た、ちゃんと家名まであるものだろうか。
いいや、しかし本名を聞きだしたのだからそれを使った方がいいだろう。しかしその本名も二つあるぞ?
……まったく、どうすればいいのやら。
「ねぇ、鳥(とり)さん。私、夜の散歩行って来るから、留守番しててくれますか?」
そういえば。
レイヴンというのは鴉という意味だった気がする。しかも、しかもだ。シュヴァーンというのは確か白鳥という意味だったはず。間違った知識でなければ、だが。なら、“鳥(とり)”というのはどうだろう。そう安易に考え口にした。
鳥さん。といえば、彼は視線を向けた。なんとなくそれが彼を示しているものだと伝わっているようだった。
なら、いい。それを使うことにした。
留守番のお願いをしたものの、うんともすんとも言わない彼に、軽く首をかしげる。
確か彼は、答えられない質問以外は言葉を発しはしなくとも、ちゃんと返答をしていた気がするのだが。
少し考えて、鳥さんを拾ってから行っていない恒例に初めて持っていくバックの中を探る。
小さなポシェットの中には、防犯グッツが入っている。鳥さんを発見してから、あまり油断はしない方が良いと学んだのだった。
まず、刺激スプレー。鳥さんの近くまで行き、シュッと小さく一噴きする。霧状になって霧散したそれは、彼の眼元へ下りていって、それを浴びた彼は目を細めた。目に入ると激痛を起こすブツだ。鳥さんには効かなかったが。
「不審者撃退のブツです。他には、あ、スタンガンもありますよ」
リモコンほどの黒い物体を取り出す。女子のポシェットに入れておくには、かなり物騒な代物である。
元々防犯用にあった新品のスタンガンを袋から取り出し、もって行くことにした。たぶん使う事態はないと思うが。
あぐらの体制で座っている彼の前に正座する。すると身長さゆえか、大きく身体が大きく見えて、端整な顔が間近になる。
それに視線を向けつつ、気を取り直してスイッチを押して、金属の間に迸る電気を見せつける。
ほら、凄いでしょう。と言って軽く解説してからこうやってお腹とか胸につけて気絶させたりするんですよ。と彼で実演して見せてやる。
遊び半分のそれに、何を思ったのか、彼は私のスタンガンを握る手を掴み取った。
「え」
真剣な(といってもいつもどおり)顔の彼に、ふざけ過ぎたかと冷や汗が浮かんだ。
しかし、彼はそのまま私の手を利用してスタンガンのスイッチを押し続け、そうしてそれを
「ッ!」
「ぐ、ぅ」
自分の胸へ押し付けた。
バチィ! と激しい音がする。それは、彼の左胸で上がった。そこへスタンガンを押し付けたのだ。
しかもそこは彼の心臓の機械がある場所。
驚きに声も上げられずその瞬間を見ていた私は、確かな痛みに歪む彼の顔をして、ようやく意識を取り戻した。
スタンガンのスイッチを彼の手の平を押しのけてオフにする。すると電流は止まって、鋭い音は消え、残ったのは動作を終え役目を果たしたスタンガンと、苦しむ彼だけだった。
「な、にを馬鹿なことを……!」
手に持っていたスタンガンで、思いっきり頭をぶん殴ってやりたかった。
でもそれどころではない。心臓の機械をやられたかもしれない。どうしよう、死んでしまうかもしれない。
やはり、彼も死を求める鬱病患者だったのだ。一緒にいるから、一人にしても可笑しな行動を、そもそも自主的に行動なんて起こさないからって油断をしていた。
苦しむ彼と、服越しでも肉眼で見ることができるようになった、強く発光する赤い光。
身体を縮めるように呻く彼に、どうすることも出来ない。機械というジャンルから、手当ての仕方も検討が付かなかった。
慌てて、なんでもいいから行動を起こしたのに、握られる手に妨げられて動けない。
胸を押さえる彼は、私の手を離そうとしなかった。
5、叶えてくれない
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