- ナノ -


 大量に買ってきた医療道具と、すっかり空っぽになったお財布を交互に考えて、ため息が出た。
 医療道具といっても、近場のドラッグストアで買える安価なものである。しかし、それでも大量に、しかもさまざまな種類を集めるとなると、お金が掛かるのは道理だった。
 それから、ユニク○で買った男性用の長袖とジーパン。それを二着ずつ。こちらはそれほどお金は掛からなかった。お財布に優しいことはいいことだ。それから、一応ボクサーパンツも買っておいた。

「腕、出してください」
「……」

 何も喋らない。もしかしたら言葉が通じてないのかもしれない。
 そんな気にもなるほど、彼はこちらの言葉に反応しない。そもそも視線を向けようともしない。どこか明後日の方向を見つめて、何かを待つように口を閉じてじっとしている。
 
 あの後、土砂降りになった雨の中、彼に交番か病院にいくように勧めて、何も返答がないことに苛立ちながらも、とりあえず傘を差しつつ家に持ち帰った。肩を貸して、ずるずると引きずるように。
 かなり、馬鹿なことをしたとは思う。でも、きっと彼はあのまま私が交番や病院に連絡を取ってもそれらが来る前に逃げるだろうし、そうして私が放っておけばそのままのたれ死んだだろう。
 これは予想ではなく確信。根拠はない。でも、きっとそうだと思った。
 だから無理やり家まで引っ張ってきた。土砂降りの雨だったから、人は外に出ていなかったし、たぶん目撃者もいない。悪いことをしている自覚は、一応あった。
 きちんとした明かりの下で見た彼の肌の色は褐色だった。

 あれから一日が経過し、また私は大学を休んだ。
 そろそろ都合の良い、いい訳を考えておかなくてはならなそうだ。
 無理やり取った有給の午前に隠れるようにドラッグストアにゆき、大量に医療品を買い込んだ。それから服も。
 そうして丁度昼頃の今、遅くなったが彼に治療を試みていた。

 腕を出そうとしない彼に、了解を得ないまま無理やり引っ張って腕を出させる。そこには深い切り傷があり、至近距離でみるとかなりグロデスクだ。
 よくもまぁあの夜、私は平気で処置が出来たものだ。いいや、混乱していたから、逆にそういう見たくないものが見えなかったのかもしれない。それとも使命感に押されて気にしなかっただけか。
 思わず視線を逸らしたくなるが、パソコン画面に映る医療処置のページを見ながらなれない手つきでどうにか順序どおり進めていく。

 本当、パソコンがあってよかった。こんなところで役に立つとは。なんでも情報が手に入る(しかもタダ)というのはなんとお得なのだろうか。
 
「言ってませんでしたけど、警察署とか病院に行きたくないんだったら、私の家にいてください。下手に外をブラブラされるより、その方がずっと安心できます」
「……」

 何も答えない。やっぱり言葉が通じていないのだろうか。
 まぁどっちでもいい。無言は肯定と取る。

「鬱病、かな」

 生気の無い顔。何にも反応しない様子。気だるげで、何もかもを諦めたような表情。
 一応安心できる場所についても、橋の下とまったく変わらないようすにそんな病名が浮かび上がる。
 精神の病気。大きなショックなどで心に傷を負ってしまうために発症する。
 
 猫だって、元々は野生だ。飼いならされなければ、一人でも飼い主なくとも生きていけた。しかし、飼いならされてなお野生を失わない猫だっている。放りだされたら、皆平等だ。その中で野生を、元の自分を思い出せなければそれは自業自得だ。

 この人も同じなのだろうか。それとも、私のまったく見当違いか。
 とりあえず、この人に何か興味を持ってもらおう。
 どこを見ているのか分からない視線を先を思いながら、黒髪の、端整な顔を包帯を巻きながら眺めた。



3、無関心な

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