- ナノ -



  V


そんなこともあり。
あの赤子はすくすくと成長し、私と同じく死を司る神という立場になり『死神』となった。
そうやって子を育てていく中で分かったのだが、どうやら私が転生する合間にかなり事情が変わったらしい。
確かに逃げ回りまくって転生に時間がかかったのは事実だが、それでもかなーり時間が過ぎていた。

とりあえず、地が分かれた。二つに。どういう意味なの。
簡単にいうと、子供達の中でおいたが過ぎてしまった子供達を隔離するために地上という場所を作ってそこに閉じ込めてしまったらしい。しかも力を持たさずに。

え?死ぬんじゃね? と思ったが、そこはきちんと考慮したらしい。許しを請えば力をもたらすという仕組みだったそうだ。
でも絶対に天上というものになった元の地には戻してやらない……我が子ながら鬼畜である。

なんか伝聞とか聞くと、システム作りに奔走した一柱を子供達が妬みやら権力やらのために殺してしまったことが天地別れの発端だそうだが。
その神は私と同じく死を司る神だったそうで……まぁ昔のことだしよくわからん。とりあえず子供同士で殺し合いは悲しいなかもしれんな。それも営みと片付けてしまえば仕方がないのだが。

そんなわけで地を二つに分けたらしい、だが、そこで疑問が生じる。

……システムぶっこわれてんじゃね?
私が作ったシステムは二つに分かれることを前提に作ってないんだけどなぁ。
でも、一応は作動しているらしくどうにか生活は出来ているようだが。
絶対歪とか出来てるよね。やばいよね天上も地上も。

まったく、世話のかかる子どもたちだなぁ。
私は出来るだけ干渉はしない。最低限、子供達が住める世界を提供するだけである。
しかしそれでも子供達が破滅の道へ進むのなら、それもまた運命。彼らが選んだ道筋である。親がどうこう言えるものではない。
なので放置なのだが、今回は子供達は知らぬことだ。仕方があるまい。

ということで死神という役職を利用し、地上の魂を天上へ還元することで一応は世界を保つ形式を作り出してみた。
なんか色々感謝されたが、地上の犠牲があってこそなんだよ? そこらへん分かってる天上の子らよ。

「兄者」
「ヒュプノス……どうかしたのか?」
「いいや、ただ遠い目をしていたから、何を見ているのかと」
「何を、か」

子供たちを、かなぁ。
随分とこんがらがってしまった世界。
自分が我武者羅に作ったせいかもしれないが、このままで大丈夫だろうか。
心配だ……親がいつまでも子供の心配をしていてはいけないと分かっていても心配だ……絶滅とかしないでくれよお願いだから。

思考が明後日の方向に飛んだ私を見て、愛しい家族――あのとき拾った愛い赤子――はフードの下に隠した素顔を小さく歪めた。
うん? どうかした? 何かいやなことあったの? お兄さんにいってみ?

「どうかしたか、ヒュプノスよ」
「いや……また地上を見ていたのかと思い」
「ふむ」

顎をすりすりしながら目の前の光景を見る。
そう、私の子供達は地上にもたくさんいるのだ。
というか地上の方がたくさん居る。

なんだか一柱を殺したことから争いが生じ、結局大勢のものを地上へ落とすことになったらしい。
そして彼らが子を育み、いまや転生と言う循環を繰り返す天上よりも数を増やしている。

ううん。逞しい。我が子ながらあっぱれである。
しかし、子の中でも特別な家族という立場――そして弟、らしい――にいるヒュプノスはそれが気に喰わないらしい。
この子は秩序をしっかり守る良い子だから、どうして罪を犯した。という地上人を許せないようだ。

まぁ確かに最近も地上に降りた大地の女神を地上人が殺してしまったらしいしな。
ああ、最後の断末魔をあげる大地の女神の姿が蘇る。悲しみと、しかしそれと同様の愛しみを与えて散った美しくもか弱かったあの子。

『可哀想に、大地の女神。地上を愛した子よ。安らかな転生を』
『タナトス、様。ええ、貴方様に永遠の加護を』

転生の輪へ送るときの、あの泣き笑いの顔が忘れられない。

子供達が争うことは悲しいことだ。しかしそれもまた営み。愛しいものだ。

しかし、しかしなぁ。

「地上を憂う者がまったくおらんな」
「……それはそうだ。彼らは咎人。嫌悪するものはいるだろうて、憂うものなどいないだろう。貴方を除いては」
「ほぉ。よく分かっているではないか」
「貴方が、優しすぎるのは最初から分かっている」

フードの下に隠された顔が露になる。
私と同じく髪を後ろに撫で付けた姿は、今の姿と似ているようだ。さすが兄弟といったところか。

今だ若いその姿だが、そこには苦悩の色が色濃く出ている。

「優しい、か。面白いことをいう」
「そうだろう。かつて邪魔にしかならない赤子を引き取り家族として育てた兄者は立派なお人よしだ」

そこに繋がるのか。
行き成り地上人からヒュプノスに渡った話の流れに驚きつつ、首をかしげる。
いや、それは主に私がヒュプノス(赤子)に心を奪われたからであって、お人よしとかそういうわけではないのだが。

「何か勘違いをしているな。私はお前だから拾ったのだ。誰でもその手を取ろうとなどとは思わん」

そりゃそうだ。いくら神とはいえど、色々入用なものがある。
赤子ならその量はハンパではない。それをほいほいと拾ってみろ。それこそ子供達の営みを阻害することになるだろう。
だからヒュプノスは特別なのだ。私が唯一後先考えず拾って、唯一今のいままで自立をさせなかった子供。

でも、それも潮時かもしれんな。
尖った耳を赤くしたヒュプノスは、色が白いからよくその色が映える。
それに笑みが漏れるのを感じながら、距離を取っていた弟に近寄る。

分かり易く動揺したヒュプノスに、安心させるために頬に手を添えて喋りだした。

「私はもうここにはおれん」
「ッ、なぜ」
「天上を愛してはいるが、地上も愛しているからだ」
「……わ、私は」

頬に添えた手を握りつぶす勢いで握ってくるヒュプノスに、彼の生まれたばかりのころを思い出す。
離さぬように握られたその手にどれほどの愛情が吹き上がったことだろう。しかし、今でもそれが変わらないとは、私も相当入れ込んでいるようだ。

しかしあのときに見えた眩しい笑顔はなく、その顔は涙にぬれそうだ。
可哀想に。今すぐに抱きしめて慰めたいが、もうそろそろ『捨て』なければ。
子供達は親に抱きしめられたままでは進まない。私は他の子供達のところへ行くとしよう。
大丈夫。ヒュプノスは立派に育った。

「私を、愛し続けてはくれないのですか」
「何を言う。愛さないものか。永久に愛し続けよう。そして、永久に見守っていよう」
「なら、なぜ離れていく、どうして一緒にいてくれない!?」
「それもまた勤めなのだ。許せ、弟よ」
「死神を止め、地に堕ちることが勤めなのか、兄者!」

必死に離すまいとするヒュプノスの手を、掴み取る。
折れない程度に力を入れると、ギチリという抵抗の音がして、ようやく掴んでいた手の力が失われた。

可哀想に愛しい子。弟よ。お前に、出来ることなら幸福な未来を。

「絶対に、絶対に貴方を見つけ出す! この身が朽ち果てたとしても、魂となりて新たな身体を得ようとも、この不変なる想いで貴方を探し出してみせる!」

う……そんな愛の告白されたら揺れるから勘弁してほしいよなーまったくー。私の弟は罪作りだなぁ。

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