- ナノ -



  ]W


ふわふわ。
ふわふわする。
なんだか知らんが、ふわふわする。

あれだ。船と同じ感覚だ。
もしかしたら、これが揺り籠や母の子宮の感覚なのかも知れぬ。
なら、私は転生を果たしたのだろうか。
なら、世界は無事に融合を遂げたのだろうか。

しかし、ここはどこだろうか。
分からない。視覚できない。感覚が足りない。
そう、何も無い。

瞬間、ゾッとした悪寒に包まれる。
そうだ。これは、この感じは、あの言いようの無い寂しさがないだけで、アレと同じではないのか。
あの絶対の暗闇と、なにもないあの場所と。

嫌だ。子供らは、子供らはどうなったのだ。
ヒュプノス――リカルドはどうなったのだ。あの愛しい弟は、どこへ消えたのだ。
嫌だ。嫌だ。寂しさが身体を侵食する。
もうあの感覚を味わいたくない。叫びも出来ず、悲しみもできないあの心への収束はもう勘弁だ。

誰か、誰か。
私を呼んでくれ、私という存在を呼んでくれ。
一人でないと分からせてくれ。一人でないなら、この空間にいてもいい。
ずっと、ここで一人きりでもいい。
だから、誰か。誰か、私の子らよ――!

『タナトス』

――そう。
私の名前だ。

二度の転生を果たし、受け取った私の、私だけの。
子供達が呼ぶ、私の名前。

そうして、この声は、たった一人の家族であるものの声。
呼んでくれ、呼んでくれ、唯一の家族よ。
私の、愛するものよ。

「ヒュプノス」

手を伸ばす。頬に触れる。

ああ、もうここはふわふわと揺れる暗闇ではなかった。
私が作った世界。我武者羅に作ったあの世界だ。
そして目の前にいるのは我が弟。愛しい子。

髪を靡かせる風は優しく、地上を湛える力は漲っている。
転生者の子等からは天術が消え、全てが正常に動いていくのが分かる。

そうか、全て終わったのか。

「兄者……いいや、タナトス」
「ヒュプノス……リカルドと呼んだほうがいいか」

ああ。と肯定する弟は、しかし前世と変わらぬ表情で私を見つめる。
暖かさと、燃えるような愛しさを含んだ視線はあいも変わらず、それがなんと嬉しいことか。

しかし、リカルドの背が高くなったかのような感覚に陥る。
いや、もしかすると私が小さくなったのか。
風に靡く髪の色は白ではなく黒に変わっており、地上へ堕ちるときに出来た額の目の感覚さえない。
これは……一番初めの、死を司る神の頃の姿か?

「天上での姿、とも少し違うな」
「そうか。力が戻ったからか?」
「ああ、創世力に天地融合を願い、それが叶った後、創世力が貴方の形を作り出した。そこへ転生へ向かったはずの貴方の魂が戻り、貴方になった。ずっと願っていた。貴方が戻らないかと」
「ふむ……ふふ。私も願っていた。誰か私を呼んでくれと。愛しいものが、私を呼んでくれないかと。
 元は私の力だものな。私の子に特例が出来たせいで、その力が発動したのかもな」
「特例?」
「ああ。お前だ。リカルドよ。愛しい子よ。私の一番の子。
 喜び、誇りに思えよ。始祖の巨人の家族にて、唯一の子なのだから」

晴れやかな気持ちだ。
私が寂しさから欲したものは、このような存在だったのかもしれない。
子供達の存在に満足していた、だが、ずっと居座り続ける寂しさは拭えなかった。
だが、今はその寂しさも消えている。きっと、私はずっと半身がほしかった。

突然抱きしめられる。
火薬のにおいに混じり、血のにおいがする。
だがリカルドのにおいだ。私の愛する弟の暖かさ。鼓動。
生きている。私も、彼も。

「愛している。タナトス」
「ああ。私もだ。リカルド」

そんな短い会話に、どれだけの想いが篭められていることだろう。

世界のシステムは復活し、再び正常に回りだす。
子供達が自ら刻む、愛しい営み。
私はそれを見届けよう。そして愛そう。

そして更にこの甘えたな弟を愛してゆこう。
彼が死ぬまで、彼が死んだ後も。転生し、また合間見えるときまで。
 [back]