- ナノ -



  ]III


特別。
特別とはなんなのだろう。

私の特別は、たった一つだけだ。
私を寂しさから解放してくれた、たった一つだけ。
私の子供達、私の力と願いが生んだ、愛しく可愛らしく悲しく可哀想な子供達。

個々として意志が在る故に争いが絶えぬ、それ故に大量に死してゆく。
それは大切な彼らの営み、愛すべき成長。悲しむべき衰退。

『兄者』

そういえば、偶然という可能性から、生まれでた一つの例外。

『探し出す――』

そういえば、彼だけだった気がする。
何かの枠組みに入れたのは。
ヒュプノス。愛すべき弟よ。儚く弱く、生まれたての赤ん坊だった可愛らしい子よ。

『絶対に、絶対に貴方を見つけ出す! この身が朽ち果てたとしても、魂となりて新たな身体を得ようとも、この不変なる想いで貴方を探し出してみせる!』

そう、だな。
子供達が、私が特別をつくらない限り苦しむというのなら。
無理やりにでも何か一つ特出する子を思い浮かべるなら。

あの、危うげないつまでも自立しない、私が『捨て』られない、あの子にしようか。


「兄者!!」

確かに聞こえた声に、瞼が震える。
ううん、なんだろう。死んだせいなのか、幻聴が聞こえる。
それともある意味で重大な決断をした成果、その主の声が再生でもされたか。

「兄者、起きてくれ。兄者!」

距離を置いて子供達の声がする。それは私の死を諭すもの。
心臓が動いていない。息をしていない。冷たい。

そうだ、今の私は死にかけだ。

しかし、大事な大事な、家族の声がする。
そう、家族。唯一で、単一なたった一人の弟。

「――ヒュプノス……?」

必死そうな声。あの時と一緒だった。
私が地上へ堕ちるとき、私が船を離れていくとき。
いや、それ以上に切羽詰った声にもう機能していない身体を動かした。

「兄者! よかった、よかった……!」
「弟、よ」

視界が揺れる。抱きしめられている、のだろうか。
確認するすべが視覚しかないが、それもはっきりしない。
体温を感じられない。今だ開いている腹の穴から血が流れ出ていない。
そうか、私は。

いい年だというのに、泣きながら喜ぶ弟に手を伸ばす。
頬に触れながら、確かめるように言葉を紡ぐ。

「子供達は、不可解だ。私が、特別など決められるわけがなかろうに、それが苦しいと、申すのだ。
 全てが愛しい、天上人も、地上人も、転生者も、グリゴリも、己の子等の、何を愛せずに、いられようか。
 だが、ヒュプノス。それが子等の苦しみとなるのなら、私は、わた、しは」

弟が、泣いている。
喜びではなく、悲しみに泣いている。
愛しいものを亡くす悲しみに、苦しんでいる。
だが、その苦しみは何かを殺す苦しみではない。

ああ、だが。なぜ私さえも苦しいのだろうか。
悲しいのではなく、共感する苦しみなど、味わったことがない。

「わたし、は。お前を、愛、そう。
 ゆい、いつの、私が、認めた、家族。子とは、違う、おとう、と、よ」
「兄者ッ、兄者、……私も、私も愛している。
 貴方が何にも分け隔てなく愛を捧げていたころから、ずっと、いつまでも、これからも……!」

私に愛を捧げる弟。
愛しい弟。特別。一番。
そう思えば、あのとき味わった愛しさがこみ上げてくる。
生まれたばかりがこんなにも愛しいものだと狂喜したあの時。
しかし、こうも尋常ではない愛しさを感じると、もしかしたらこの弟だったからこその愛しさの爆発だったのかもしれぬ。

実際のところは分からぬが、こうして涙を零しながら愛を叫ぶ弟を見れば、そう思っても罰は当たらぬだろう。
なぁ弟よ。こんな兄で申し訳なかった。

愛しい子らの運命、この一向に託そう。
さて、次は私はなにに転生を果たすのか。そもそも、転生をする選択を子等が選んでいるのか。

ただ、もう弟に会うことはないだろう。
転生を果たしたとしても、か弱い地上人の脳は徐々に記憶を消耗させるはずだ。思い出さなくて良いならば、思い出すこともないだろう。

ああ、だが愛しい弟、愛しい子らよ。
どうか、また、逢い見えたいものよ。
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