- ナノ -



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「あ――」
『口を慎め。後ろには子供達がいるだろう。己の顔を鏡で見てみろ』

舟で到着早々。挨拶などふっとばしそのまま兄者と呼びながら抱きついてこようとした弟の口を手で押さえ、行動を止めさせる。
念派を通して忠告すれば、無邪気な子供のような顔を(私にしたら確かにそのままなのだが)どうにか引き締めた。

「……久しぶりだな、兄者」
「ああ。勤め、ご苦労だった」

それでもどこか緩い顔を見て、小さく笑う。
この幼さはこうして転生した今も変わらないらしい。そのままの姿に思わず昔の記憶が蘇る。

なんだかんだといって、我が弟のヒュプノスが死んだのは数千年も昔、天上がなくなったのだって数千年も前のこと。
彼らは前世という身近な場所に天上の記憶を持っているのだろうが、私にとっては遠い過去の記憶から蘇ったものたちだ。
にしても弟はどうしたのだろうか。色の悪い肌が赤らんでいるが。

と、感傷に浸っていると後ろから罵声が飛んでくる。

「てめぇか俺達をこんな島に連行しやがったのは!!」
「いい加減離しなさいよッ! 変態ッッ!!」

船から下りる二人の少年少女。
ほう。デュランダルがこんなにも感情豊かになるとは。いや、リカルドの報告で分かっていたことではあったが。ふむ、良いことだ。

もう一人の少女は――イナンナ。大地の女神の娘の豊穣の女神ではないか。
大地の女神と大層な入れ違いだ。さすがに今の状態で再び合間見えるのは至難の業だろうな。まぁ、あの少女にとっては重要なことではないかもしれないし、置いておこう。

いやぁ、にしても王都軍の者達は大変そうだな。変態呼ばわりされて怒っていいのか戸惑っていいのか困惑している。
デュランダルの少年の方は純粋に暴れまわって大変そうだ。

……ん?

「……おい、どうした?」
「兄者に向かって、なんという口の利き方を――」

おいおい。どうしてこの子は自分の仲間に殺気めいたものを向けているのかな?
ふむ。前世でも俺に関することとなると様子が変だったが、今生でも健在か。

顔を完全に無表情にする目の前の子に、小さく呟く。

「俺は敵対するつもりであの子等をここへ呼んだつもりはないぞ?」
「……すまない」

一転して、しゅん。と落ち込む弟を思わず抱きしめかけて、自重する。
駄目だ。駄目だってば。いくら可愛くたって、弟の対場とか、色々あるだろ。うん。

一人葛藤していると、他のメンバーも船から降りてくる。
水色の髪をした聖女のアンジュという娘。エルマーナという体躯の細い幼き少女。
そして最後は将軍アスラ。ラティオのものたちを恐怖に陥れ、天地融合を果たそうとし、失敗した力強き子。

なんと懐かしき面々だろうか!

しかし皆が皆、警戒した面持ちでこちらを見ている。
うん。なんとなく察してはいたものの。

「貴様。説明を省いたな?」
「ぅ……」

小さく呻いて黙った愛しい子に、ため息が漏れるのを禁じえない。
どうしてそんな初歩的なミスをしたものか。
仮にもこちらも下手に手を打てないために、転生者ということで敵対している前提で連行してきてもらったのだ。
事前の配慮がなければ、本当にその通りではないか。

「なら、私がいれば面倒だな。先に行かせてもらう」
「ああ、分かった」

さすがに反省したのだろう。承諾する様子に頷き、そのまま踵を返す。
さて、どうしたものか。とりあえず食事を用意して、その後にこの島の意味と私の立場と天地融合について――

「おい待てよ!」
「――?」

後ろ髪を引っ張られるように呼び止められ、階段を上っている途中で振り向く。
そこには警戒した様子の子供達と、こちらを見つめる一つの真っ直ぐな目。

その避けることも出来ぬような瞳の少年が、代表として私に問う。

「貴方は、誰なんですか」
「我が名はタナトス。ヒュプノスの兄であり、天上が消滅する以前に地に堕りた、この世で唯一生ける神よ」

見つめる12の目を全て受け止め、そして再び背を向ける。
そういえば、恒例の挨拶をしてしまったが、これもしかして警戒心強める効果しかない?
……あちゃー。
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