- ナノ -

12,「お主は相も変わらずふざけているな!」
「ほーーーーとくぅううううう!!」
「むっ!!??」

ガキィィィン、耳を劈く金属音が響き渡る。
平和になった曹魏には似合わぬ音だが、場所は鍛錬場。久しく武器を触っていなかったためにもしもの為にと手に馴染ませようと得物を取ったホウ徳に、その凶刃は降りかかった。

「うおおおおお!!」
「むぅうううう!」

まさに力技。押して押して押しまくる相手に、ホウ徳は全力で押し返そうとするが、寧ろ後ろへ逸らされる。
馬鹿なと思うときには遅し、得物をはじかれていた。
もはやここまでかとせめて相手の顔をと合わせた視線の先には、ありえぬ人物がいた。

「身体に登らせろぉぉおぉおお木登りさせろぉおおおお!!」
「生江殿ッッ!!?」

肩を鷲掴みにされ、驚きに目を瞠る。
しかし相手はまるで正気を失っているかのようにそのまま足をホウ徳の腰に掛け始める。
その無理な体勢に、反撃をしようと思えばできたが、相手があの生江だということでホウ徳は手を咄嗟に手を出せなかった。

「うおおおおやっぱたけえええ!」

そうして、その内に突撃した男は目的を終えていた。
共に訓練をする予定だった曹仁は、それを見ながら茫然と呟いた。

「か、肩車」
「いえぇええす! ずっとこれがしたかった! 高い高い!」

きゃっきゃっ、と喜ぶ生江に、ホウ徳が肩に成人男性を乗せたまま唖然としていた。
曹仁はその光景を見て、叫ぶようにいった。

「ようやく戻ったか、生江!」
「あっそーちゃんじゃん! 相変わらずジンダムだな! よしっ、ホウ徳号、曹仁に向かって突撃ィ!」
「お主は相も変わらずふざけているな!」

余りにも珍しく曹仁が屈託なく笑うので、ホウ徳は異界にでもいるのかとトンデモナイ重量を抱えながら思った。




「おまっ、俺という者がありながら子供を二人もうけていた、だと……!?」
「お前がそんな台詞を言うような関係になった覚えはないし、なりたくもないわ!」

幼い子供が司馬懿の両端から顔を覗かせている。
その姿に胸を抱えながら顔を赤らめつつ、恨み言を吐いている男は危ない目つきで子供たちを凝視していた。

「俺にはショタの趣味はショタの趣味は――ハッ、新たなる扉が今開かれん」
「おいやめろ凡愚めが!」
「ってことでお兄さんの嫁に来ない?」
「殺すぞ!」

司馬懿が言いなれぬ言葉を発するほどに、目の前の男は子供たちにとって教育的に似つかわしくなかった。
同性でしかも二回り以上も年齢が違うというのに何を嫁になどと嘯いているのか!
幼いながらに端正な顔立ちをした子供が怒ったように口を出す。

「私は男だ!よめになど行かぬ!」
「うはーくぁわいいー。なら俺が嫁だったらいーい?」

そういえば、隣で大きな丸い目で状況を窺っていた茶髪の子供がうーん。と悩んだ後に頷く。

「それなら俺はいいぜー」
「司馬昭!」

片方では“そういう意味ではない!”と憤る子供がいるが、男はデレデレである。
それからハッとした表情になると、男は悲しみに彩られた面持ちで言い放った。

「俺との子供は認知しないつもりね! あの夜は嘘だったのね!!」
「「「!?」」」

「あら……それは詳しくお話を聞かないといけませんわね。旦那様」
「しゅ、春華!」
「じゃ、俺は用事があるから、アデュー!」
「ま、まてぇ! せめて誤解を解いていけぇえええ!」

その後、司馬懿は(精神的)重体となり、子供たちは同性でも子が産めるのだと勘違いすることとなったのであった。




張コウを見つめる生江の目は、まるで狩人のようであった。
その長身を駆使しながらしなやかにサイブンキの琴の音と共に踊る張コウは、男性ではあるが踊り子のように洗練されている。
それを見ていた生江は、居てもたってもいられずにその場を飛び出した。

「俺の舞を見てくれ!」
「「!!??」」

寧ろそれは踊りというよりもダンスであろう。しなやかというよりもキビキビした動きに、テンポをとりながらも手足を縦横無尽に動かす。
驚く張コウとサイブンキであったが、どうしたことか奏者であったサイブンキは眉を吊り上げると、緩やかだったテンポを一気に加速させた。
それに対して生江はそれに合わせるようにダンスを変化させる。
音に対し、目を瞠った張コウはそのまま踊りを再開した。それは先ほどまでのしなやかさに加え、テンポを重視するという新たな観点を加えたものであった。


そうして音が鳴りやむ。乱入してきた男の荒い息が庭へ響き、その瞳が張コウを捕えた。

「踊りを、教えてください……ッ!」

頭を下げる男。それに、張コウは汗を拭いながら笑顔で言い放った。

「貴方には、教えることなど何もありません……! これからも、私たちと共に美を追求していきましょう!」
「……ッッ! 有難き幸せ……ッッ!!」

「ぐすっ、いい話ですね……」

そうして謎の友情が生まれた。


男が去った後に、二人は爽やかな汗を布で拭きながら男のことを回想していた。

「しかし、素晴らしい動きでしたね。サイブンキ殿の友人なんですか?」
「えっ、私はてっきり張コウ様のご友人かと……」

二人の間に僅かな沈黙が居り、それから同時に首を傾げる。
長身の男性と美女が同じ動きをするというなかなかお目にかかれない現象だが、張コウはなら、と考察を口にする。

「生江殿にとても姿が似ていましたし、彼の親族では」
「でも、可笑しいです。生江様に曹操様達以外の親族がいるとは聞いたことがありませんし、生江殿のようなご年齢の方は居ないはずですが……」
「……そういえば、双子と言ってもいいほど顔立ちが似ていましたね」
「というか、本人だったのでは……」

「「……」」

普段物静かな才女と美を追求する武将の悲鳴のようなものが、数秒後庭に響き渡った。

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