- ナノ -

7,「死なせない。俺の策には貴方がいるんだ」
「仲間を助けず、俺を倒しに来たのか? まいったな……これは想定外だ」

殺さず人を倒すのってこんなに難しかったっけ。
思わず頭の中で疑問が浮かぶ、それに気を取られて徐庶の一撃を受けてしまい、片腕が使えなくなる。
こいつ、驚いている癖して攻撃の手は緩めないとはどういう神経をしているんだ。
しかし今回の武器は双鞭である。片方だけで殴りつけてやらぁ!
頭を全力で打ち付ける勢いで左腕を振りかぶる。

風景が一瞬のうちに変化していく。馬に乗りながらの戦闘は清々しい。
しかし敵に攻撃がなかなか当たらない。徐庶のように縦横無尽に動くやつが相手だと特にだ。

「生江殿! そいつが陣を弄った犯人だ。折角だから生かして捕えたいんだが?」
「分かってる」

馬で乗りつけた先で追いついたらしい賈クがそう言うのを聞き、返事を口に出しながらUターンをして再び徐庶の元へ走る。
当たり前だ。こいつはいてもらわなくては困る。

「くっ……!」

上から叩き付けるようにして、何度も打ち合う。
双鞭を細い剣で流す様に受け止める徐庶は流石だ。何度も振り翳すうちに、受け流す速さが増し、後れを取りかける。このままでは速度によって斬られるのが落ちだ。手綱を引き、その場から離れようとする。
しかし、手綱を引こうとした瞬間に、腹に何かが刺さる。深々と。

「――くは」

徐庶の武器は、長剣と繋ぐようにして小剣が紐によって結ばれている。
その小剣が、綺麗に腹に刺さったようだった。
一瞬で走る激痛に、目が覚める思いだった。
ああ、そろそろ起きるかもしれない。だが、今は駄目だ。

「捕まえた」
「な、ぁっ!?」

小剣に繋がっていた紐をぶちぎれるのではないかと思われるほどに引っ張り込む。
その先は徐庶が手にしている長剣。そうしてそれは当然のようにこちらへ寄せられ、長剣を持っていた徐庶の体制が崩れる。
そうして重心が崩れ、無防備になったその横っ面に双鞭を叩き込んだ。



「――徐庶が仲間になったようだな」
「……生江殿が徐庶殿の顔を武器でぶんなぐったときはどうなるかと思いましたよ」

正直なところ、俺もどうなるかと思った。
双鞭の威力に負け、そのまま吹っ飛んだ徐庶を見て、やってしまったと気づいた時には遅し。
地面にスライディングしながら倒れ込む徐庶に、唖然としたのも覚えている。
それから腹の痛みで正気に戻り、急いで徐庶を助けに駆け寄った。
意識があるかどうかを確かめ、気を失っていることに気づき、肩を叩きながら名を呼んだ。数秒後にうめき声をあげながら目を開いた時は救われた気分だった。

「おい、生江」
「夏侯惇」
「“夏侯惇”ではない! その腕の処置をしないか! 賈クも何を呑気に見ている!」
「生江殿が事の成り行きを見るまでは動かないと言ったんですよ。俺のせいじゃあありません」
「生江!」

戦も終わり、徐庶の勧誘も終わった。小役人ではなく、乱世を収める一人として、曹操と共に往くことを自ら彼は決めた。
それに安堵し、痛みが数十倍になって襲ってきた。正直、口を動かすことも億劫だ。
腕が痛い。しかしそれ以上に腹が痛い。
縛られていた縄を曹操に切られた徐庶が、こちらへ駆けよってくる。
夏侯惇と賈クが反応するが、それどころではない。
酷く身体が重い。血が抜けているはずなのに、寧ろ鉛が体に溜まっているようだ。
焦点が合わずに、風景が何重にも見える。近寄る徐庶の顔がぼやけて誰だか分からなくなる。

「貴方は腹に小剣が刺さったはずでは――」
「何!? 何故それを――」
「それどころじゃあ――生江殿――」

聞こえない。耳が遠くなる。ふらふらとして、世界に重力がなくなる。

夢が、覚める。

「死なせない。俺の策には貴方がいるんだ」

そんなこと、ゲームで言ってたっけ。

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bkm