- ナノ -

4,「なぁ、いつになったら治るんだ?」
張シュウとの戦いで、生江が典韋と曹昂殿、曹安民殿を助けたと報告を受けた。だが、もう一つ受けた報告に俺は動揺した。

「生江! まだ病が治ってないってホントか!?」
「夏侯淵……病とはなんのことだ」

病人が着るような薄い服を着てその肩口や腕から包帯を覗かせる生江は、固い口調と少しも動かない表情で俺の言葉に返してきた。
やはり、報告通り病は治っていないらしい。
生江に駆け寄ると、寝床に座っていた生江が立とうとしたので、それを抑えつつ、とりあえず容態の確認をする。
生江は問題ない、と言うが、怪我をしたその直後に部屋を抜け出して謀反を起こした首謀者の軍師に会いに行った話も聞いている。病にかかっても可笑しな行動が目立つ奴である。

病にかかったのは惇兄が生江を庇って目を負傷した時からだ。
詳しくは話してもらえなかったが、惇兄もなんとなく生江が病にかかったときの様子が自分に関係がありそうだと思っているらしいので、恐らくだが合っているだろう。
今までは、俺のことを「えんじぇる」とかよくわからない名前で呼んでいた。勿論呼び名の一つだが、他のモノで正常なのは「淵」だけで、ちゃん付けをしたりと、何が楽しいのか分からないほど嬉しそうに独特な名前を叫んでいたものだった。
それがなくなってから、どこか寂しくなるぐらいの時間はもう流れてる。

「なぁ、いつになったら治るんだ?」
「一月ほどらしい」
「そっちじゃねぇって」

わざとやってるんだろうか。今までのように、知ってるくせに知らないふりをして、分からないのに分かったふりをしてこちらを困らせる。それで笑って済ませようとする。そんなこと、無表情でしても欠片も面白くねぇのにな。
だが、生江の怪我が重いものであったのは確かだ。よく死ななかったものだと思う。
前々から死にたがっているのかと思うほど無防備な奴だったが、今回のものは笑い話ではない。その代り殿が救われたと思うなら、下手に文句もつけられない。

「何のことを言っている」
「生江が今かかってる病のことだよ」
「病などにはかかっていない」

何を言っているのかと見つめてくる瞳に、顔が自然と歪む。
勘弁してくれよ。ここまで性質の悪い冗談を言うような奴じゃなかっただろう。
本当に、それがずっと続くなんて、調子が狂っちまう。

「なあ、いつ治るんだよ」

腕を掴んで真剣に見つめて言えば、答えてくれるだろう。
以前のときだって、本気で言葉を駆ければ笑みを浮かべたままでもそれなりの答えをくれたのだ。それさえもなくなってしまっているなら、本気で別人であることを疑わなくてはならない。
生江は俺をじっと見つめると、少ししてから

「二十年」
「にじゅう……?」
「ああ」

理解できずに――理解したくなく繰り返した言葉に生江が頷く。
意味わかんねぇよ。
二十年ってなげぇし、それまでの間にどっちかが死んでるかもしれねぇじゃねぇか。今回のことでだって死に掛けてんのに。
考え込んでいたら、頭の上に何かが乗った。それは頭を何度か行き来すると、そのまま戻っていった。

「強くなれよ」
「生江?」
「俺も、強くなる」

それだけ言うと、生江は寝床へ横になってしまった。
結局、病は治らないまま。しかし、謎めいたことを言うところだけはそのままだ。

「……二十年か」

日ではなく、月でもない。年ではあるがそれを何回も何十回も重ねなければ元には戻らないという。
そもそもその言葉が本当かさえ分からない。
だが、その言葉を信じるしかない。

「……待ってっからな」




「(今が197年のはずだ。それから官渡や赤壁、全てが生き残って平和になるまでだから、二十年は必ずかかる。淵は待ってるって言ってたが、俺はその中で生き続けてられるか? 途中で死んで目が覚めるんじゃないか? ああ、死に辛くなったな)」

背に痛みが走るために、仰向けで寝られないので俯せの状態で考える。
そうだなぁ。まぁ、夢が長続きして生きてたら、真面目モードから戻ってもいいのかもしれない。
いつになることやら。

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bkm