- ナノ -

3,「アンタ、一体なんなんだ?」
あーもう本当によかった。どうにか助けられたどうにかどうにかどうにか。
初めから躓くところだった。張シュウが降伏した振りをして謀反を起こした戦いが起こる城に共に行かせてもらうところから躓きそうになった。真面目に仕事をしているというのに死に気で頑張ると覚悟を決めてから周囲の反応がおかしい。どうにも俺を奇怪な者でも見るような視線を向けてくる。
それでもどうにか粘って共に行けることになったが、終始以前の俺を知っている者――典韋や曹操は何かやらかすのではないかという疑いの面持ちでこちらを見ていた。

だが謀反が起こってからはそれどころではない。
俺は必死に典韋に張り付き、更に曹安民と曹操の第一子である曹昂も助けなければならない。
結果を言えば三人は助けられたが代わりに俺が死に掛けた。
まさか典韋が受けるはずの矢を俺が代わりに受ける羽目になるとは。
覆いかぶさって目の前で吐血をした俺への曹操の視線がどうにも痛かった。なんだったんだろうかあの眼は。
典韋は曹昂の方を守ってかなりの痛手を負ったそうだが、それでも生きている。
ああ、生きているって素晴らしい。


「……お前が賈クか」
「これはこれは、鬼と名高い生江殿ではありませんか」

名を言えば軽口で返され、思わず同じく軽口が喉まで出かかってごくりと唾を呑み込むことでどうにか抑え込む。
この飄々とした姿を見ていると、陳宮が直ぐ様頭の中に出てくる。まだ離反はしていない。止められるだろうか。いや、止めるんだ。だって好きなキャラクターだ。
だが、鬼とはなんだろうか。今まで自分のしたいことしかしてこなかったから、あだ名がついても「馬鹿」か「阿保」だと思っていたんだが。

「鬼とはなんだ?」
「さぁ、一般兵が陰で言っていましたよ。子供が鬼に豹変したってね」

「子供」と呼ばれていたとは、まぁ確かに俺の行動は我儘をそのまま押し通すから、子供と言われたらその通りだと納得するしかない。別にそれについてはいい。
しかし、鬼に豹変とは、また斬新な変化だ。
特に返答などはせずに、別件で口を開く。

「お前は随分と動きづらそうだな」
「そうですねぇ、まぁ降って来た者の定めでしょう」

賈クはにやりと笑みを浮かべながら大げさに肩をくすめてせみせる。
その光景に内心感動しつつ、そうかと返す。
言われた本人は笑みを浮かべたまま指を肩に向けて指し示す。

「生江殿はご加減はいかがかな?」
「一月もすれば治るだろうとのことだ」
「そうですか。そりゃあよかった」

やはり、飄々とそんなことを言って笑う賈クは、一般的に見れば憎まれるタイプなのだろう。だというのに俺にはこちらを心配してくれているように映る。
きっとそれは気のせいなのだろうが、こうして夢だとしても会話が出来ていると思うとそうであると勝手に確信したほうが気持ちがいい。

「生江殿がいるのといないのじゃあ、策の広がりが違いますからね」
「ああ、期待している」

試すような口調の言葉に即答してみれば、賈クが黙った。一本取ったり。
内心ほくそ笑みながら、ちらりと賈クを見れば、どこか訝しげにこちらを見ていた。

「アンタ、一体なんなんだ?」

口調が一気に崩れた賈クに、少々驚きながら「なにがだ」と返答する。
しかし、一体なんだとは、核心をついてくるものである。

「俺の策を最初から見破っているような動きに、それであっても俺を受け入れる態度。意味が分からんね」

随分と素直に言ってくれるものだと思って「素直だな」と言ってみれば苦い顔をされた。これは結構レアなのではないだろうか。
しかしながら、俺は以前と同じく真面目になっても人に嫌な顔をさせるのが上手いなぁ。
いい返事も見つからず、適当に返しておく。

「期待している。それだけだ。見合った働きをしろ」

そう言って、身体の節々が痛むので早々に退散する。
本当は典医がいる部屋から出るなと言われていたのだが、その典医が湯を取り換えにいっている時にこっそり抜け出してきたのだ。降ってきて監視下に入れられている賈クが息苦しい思いでもしていないかと心配になって――というのは嘘で、ただ意思の確認だ。
俺が関わったことで、おかしな考えでも入っていないかと心配したが、俺への不信感があるだけのようであるし、それならそれでいい。本来いなかった俺への不信感だけなら、自分でそれを拭えばいいだけの話だ。

返事も聞かずに自室へ足を進める。
途中、風景が二重になったり口内に鉄の味が広がったり背中が熱くなったり息が荒くなったりしたが、どうにか自室へたどり着いた。
入ってそのまま足元から力が抜け、大きな音を立てて床へ顔面がぶつかった。痛い。
あー、まぁ、死なないだろう。死んでも起きるだけだし、そう起きる、だけ。



次の日。なぜか典医のいる場所の寝床で寝ていて、起きた瞬間に典医に怒鳴られた。
話を聞いてみると、見慣れない怪しそうな顔つきをした男が俺を連れてきてくれたようで。それにほうほうと頷いていれば、俺の行動を聞きつけたらしい夏侯惇に怒鳴られ、典韋にもまでも怒られた。というかお前は動くなって怪我してるんだから。って俺もか。

prev next
bkm