車が背後で止まった音がする。そういえば、ここらでは最近不審者が出るらしい。車のドアが開く音がし、地に靴裏がついた音を聞いた。ランドセルを背負い直し、少し歩調を早めようと一歩を踏み出した。
「生江……?」
呟くように小さな声で発せられた名に、驚いて振り返る。
ああ。ダメだ。最近は名前を知られている場合もあるというのに。
それでも、きっと名前など言われなくとも振り返ってしまっていただろう。足を止めて、しかとその人物を見つめてしまっていただろう。
「――元譲、元譲じゃないか」
「生江、なのか。本当に」
「私以外になんだっていうんだ……元譲」
会いたかった。そう言って一歩踏み出せば、そのまま足は自然と駆けていった。
元譲は信じられないような顔をして、それでもどこか切なそうな顔をして私へと歩を進めた。触れ合うほどに近くなった時、元譲の膝がかくりと折れて、視線が同じになる。
間近で見る彼の顔は、最後にみた時よりも成長していた。大よそ二十後半だろうか。記憶の中にある少ししか髭の生えていなかった彼も、今では立派に整えている。
苦労の後か、少し眉間に寄って固まった皺に、離れていた年月を感じた。
「ごめんよ。会うこともなくいなくなってしまって」
「生江、そうだ。ずっと会いたかった」
「私も、会いたかったよ。愛しいお前たちに、ずっとずっと会いたかった」
大きな、少しがさついた手が私の頬へ触れてくる。
暖かなそれに、思わず目が細くなる。頬はだらしなくとけて、目元は蕩けてしまいそうだ。
まるで細い腕を伸ばして、彼の頭に触れる。
昔やっていたように、ゆっくりと優しく撫でる。
「元譲」
「生江、っ」
「本当にすまなかった……愛しているよ」
そう言って距離を詰めて、こつりと額をくっつける。
とても近くなった元譲の表情は、まるで泣きそうだった。ああ、辛い思いをさせたね。
「よく、我慢したね」
そのまま囲うように顔を胸に押し付け抱きしめれば、ゆっくりと手が背が伸ばされ、そのままゆっくりと抱きしめられた。
「もう我慢しなくていいんだよ」
頭を一定のリズムで撫で続ければ、徐々に抱きしめる力が強まり、まるで締め付けられているようになってしまった。
それでもそれほどに思っていてくれたと思うと嬉しくてたまらなくなる私は薄情者だろうか。
身体の痛みに耐えながら、撫で続ける手は止めなかった。
――その数分後に通報され交番に連行されるなど考えてもいなかった。